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2018.07.02 Mon 「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会・憲法カフェのせ

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 6月30日は「憲法カフェ・のせ」&「能勢から未来を考える会」主催の「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会に31人の方々の参加をいただき、資料が足りなくなりそうでした。この上映会は今年の4月に種子法が国民的議論のないまま廃止され、これからの農業の在り方や地域の「共有財産」としてのタネがグローバル企業に独占されることの問題点をみんなで考えようと開かれたものです。
 わたしは能勢に移り住んで7年になりますが農業のことはわからず、知らないことばかりで、農業をされている方の生々しいお話を聞き、とても勉強になりました。
 種子法(主要農作物種子法)とは稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆の優良なタネの生産と供給における国と都道府県の責任を規定したもので、戦中戦後直後の食糧生産の落ち込みによる国民の飢餓が二度と起こらないように取り組まれたものでした。
 この法律の下、各都道府県の気候や土壌にあった原種を生産、管理し、農家に提供することで安定した供給を可能にしてきましたが、国は規制改革の名のもとで種子法を廃止し、種を公共性の食料供給物資から経済戦略物資にしてしまったのでした。
 映画はラテンアメリカで農民が守ってきた種を多国籍企業が奪い、国家や世界銀行などの国際機関を利用し、国際条約をつくらせて遺伝子組み換えと農薬と化学肥料による農業をすすめ、すでに世界の種の7割が遺伝子組み換え企業が独占する状況にあると報告しています。
 戦後の食糧難から行政が種子を公共の財産として開発し管理してきた日本と、ラテンアメリカの現状とは一見ちがうように見えますが、種子法の廃止は規制緩和の名の下で遺伝子組み換え、農薬、化学肥料をセットにした私的企業による種子独占に道を開くものなのだと学びました。
 「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会から学ぶことのひとつに、グローバル企業による種子の独占にとどまらず、世界の資本の収奪対象がいよいよわたしたち人間の健康・保健・医療・福祉におよぶ資本主義の終焉に向かって進んでいるのだと思いました。
 資本主義も社会主義も、かつてあった「共有財産」を私的財産か公的財産へと収奪してきました。映画で報告されたラテンアメリカの農民のたたかいは人類の共有財産を守り、取り戻すたたかいなのだと思います。そして、終焉を迎えようとしているからこそ暴走するグローバル資本に立ち向かうのは彼女彼らだけでなく世界中にいるのだということを、そしてわたしたちもまたその一員であることを強く感じました。

『種子 みんなのもの? それとも企業の所有物?』予告編

タネは誰のもの? 「種子法」廃止で、日本の食はどう変わるのか

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2018.01.19 Fri アベノミクスは副作用のつよいカンフル注射。

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 若い人たちの間では、自民党は革新政党で野党は保守政党と思われているようです。
 自民党の宣伝がよく行き渡っていて、憲法をはじめ簡単に変えてはいけないはずのものを改革という名で積極的に変えるのは自民党で、既成の枠組みを後生大事に守り、変革しないのは保守ということらしいです。
 最近の自民党は安倍晋三氏による一強体制で自浄作用が働かなくなり、森友学園や加計学園問題もなんのその、圧倒的な数によってどんなことでも通してしまう暴走が、若い人たちの間では勇敢に政治を進めていると映るようです。
 大規模な金融緩和、拡張的な財政政策、民間投資を呼び起こす成長戦略という3本の矢で長期のデフレを脱却し、2パーセントの物価上昇と名目経済成長率3%を目指すアベノミクスが安倍政権の人気を支えていると言われています。たしかに前代未聞の大規模な金融緩和による円安効果と日銀の国債買いで、2008年のリーマンショック前を越える株価の上昇や企業業績が絶好調であることは事実です。
 しかしながら、これらは日本の政策が無関係とは思いませんが、新しい産業革命ともいわれる世界的な景気拡大によるものであることもまた事実です。そして景気拡大と株価上昇の恩恵を得ているのはグローバルな市場でしのぎを削る企業と日本の株式市場を動かしている海外投資家で、日本の国内で景気を実感できない人もたくさんいるのではないでしょうか。

