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2017.08.16 Wed 島津亜矢と平原綾香とエレファントカシマシ 7月18日の「うたコン」

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 このところ島津亜矢が出演する音楽番組が多くて、なかなか感想を書くのが追いつかないのですが、前回の「新BS日本のうた」の島津亜矢特集の一週目の後の7月18日に放送されたNHK総合「うたコン」から、思ったことを書いていこうと思います。
 この番組は前身の「歌謡コンサート」の流れから視聴率は週に一回の放送では一番高く、9パーセントから10パーセントを維持しています。しかしながら中高年層の演歌ファンが多く、今まで聴きなれなかったポップスのシンガーやバンドの出演が増え演歌が少なくなったことと、バラエティー化が進み、近年同じような構成ですこぶる評判の悪い紅白歌合戦とともに厳しい感想が寄せられています。
 演歌・歌謡曲とポップスを融合させ、そこから新しい日本の歌をつくりだそうと始まったこの番組の評価はもう少し時間を必要としていますが、島津亜矢にとってはとてもありがたい番組になってきていると思います。
 最近の急激な演歌界の地殻変動により、まるでモーゼが海を割ったように、音楽の神は島津亜矢と彼女につづく若い歌手たちを約束の地へと導く道を開きました。
 それに加えて、若いころから歌い続けてきたポップスの歌唱にもようやく世間の注目が集まるようになりました。
 以前の「歌謡コンサート」ではなかなか出番がなかったのですが、「うたコン」になり、演歌とポップスを融合させるというこの番組のコンセプトにぴったりはまる歌手として、島津亜矢はこの番組での活躍がますます期待されることでしょう。
 その意味ではかつて「BSの女王」と言われるほどBS放送でさまざまなチャレンジを番組スタッフと繰り返したように、地上波で10パーセントの視聴率を誇る「うたコン」が島津亜矢の新たなる挑戦と飛躍の場となることを期待しています。
 なによりも、歌に対する貪欲な探求心に満ち溢れた島津亜矢がポップスの若い作り手や歌い手と共演することで得られるものは、計り知れないものがあると思います。その貴重な縁によって、わたしが長年願っているポップスの作り手による楽曲提供も夢ではないでしょう。

