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2013.03.29 Fri 歌垣山に登りました。

 例年より一週間は早い桜前線にさそわれて、能勢もすっかり春めいてきました。といってもまだ満開にはあと一週間というところですが、家々や田畑を囲む里山は新しい緑が吹き出て、ずいぶん前から発声練習していた鶯も春本番にふさわしい歌声を聞かせてくれるようになりました。
 そして、能勢にも桜の名所がいくつかありますが、それはさておきわたしが昨年の春、あらためて感動したのが里山にぽつぽつりと咲く山桜です。長い間、都市部で暮らしてきたわたしは山桜もハイキングの途中に見かけるだけでしたが、里山に囲まれた能勢では薄曇りのピンクの羽衣のように咲きはじめます。
 ピンク色に恥じらうその姿は、あざやかなピンクの花びらを誇らしげに開くソメイヨシノとはおもむきがちがい、純情な色気を漂わせています。それは春の一瞬に一年分の恋文を届けるために降りてきた天女のようでもあります。

 3月25日、わたしたちもようやく冬籠りから這い出して、里山の春を楽しもうと歌垣山に登ってきました。
 歌垣山は妙見山の近くにあり、能勢の西にあたる平通りに住むわたしたちは本数が少ない妙見口行きのバスに乗りました。妻は何度か乗っていたらしい道のりはわたしには新鮮で、能勢に住んでよかったとあらためて思いました。
 30分で歌垣山登り口のバス停につき、さて昇り口はどこかとたまたま歩いてきた工事のひとに聞くと「ぼくらはこのあたりの人間でないので」と言っているうちに、「そこに上り口と書いてますよ」と教えてもらいました。「ほんとですね」と笑いながら礼を言い、いよいよ歌垣山へと昇っていきました。しばらくは田畑と家々との間の生活道路ですが、途中から本格的に登山道に様変わりします。そんなに高い山ではなく、またすごく手入れされた道ですが途中からは沢登りとなり、ゆっくりと昇っていくと足元の水の音がだんだんと小さくなり、やがて水音が途絶えました。
 そこからは山の道をただひたすら登っていきましたが、前方の視界が切れるあたりに行くとまだまだ道は続き、なかなか頂上にはたどり着けません。
 もっとも、普通よりもかなりゆっくりと昇るわたしたちですから、50分と案内されている行程も倍近くかかるのです。
 この日はわたしたち以外に誰一人出会いませんし、鳥たちもとても静かでした。
 そうこうしているうちにやっと頂上そばの道に出ました。その道は堀越峠や妙見山の奥の院へとつながっていて、歌垣山はそこまで歩くハイキングコースの最初のスポットになっていました。
 歌垣山は万葉の時代より男女が集まり「歌合わせ=かがい」が行われた山で、関東地方の筑波山、九州地方の杵島岳と並ぶ歌垣三山のひとつです。男山、女山からなる双耳峰となっていて、男山山頂には「かがいの広場」があり、歌碑や石碑などがありました。
女山山頂には「ふれあい広場」があり、展望台が設置されているそうですが、わたしたちは男山だけで下山してしまいました。後から思うと10分ほどで行けるところでしたので、行けばよかったなと少し後悔しました。
 歌垣(うたがき)とは、特定の日時に若い男女が集まり、飲んだり食べたりしながら相互いに求愛歌を掛け合いながら対になり恋愛関係になるという、古代日本の呪的信仰に立つ行事でした。
古代の言霊信仰ではことばうたを掛け合い、呪的言霊の強い側が相手を支配する習わしで、歌垣における男女間の求愛関係も言霊の強弱を通じて決定されるということのようです。時代が下るにつれて、呪的信仰・予祝・感謝行事としての性格は薄れ、未婚者による求婚行事となっていったそうで、いわば現代の合コンはその名残といえそうです。
 近世になり、歌を詠むことは上流階級のたしなみとされていましたが、歌垣のルーツはむしろ山里での豊作のお祝いなどともつながった庶民のもので、恋心も歌によって表現されていたのでしょう。
そう思うと、歌垣は日本人の歌のルーツのひとつで、やがて生まれた歌舞伎や浄瑠璃などの大衆芸能から現代の歌謡曲や演歌、Jポップにいたるまで、日本人は恋歌を歌い続けてきたのかも知れません。
 そして、平和な暮らしを願う心が恋歌を歌い続けてきたことも・・・。
 はるか昔、山里の若い男女が心をうきうきさせながら、意中のひとと心を交わそうと歌を歌いあった光景を思い浮かべながら弁当を食べ、さわやかな日差しと春の風に心を泳がせて、幸せなひとときを過ごしました。
 能勢や黒川の里山の魅力は増すばかりで、今度はどの山を登ろうかと心めぐらす春のはじまりでした。

 このブログのアクセスが8万を越えました。たずねてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございます。

能勢歌垣山
はじめはとてもきれいに整備された道で、そばの用水路にはふきのとうが春のおとずれをつげていました。
能勢歌垣山
山道をのぼっていくと、しばらく川が横を流れていて、おもいがけず小さな滝がありました。
能勢歌垣山
このあたりから川はどんどん細くなり、そのうちに沢登りとなり、やがてみずがなくなって、そこから頂上はまだまだ先でした。
能勢歌垣山
頂上の男山で、公園になっていて、茨城県つくば市、佐賀県白石町、能勢町の共同事業「歌垣サミット」の記念碑があり、大きなロッジが建っていました。
神代の昔、ここでたくさんの若者たちが恋歌を交し合ったのかと思うと心わくわく少し切なく、年甲斐もなく胸キュンな気持ちになりました。


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