 今回の放送は、また演歌ファンのひんしゅくを買うほどバラエティに富んでいました。なにしろ、番組冒頭の里見浩太郎、氷川きよし、島津亜矢による寸劇と歌ではじまり、5年ぶりに活動を再開したケミストリー、平原綾香、そしてラストに初出場のエレファントカシマシと、若い人に人気のあるミュージックステーションやSONGSでも、また紅白でも絶対にありえない、この番組でなければ実現しない構成でした。
 島津亜矢の出番は冒頭の寸劇のみで、たしかにファンとしてはあと一曲を望んでしまいますが、この日のレンジの広い構成では里見浩太郎、氷川きよしともども寸劇内の一曲でよしとしなければならないのでしょう。
 まして、その一曲が美空ひばりの名曲「関東春雨傘」となれば、文句の言いようもありません。
 「関東春雨傘」は「リンゴ追分」、「津軽のふるさと」の作曲で知られる米山正夫が作詞作曲した1963年の作品で、この年に設立されたクラウンレコードの第一回新譜のトップとして発表されました。クラウンレコードはコロンビアの伊藤正憲、五木寛之の「艶歌」などのモデルとなった馬渕玄三、星野哲郎、米山正夫、北島三郎、水前寺清子を擁し、設立当初はコロンビアとの軋轢も多々あった船出でした。
 美空ひばりや畠山みどりの移籍も噂される中、美空ひばりはデビュー時の恩人でもあった伊藤正憲、「ひばりの佐渡情話」などの収録を担当した「艶歌の竜」こと馬渕玄三、数々の作曲を手がけた恩師ともいえる米山正夫への恩返しの気持ちから、当時は禁じ手といえるコロンビアのトップスターでありながらクラウンの一枚目の新譜「関東春雨傘」をレコーディングしたのでした。
 当時のクラウンは発足直後の社運をかけているようすで歌作りはもちろんのこと、北島三郎、水前寺清子、美樹克彦などの歌い手もひたむきに歌を届けようと必死だったのでしょう、この歌にも美空ひばりをはじめ関係スタッフ全員の切羽詰まった思いがかくれているように思います。
 前年に美空ひばりは小林旭と結婚したものの幸せな結婚ではなく、また芸能生活でも少し陰りがあった頃のようで、一見(一聴)粋のいい歌のようですが、美空ひばりの心中は決して威勢がいいだけでなく、「ぶんながし」という歌詞そのままに、やさぐれた浮世暮らしのはかなさが隠れていたようです。
 この歌は美空ひばりをリスペクトする多くの歌手がカバーしていて、島津亜矢の歌唱も若い頃の歌唱が残っていますが、さすがに元気が良すぎる感があります。今回の歌唱はその時にはなかった中低音の色気があり、メリハリのきいた素晴らしい歌唱になっていました。
 寸劇自体はおそらく稽古の時間が少なかったのか、あまりいい出来とは言えませんでした。もっとも歌番組のアトラクション的要素の大きいコミカルな寸劇では本格的な演技は求められておらず、「へたうま」な感じで笑いを呼ぶぐらいの方がいいのでしょう。
 その中でも歌はともかく、里見浩太郎はさすがでした。「へたうま」な感じもありながら、舞台での立ち姿も立ち回りも存在感がありました。この寸劇は氷川きよしと島津亜矢を共演させるために里見浩太郎をキャスティングしたと思われます。
 この後、今回の放送ではパフォーマンスの高いポップスの歌唱が印象的でした。まずはケミストリーが5年ぶりに復活し、ヒット曲「Point of No Return」を歌い、奇跡のデュオのハーモニーが帰ってきました。
 そして、平原綾香が自身が出演するミュージカル「ビューティフル」から「ナチュラルウーマン」を熱唱しました。いま帝国劇場で上演中の「ビューティフル」はキャロル・キングの半生を描いた名作でトミー賞やグラミー賞を受賞したブロードウェイ・ミュージカルを平原綾香と水樹奈々がダブルキャストで演じることで話題の作品です。
 平原綾香は歌唱力では文句がないのですが、少し自分の歌に酔うようなところが苦手でした。しかしながら私の住む能勢でのコンサートに行くと、一見華やかな感じで、またそれを自己演出していますが、実は島津亜矢に通じるかなりの努力家で、歌うことに自分の生きるすべてをかけようとする潔さがありました。
 「ナチュラル・ウーマン」はキャロル・キングとジェリー・ゴフィンの作詞・作曲でアレサ・フランクリンが歌った1967年のリズム&ブルースの名曲です。平原綾香のリズム&ブルースの歌唱力は素晴らしいものがあり、わたしはクラシックテイストよりも好きで、今回の歌唱もミュージカルを見に行きたいと思わせる熱唱でした。
 ちなみに、わたしは島津亜矢の感性にはリズム&ブルースやソウルが入っていると思っていて、その中でもアレサ・フランクリンのカバーをぜひ聴いてみたいと思っています。

 最後のエレファントカシマシは今年の3月にライブに行き、「SEKAI NO OWARI 」と共に島津亜矢以外に何度もライブに行きたいと思っているバンドです。
 30周年を迎えるこのバンドについては昔から聴いていましたが、2年ほど前にNHKの「COVERS」に出演し、沢田研二や松田聖子、忌野清志郎のカバーを聴き、大ファンになりました。とくに松任谷由美(荒井由美)の「翳りゆく部屋」は絶品で、いままで苦手だった松任谷由美の歌がようやく身体で感じられるようになりました。
 そんな経験は、島津亜矢を通じて美空ひばりを好きになった時と同じ感覚です。
 ともあれエレファントカシマシは作詞・作曲・歌の宮本浩次のワンマンボーカルバンドに見えながら決してそうではない奥の深いディープでメロディアスなロックバンドです。宮本浩次の何かにとりつかれたように歌を貪り食うボーカルが連発する言葉と音は、今を生きるわたしたちをはげましてくれる応援歌だと思います。
 今回の放送で歌った「風と共に」はNHKみんなの歌の6・7月のうたとしてオンエアされた歌で、40年前に宮本がNHK合唱団にいた時にNHK「みんなのうた」で「はじめての僕デス」を歌った縁で依頼されたものだそうです。
 独特の癖がありますが、宮本浩次というひとの歌心は歌謡曲と路上にあり、この人にも島津亜矢の歌をつくってほしいと思うシンガーソングライターです。

 思いのほか、「うたコン」で長い記事になってしまいました。
 次回は「新BS日本のうた」の島津亜矢特集第二週の中村美律子との共演から書き始めようと思っています。

島津亜矢「関東春雨傘」(1997年)
本文に書きましたが、20年前の歌唱で、彼女が20代半ば、何を歌っても元気がよく声量があり、歌うことを怖く思っていない時の歌唱です。今からみるとほほえましいのですが、今の島津亜矢はまったく別人といってもいいほど歌に色気があり、大人になりました。

エレファントカシマシ「悲しみの果て」
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2017.08.03 Thu 演歌の地殻変動がはじまった今、島津亜矢の立ち位置は? 2週連続島津亜矢特集「新BS日本のうた」

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 7月9日、16日はNHK-BSの「新BS日本のうた」で2週続いて島津亜矢二番勝負と銘打ち、島津亜矢をメインにした歌とバラエティーで構成した番組が放送されました。
 9日は今や若手男性歌手の人気を二分する三山ひろし、山内恵介の共演によるコミカルな寸劇を交えたバラエティーの構成でした。
 16日はなんといっても中村美律子との共演で、名曲「無法松の一生」をテーマにしたオリジナル寸劇「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」を熱演しました。
  「金スマ」から「SONGS」、「音楽の日」とつづいたメインストリームでポップスを歌い、すそ野の広いターゲットに届けた歌唱はそれぞれ好評でしたが、その領域では「ネクストブレイカー」という位置づけは致し方なく、今後も複数のテレビ局での音楽番組に出演する機会が増えることを願わざるを得ません。
 聞くところによるとポップスのカバーアルバム「SINGER4」が発売されるようですから、それにちなんで各放送局へのアプローチとドラマやCMとのタイアップにも期待したいと思います。以前、セキスイハイムのCMだったでしょうか、島津亜矢がカバーした「ニューヨークニューヨーク」が流れたことがありますが、ごくごく短く、島津亜矢の名前も出てこなくて、うれしい反面がっかりしたことがあります。
 さらに、多忙を極めるスケジュールは承知の上で、たとえば「SINGER4」発売記念コンサートをツアーでなくても東京、大阪、名古屋、福岡などスポットで収録曲を中心に開き、ゲストに収録曲のソングライターを一人迎えてコラボをしたりとか、本人には申し訳ないですが勝手な妄想は広がるばかりです。

 しばらくテレビではポップスが続きましたので、BS放送の二週連続の島津亜矢特集は演歌ファンだけでなく、島津亜矢自身もほっとするというか、生き生きとしていたように思います。
 それはともかく、「新BS日本のうた」の「スペシャルステージ」は従来2人の歌手による共演が中心でしたが、最近はその日の別の出演者一人二人が登場し、歌も交えたバラエティーコーナーになることも多くなりました。
 その理由の一つに、遅ればせながら演歌界の地殻変動があると思います。つい1、2年前までは島津亜矢よりも上の世代のベテランの歌い手さんを核にして、島津亜矢をはじめ中堅から若手の歌い手さんと組み合わせることで用をなしてきました。
 しかしながらここ2、3年は三山ひろし、山内惠介、福田こうへい、市川由紀乃、丘みどり、椎名佐千子、杜このみなど若手の歌い手さんの台頭が目覚ましく、せっかく共演しているのですから若い歌い手さんたちのパフォーマンスも同時に見たいというお客さんの要望を組み入れたのだと思います。この流れはNHKの地上波番組「うたコン」と連携したもので、ベテラン歌手はBS朝日の五木ひろし「日本の名曲 人生、歌がある」、BS日テレの「歌謡プレミアム」、BSジャパンの徳光和夫「名曲にっぽん」などへの出演にシフトしている状況です。
 この流れは今後もっと鮮明になっていくと思われる中、島津亜矢の立ち位置がとても気になるところです。
 実をいうとわたしは少し前まで、若手の歌い手さんの勢いに島津亜矢が吹き飛ばされるのではないかと心配していました。
 彼女の場合、北島三郎をリスペクトし、星野哲郎の薫陶を受けて演歌の王道を歩いてきました。この道にはヒット曲を持つベテラン歌手が何人も前を歩いていて、いくら人気商売とはいえその人たちを押しのけて演歌をけん引するだけの営業力とプロデュース力に劣る個人事務所であることや、すでにレコード会社にもその能力はなく、どう考えても歌がヒットするツールに乏しいことは否定できません。
 そんな危惧を吹き飛ばしてくれたのが「金スマ」出演で、たったそれだけのことで島津亜矢を取り巻く状況が様変わりになり、営業不足をもろともせず演歌枠のヒットチャートで善戦しています。最初は「I Will…」他、ポップスのアルバム「SINGER」シリーズ3枚が再度売れ行きを伸ばし、その流れが「心」にも来たというところでしょう。
 そんなわけで、いまのところ従来の演歌枠の中ではベテラン勢の出演が少なくなった分、島津亜矢が若手を引っ張る位置に立っているというところです。
 今回の「新BS日本のうた」の2週にわたる島津亜矢特集は、こうした流れの中で実現したもので、長年島津亜矢を推してきたこの番組のスタッフの努力によるものと推察できます。
 同じ企画の氷川きよし特集に次ぐもので、番組全体が島津亜矢を盛り立てる演出でした。9日に出演した美川憲一、16日に出演した中村美律子という先輩歌手も島津亜矢を盛り立ててくれました。とくに中村美律子はずっと以前にこの番組で「瞼の母」を共演し、大きな反響を呼びましたが、その時は「スペシャルステージ」での競演でした。
 今回も寸劇「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」で見事な共演を見せてくれましたが、今回の場合はあくまでも島津亜矢を盛り立てることに専念されていて頭が下がりました。
 くわしくは違うのかもしれませんが、中村美律子が島津亜矢に好意を持つようになったのは昨年の10月放送のこの番組の「演歌名人戦」がきっかけだったように思います。都はるみにしても中村美律子にしても、きっと以前はとっつきにくい存在だったのが、島津亜矢の歌唱力と歌を深く詠もうと努力する真摯な姿勢を目の当たりして、こだわりなく島津亜矢という歌手を認めてくれるようになったのではないでしょうか。
 ともあれ2週続いたこの番組で島津亜矢がとても気持ちよく歌い、寸劇を楽しんでいたのが印象的でした。演歌・歌謡曲の歌唱はまた一段と丁寧で、横に上半身を揺らしながらのメリハリのある歌声に、最近ポップスで「まだまだ」と感じていたのが払しょくされました。島津亜矢はポップスを歌えば歌うほど、演歌の歌唱がどんどん進化していくように思います。
 また以前は少し硬かった印象は完全になくなり、他の共演者にも遠慮せず、それでいて依然と変わらない心配りが感じられ、その立ち振る舞いを見てとてもうれしく思いました。きっと島津亜矢だけが変わったのではなく、周りの人たちも変わったのだと思います。

島津亜矢 スペシャルステージ 共演 山内惠介 三山ひろし14曲/2017

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2017.07.25 Tue 巨大な才能の原石である島津亜矢は刺激的なボーカリスト 島津亜矢「音楽の日」出演2

島津亜矢「SINGER2」

 島津亜矢の「I Will Always Love You」をポップスファンにはじめて紹介したのは、おそらく松尾潔氏だったと思います。
 氏の人気ラジオ番組、NHKFM「松尾潔のメロウな夜」の2012年4月の100回目の放送で紹介し、絶賛しました。
 松尾潔といえば、SPEED、MISIA、宇多田ヒカル、平井堅、EXILE、三代目J Soul Brothers、東方神起、DOUBLE、JUJU、由紀さおり等、数多くのアーティストの楽曲制作に携わってきた、今をときめく音楽プロデューサー&ソングライターです。
 この人はまた、ブラック・ミュージック、その中でもリズム&ブルースに造詣が深く、「松尾潔のメロウな夜」はそんな彼がDJをつとめ、和洋問わず大人の音楽をリスナーのリクエストも交えながら紹介するラジオ番組です。
 島津亜矢の「I Will Always Love You」を紹介したのも、この番組のディープなリスナーでいつもはリズム&ブルースの楽曲をリクエストするひとが、演歌歌手・島津亜矢をリクエストしてきたのがきっかけのようです。少し戸惑いながらも「I Will Always Love You」が収録されているアルバム「SINGER」を手に入れ、驚きとともに打ちのめされるほどの感動をおぼえたと証言しています。
 今のように島津亜矢がこの歌を歌うことがほとんど知られていない時で、リスナーの反響がとても大きく、島津亜矢の演歌以外の歌唱曲が話題になるきっかけとなりました。
 その後も200回放送の時にもう一度取り上げたほか、彼女の30周年リサイタルにも足を運び、終演後に島津亜矢に直接会い、話もしたそうです。
 彼が島津亜矢の「I Will Always Love You」を絶賛するのは、島津亜矢の体に流れるブラックミュージックの血を感じたからだと私は思っています。それは演歌からポップスまで、彼女の歌唱全般に隠れているもので、かつて美空ひばりがそうであったように海を隔てた遠くの大陸から聞こえてきた音楽が日本の海辺にたどり着いたとき、すでに音楽には国境がないことを証明するものでもあります。
 今の島津亜矢の立ち位置を思うと、いつでも先祖返りして既存の小さな「演歌」の四畳半に戻ることはできるかも知れないですが、ようやくたどり着いた大きな海辺で、彼女の歌が今までの10倍20倍広く、また深くたくさんのひとの心に届くことを願わずにはおられません。その意味でも「音楽の日」への出演は、日本の音楽シーンのメインストリームへと躍り出るきっかけになりました。
 島津亜矢が「I Will Always Love You」を自身のコンサートでもなく、また演歌・歌謡曲色の強い「新BS日本のうた」ではなく、「音楽の日」で歌ったことは、ほんとうに感慨深いことでしたし、長いスタンスで振り返ると、松尾潔がそのための道筋の扉を開けてくれたといっても過言ではないでしょう。
 そんな彼がプロデュースしたアーティストたちが大きく羽ばたいたことを思えば、ファンのわがままな願いではありますが、松尾潔に一度だけでも島津亜矢のアルバム制作と、それに連動したシングル制作を任せたら、とても面白い音楽が生まれると思います。
 実際のところ彼の場合はポップスの楽曲制作だけでなく、歌謡曲にも斬新なセンスをもっていて、山内恵介の新曲「愛が信じられないなら」は松尾潔の作詞でヒットチャートをにぎわしていますし、坂本冬美にも自ら作詩作曲した「こころが」を提供しています。
 ポップスから歌謡曲まで作詩作曲できる松尾潔ですが、島津亜矢には彼本来のリズム&ブルースの名曲を提供してもいたいと思います。なにしろ日本のリズム&ブルースともいわれる宇多田ヒカルのデビューにもかかわった彼ですから、島津亜矢を単なる演歌歌手のオプションではなく、日本のリズム&ブルースとしての「島津演歌」という新しい独自のジャンルを生み出せるのではないかと期待できるのです。
 ちなみに石川さゆりや坂本冬美、香西かおりなど、音楽界のメインストリームに進出している演歌・歌謡曲歌手はすでに早くからポップス系のソングライターから楽曲提供を数多く受けています。島津亜矢の場合、純演歌と思われてきたことと恩師・星野哲郎に忠実にプロデュースしてきたことが関係するのか、ポップス系のソングライターからの楽曲提供がほとんどありません。
 もちろん、島津亜矢チームからの働きかけがなかなか難しいことが一番の理由だと思いますが、一方で日本の音楽界全体をけん引するソングライターやプロデューサーが、巨大な才能の原石である島津亜矢の存在を知らなかったとも言えます。
 そのことは日本の大衆音楽の損失であったと思うのですが、今まさに日本の音楽界が島津亜矢そのひとを発見し、これからは各方面からのソングライターからの楽曲提供やCMソング、ドラマ、バラエティーのテーマ音楽への依頼も増えていくことでしょうし、そうなっていくことを願ってもいます。
 ともあれ、「音楽の日」の出演は各方面からの衝撃だけでなく、彼女自身にもとても大きな成果でした。音楽フェスの特番ではソロで歌うだけでなく共演者との共演や交流が楽しみで、今回の放送でも鈴木雅之、藤井フミヤ、山崎育三郎、高橋優、Little Glee Monsterといったポップス界でもトップクラスのボーカリストがワンコーラスずつメロディーを歌い継ぐ中、島津亜矢はドリカムの「何度でも」を歌ってその存在感を示しました。
 こんな光景をどれだけ夢見てきたことでしょう。その信じがたい映像を目の当たりにして、まだまだ先だと思っていたことがこんなに早く実現できたことを誰に感謝したらいいのか言葉が見つかりません。

昨日は、音楽の日、ご覧いただけましたでしょうか?
演歌歌手の私には、なんだか雰囲気も違う、ジャンルの違う方々の中にいるというのは、落ちつかない感じです(^◇^;)が、新しい刺激は、とっても楽しく(^◇^;)本当に幸せです!
昨日は、ソロで歌わせていただく場面と、^_^
ラッツ&スターさん、チェッカーズさんも大好きでしたので^ - ^お隣で歌わせていただけて、近くで、歌声をお聴きできたのも、贅沢な!幸せな時間でした(╹◡╹)♡
ソロで歌わせていただいて、手も足もガタガタ震えていた私に、藤井フミヤさんが、とってもあたたかい言葉をかけて下さり、涙が出そうでした( i _ i )藤井さん本当にありがとうございます( i _
本当に皆様のお陰で、いままで見れなかった世界に触れさせていただけていることに、只々、感謝の思いです。
心を込めて歌わせていただきます。
(島津亜矢のブログより)

島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)

音楽の日 未来の一歩メドレー 特別企画
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2017.07.19 Wed 島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間 TBS「音楽の日」 

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 ここ最近の島津亜矢のテレビへの露出は際立っています。
 7月だけでも、4日のBS-TBS「日本名曲アルバム、7日のNHK「ごごウタ」、8日のBS-TBS「我が心の歌~船村徹名曲ベスト10」、15日のTBS「音楽の日、」16日のNHK-BSプレミアム「新BS日本のうた」と続き、昨夜もNHK「うたこん」に出演しました。
 音楽番組に関心のない方は別にしても、ファンならずとも彼女を見る機会が少しは増えているのではないでしょうか。
 このブログでは、できるだけ出演した番組の報告をしてきましたが、さすがに書く方が追いつかず、すべての報告はできにくくなりました。
 これまでのところで、新歌舞伎座のコンサートでの「一本刀土俵入り」について書けずじまいになってしまいました。また、「黒い花びら」については、永六輔さんの記事の中で書こうと思います。
 今回は「音楽の日」の出演の意味と、最近の島津亜矢の立ち位置について書こうと思います。
 2011年7月16日初回放送の「音楽の日」は、長時間の大型音楽番組の草分け的な存在です。それまでは大みそかの紅白やCDTVの5時間番組はあったものの初回7時間で50組のアーティストが集結したこの番組を皮切りに、他局でも次々と大型音楽番組が始まったのでした。
 80年の「ザ・ベストテン」、「トップテン」の歌謡曲時代をへて、90年代は「HEY!HEY!HEY!」、「うたばん」などが小室哲哉などのJポップの台頭をささえました。
 それ以後、2000年代は毎週放送の音楽番組はなくなっていき、テレビはニュースから天気予報までバラエティー化が進みました。
 若者を中心にテレビ離れが進み、音楽の届け方もCDではなくダウンロードから最近は配信サービスへと移っていく一方でライブがメインストリームとなり、その流れから夏を中心に音楽フェスが各地で開かれるようになります。老舗の「フジ・ロックフェスティバル」から「サマーソニック」などが観客動員数を競い、音楽フェスのテレビ中継が盛んになりました。
 TBSの「音楽の日」などの超大型の音楽番組は、テレビ放送がスマホと共存できるようになった時代に、テレビ制作側が10時間にも及ぶ長い時間を使って企画・演出する「音楽のまつり」であるとともに、テレビがもう一度音楽シーンをけん引しようと試みる場でもあります。
 他局のフェス番組とちがい、演歌歌手も出演しているこの番組ですが、長い間演歌の枠を超えたボーカリストとして一部の熱烈なファンを育ててきた島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間で、画期的なことだとわたしは思います。
 同局の「金スマ」からの流れでしょうが、10パーセントを超える視聴率を誇る番組の出場は、いままでの島津亜矢のテレビ出演番組とは比較にならないインパクトを与えました。「金スマ」は今や日本の芸能界に大きな影響力を持つ中居正広の番組で、しかも30分まるまる島津亜矢にスポットが当てられ、稀有のボーカリストとしての才能がいかんなく発揮された番組でした。その中でも「SINGER」シリーズのポップスの中から、リクエストされた曲のさわりをアカペラで歌ったのが大反響となり、その後今でもこのシリーズのCDがよく売れているようです。
 「音楽の日」の司会はくしくも中居正広で、「金スマ」の時の島津亜矢の歌唱に圧倒された印象そのままに、「聞いたことがない方もいらっしゃると思いますが、あの北島三郎さんが絶賛する歌声をじっくりと聴いてほしい」と話し、安住紳一郎が「純粋に歌声に驚いていただきたい」と、ホイットニー・ヒューストンの「 I Will Always Love You」の歌唱を紹介しました。
 彼女のファンや歌謡曲ファンなら何度も聴いていますが、音楽シーン全体からみれば「金スマ」で紹介され、「音楽の日」が初披露ということになるのかもしれません。わたしたちがはじめてこの歌を聴いてからかれこれ7年がたち、中居正広と安住紳一郎があの時のわたしたちと同じリアクションとリスペクトをこめてこの歌を紹介することになるとは思いもしませんでした。
  「I Will Always Love You」の歌唱は絶賛の声しか聞こえてきませんが、わたしはずっと以前にも書きましたが、彼女に限らずですが島津亜矢のカバー曲はバラードの名曲が多く、この歌も彼女にとってはホイットニーがオリジナルだと思います。しかしながらホイットニー自身がカバーであることを思えば、島津亜矢の歌を詠む才能から言って、もう一歩の歌いこみが必要なのではないでしょうか。
 実をいうと、わたしは島津亜矢のポップスは和洋問わずまだ途上だと思っています。もちろん、演歌歌手が歌うポップスと聞けば信じられない歌唱力と声量で、ポップス歌手も真っ青という実力ではあります。しかしながら、何といってもクラシックやブルース、ジャズ、ロック、ポップスとつながる広大な音楽の領域からは、古今東西数々のボーカリストがその足跡を歴史に残しています。
 島津亜矢が今、ポップスの領域で7年遅れの大絶賛を得ているとしても、それは演歌歌手が歌うポップスという評価から抜け出しているわけではないことを、いみじくもこの番組の二人の司会者のリスペクトが証明しているのでないでしょうか。
 それはかつて、20代か30代の島津亜矢の演歌がその声量と歌唱力で、恐れられるほどの評価を得ていたこととよく似ているのです。普通に才能のある歌い手さんであればそこで完成したといってもいい高みに到達しながら、彼女はそこから苦労に苦労を重ね、日々精進の果てに大きく進化し、今や演歌においては独自の領域に達するまでになりました。
 もちろん、わたしもはじめて彼女のポップスを聴いたときは、こんな歌手がいたのかと驚きの連続でした。彼女のポップスは今でもたくさんの人々を驚かし、感動させることでしょう。
 しかしながら、わたしは演歌・歌謡曲における彼女の突出した実績を財産に、ポップスの領域においても極めてほしいと願っています。
 すでに、島津亜矢の歌の軌跡は歌唱力とか声量とかを称賛するところよりはるか遠くを歩いているのですから…。
 (つづく)
島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)


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2017.07.07 Fri 島津亜矢は「柔」に閉じ込められた美空ひばりを解き放つ宿命を持つ稀有の歌手

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 6月27日、島津亜矢がNHK「うたコン」に出演し、美空ひばりの「柔」と、新曲「心」を歌いました。
  「柔」はこの番組の前身だった「歌謡コンサート」で何度歌ったことでしょう。この歌を歌ってくれる歌い手さんが少なくなり、「柔」は島津亜矢に歌ってもらうと決めている頑固な(?)番組スタッフがまだ健在でほほえましくもあります。
 古賀政男から船村徹、遠藤実を経て弦哲也、岡千秋、徳久広司などに代表されるような70年代以降の現代演歌が量産される今、アナログ音源と白黒フィルムのような古賀政男の歌は人々の心に届きにくくなっているのかも知れません。
 わたしの暴論ですが、美空ひばりの最大のヒット曲が「柔」であったことは美空ひばりにとっても日本の大衆音楽にとっても最大の不幸と思っています。
  「柔」は1964年、東京オリンピックから一か月後に発表され、190万枚という美空ひばりの最大のヒット曲となりました。
 東京オリンピックは戦後の奇跡といわれた復興の成果と、政治的にも経済的にも国際社会の担い手として、日本の存在を世界に認めさせる一大イベントでした。
 その目玉のひとつとして柔道が国際競技となり、金メダルをとってあたりまえという風潮のもと無差別級でオランダのヘーシンクが優勝し、会場の日本武道館の空気が凍り付き、静けさに包まれました。
 「勝つと思うな、思えば負けよ」と歌った「柔」は、講道館創始者の嘉納治五郎の柔道精神を歌う一方で、東京オリンピックの柔道無差別級の敗北を越えて、日本社会への応援歌としての一面も持っていたように思います。
 うがった見方をすれば、そもそも明治になって講道館がけん引した柔道は警視庁と学校教育に採用されることで国家体制の精神性の一翼を担ってきた歴史があり、「柔」は「柔道の敗北」による大衆の動揺を背景とした国家の意思、もしくは今流行りの言葉でいえばそれを歌謡界が忖度してつくられた、いわば国家高揚プロジェクトに近いものがあったのかもしれません。
 その一大プロジェクトにぴったりの歌手といえば、戦後の復興を担い、苦難の日々をくぐりぬけたひとびとの精神的な支えだった歌謡界の女王・美空ひばりしかいませんでした。
 また、戦前は自殺未遂まで経験してつくった「影を慕いて」で、迫りくる軍靴のもと壊れやすい青年の純な心を歌い、戦中は戦意高揚の歌を作らざるを得なかった古賀政男もまた、国策と世情に翻弄された戦前戦中の悲しい心情と決別し、日本社会の復権に第二の青春をかける、そんな骨太の歌をつくろうとしたのでしょう。
 かくして、古賀政男は聴く人の琴線にふれるせつなく儚い詩情を離れ、美空ひばりはブルージーで土着的な音楽を捨て、「日本人の心の音楽」としての現代演歌という新しいジャンルを作ったのでした。このプロジェクトは想像以上の成果をあげ、「柔」は美空ひばり最大のヒット曲となり、これ以後高度経済成長の急な坂道を昇るひとびとの応援歌となりました。
 わたしは最近の島津亜矢の「柔」を聴くと、若い頃の単純な歌唱とちがい、当時の時代背景と美空ひばりが感じたかもしれない違和感や時代の閉そく感にまで想像をめぐらしてしまうのです。まさに、歌は歌自体が時代の記憶をかくしていて、たとえその時代をリアルに体験していなくても歌の女神は島津亜矢を歌の誕生の地にいざなうのでした。
 つい先日、TBS―BS「名曲アルバム」で美空ひばり特集が放送されました。この番組はジャンルにとらわれず2、3組の合唱団による合唱がほとんどで、それにゲストとして今回の放送では天童よしみとともに島津亜矢が出演しました。わたしは時々この番組を見ていますが、クラシックに近い歌唱法で演歌・歌謡曲を合唱するとミスマッチぎりぎりのところで不思議になじんでいることがうれしくなります。
 とくに島津亜矢が歌った「柔」は、「うたコン」などでの歌唱とはちがい、ピアノの伴奏と合唱だけのアレンジも相まって、とても新鮮に聴くことができました。この歌に限らず、天性の透明でやや硬質の声を持つ島津亜矢はアカペラに近い形で歌うと素晴らしいものがあります。また合唱のゲストボーカルとして歌う場合、彼女がバックの合唱に注意深く耳を傾けながら歌っていて、本来メロディアスとは言えないこの歌のメロディを奥底から引き出した歌になっていました。
 二曲目の「りんご追分」は、「柔」以前の美空ひばりの最大の魅力だった日本の土着ブルースの代表曲ですが、合唱によってを解体され、再構築された歌を、島津亜矢は戦後のラジオからこの歌が流れた時代の記憶の破片を拾い集めるように、一段と丁寧に歌いました。
 この歌を聴き、日本のビリー・ホリデイとも言われたブルースシンガーでありながら、これぞ日本の歌としかいいようがない美空ひばりの広大な音楽の荒野に島津亜矢は導かれているのだと思いました。
 孤独を恐れぬ心が足を踏み込むその荒野には、心臓の鼓動から生まれた愛の歌と、戦火の後の悲鳴が降り注ぐ独特のこぶしと節回しが満ち溢れていることでしょう。
 そして、世界の音楽の系譜にまだ記述されていない美空ひばりの悲劇を受け取り、西洋音楽に支配されてもなお底流に流れる日本の音楽、「柔」に閉じ込められてしまった美空ひばりの音楽、現代演歌の彼方に隠れている1950年代の歌謡曲を解き放ち、「新しい日本の歌」(それを島津演歌と呼んでもかまわないのですが)を生み出す歌姫として、島津亜矢はその荒野の入り口に立っているのでしょう。

 たしかに、島津亜矢はいまかつてない大きな波の上にいることはまちがいありません。2年連続の紅白出場と中島みゆきトリビュートコンサート出演、NHK「SONGS」出演、そしてマキタスポーツの後押しからTBSの「金スマ」に出演したことなど、話題に事欠かずまた矢継ぎ早の露出は、島津亜矢を大きく認知させるのに十分でした。
 そうした番組出演により、天海祐希、古舘伊知郎、中居正弘、大竹しのぶなど、芸能界をけん引する多様な人たちと出会えたことはこれからの活動に大きな果実をもたらすことでしょう。とくにTBSの人気番組「金スマ」の波及効果は大きく、アカペラでポップスのさわりを歌っただけでポップスのアルバム「SINGER」シリーズが爆発的に売れ始めたほか、新曲の「心」もヒットチャートをにぎわしています。
 ここ数年の地道な努力がやっと報われ、一ファンとしてこんなにうれしいことはありません。もちろん、そのぶんだけ今までとちがうプロデュースが問われるようになり、売れたら売れたで悩ましいのがこの世界です。とくに、島津亜矢のようにレンジの広い歌手ほどほんとうに難しいと思います。
 ともあれ、ひとつの安全策としていままでの路線に沿った新曲「心」を発表し、大賞を獲得した「独楽」のように日本作詩大賞へのノミネートに期待が高まります。
 あとひとつ、星野哲郎の教え通り迷ったときは原点に戻るということで、身も心も引き締めて、いわゆる「演歌の王道」へとハンドルを戻したとも言えるでしょう。
 新歌舞伎座のコンサートでも原点回帰の姿勢が鮮明でしたし、それはそれで意味のあることでしょう。
 わたし個人の思いから言えば、島津亜矢にふさわしいもっと大きくて深い歌が生まれないものかと思っています。そのためにはいままでと違う、また新しい出会いが用意されなければならないのでしょう。

島津亜矢「リンゴ追分」 

島津亜矢「心」 

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