 景気拡大と企業業績の好調の足元で、国税庁が昨年の9月28日に発表した2016年の民間給与実態調査よると、雇用形態による給与格差が4年連続で拡大していることが分かりました。
2012年の結果では、正規雇用者の一人当たりの平均年収が468万円、非正規雇用者が168万円と、その差は300万円でした。
 しかし、翌2013年には両者の差は305万円、14年には308万円と徐々に開いていき、今回発表された2016年は正規雇用の年収が487万円、非正規雇用が172万円と、安倍政権が発足した2012年より15万円ほど差が大きくなりました。
正規雇用者の平均年収は4年で19万円増えたにも関わらず、非正規雇用者は4万円しか上がっていません。非正規雇用者は昇給の幅が小さく、最近では人手不足による賃金引き上げを行う企業も多いが、こうした恩恵もあまり受けられていないのかもしれません。
 また、雇用形態と男女別に年収を見ると、最も年収が高い男性正規雇用(540万円)と最も年収が低い女性非正規雇用(148万円)とでは392万円の差が生まれていました。業種別の平均給与額では、「電気・ガス・熱供給・水道業」の769万円が最も多く、次いで「金融業・保険業」の626万円、最も少ないのは「宿泊業・飲食サービス業」の234万円でした。
 政府は現在の景気状況は「いざなぎ景気を超えた可能性が高い」と発表しましたが、雇用形態や業種別の給与格差は是正されるどころか、拡大していると言わざるを得ません。
 また、トヨタ自動車やホンダなど大手自動車メーカーが、期間従業員が期限を区切らない契約に切り替わるのを避けるよう、雇用ルールを変更していたと報じられました。
 2013年に施行された改正労働契約法で、期間従業員ら非正社員が同じ会社で通算5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば無期に転換できる「5年ルール」が導入されましたが、企業側の要望を受け「抜け道」も用意され、契約終了後から再雇用までの「空白期間」が6カ月以上あるとそれ以前の契約期間はリセットされ、通算されません、
 改正労働契約法は2008年のリーマン・ショック後、大量の雇い止めが社会問題化したことから、長く働く労働者を無期雇用にするよう会社に促し、契約期間が終われば雇い止めされる可能性がある不安定な非正社員を減らすことが本来の目的でしたが、自動車メーカーをはじめとするグローバル企業は都合のいい労働者を確保するためにこの抜け道を利用したのです。
 一方、何十年に一度ともいわれる好景気の中で昨年の企業の倒産件数は微減で、なおかつ大都市圏では増加しています。負債総額は戦後最大の倒産になったタカタを除けば、中小企業の小口倒産が多く、特に飲食業の倒産が目立ちます。
 いままでの一般的な倒産の理由は販売不振や放漫経営による資金繰りの悪化などと別に、人出不足による倒産が増えています。景気が良くて忙しいのに給料が安くて労働者が辞めていき仕事をこなせないなど、経営基盤が弱くて人件費を上げられない零細・小規模倒産や自主廃業などが増えているといいます。
 安倍政権は景気拡大の果実がたまり続ける企業の内部留保から教育無償化のお金とともに、3パーセントの賃金アップを求めていますが、企業は応じるとしても正規雇用者にしか適用せず、4割となった非正規雇用者には自動車メーカーのように5年ルールの逃げ道を利用したり、場合によっては雇い止めという冷淡な行動に出ることすら考えられます。
 実際のところ、非正規雇用の年収が172万円で、正規雇用者と315万円の格差があり、非正規雇用の割合が多い女性の場合は148万円とさらに格差が広がっていることにがくぜんとします。この政権は「いつかあなたにも恩恵が来る」と言いながら働く国民を企業の想いのままにさせています。
 新自由主義の下で「企業は株主のもの」となり、グローバル市場を勝ち抜くためには労働者はいつでも雇い止めにできるようになりました。「企業は人なり」という言葉が遠い昔になってしまい、人件費は当たり前のように経営コストでしかないのです。
 ある意味、日本には国民国家の中の資本主義はすでになく、グローバルな資本主義の労働市場のひとつでしかないのでしょう。
 しかしながら、そんな流ればかりではない、一筋の光明もあります。それは、この人手不足の中で5年ルールを遂行し、正社員にしようとする動きもあるからです。それらの動きは、たしかに正社員にすることで人手を確保するという意味もありますが、それだけでなく、資本主義社会の企業においても「企業は人なり」、「企業は従業員のものでもある」という考え方が大小問わず経営者の中にも株主の中にもふたたび生まれてきているのだと思います。そうしなければ、品質偽装などで揺るぎ始めた日本の企業のクオリティーが危いこともまた事実だからです。
 そして、もう少し遠い視線で未来をみれば、成長神話から抜け出せずかなりきついカンフル注射を打ち続けるアベノミクスの副作用が雇用格差をさらに大きくする一方、どこかで膨らみきった風船が破裂する時が近づいていると思うのはわたしだけではないでしょう。
 当面、東京オリンピックの後にやってくるかもしれない経済の停滞が、これからの未来の普通になるのではないでしょうか。その時、「企業は人なり」とする企業にとって、人件費はコストではなく、経営の成果のひとつになることでしょう。
 それは、豊能障害者労働センターが1982年の設立以来、障害者の所得をつくりだすことで学んだ経営理念で、周回遅れだったその理念がいつの間にか世界のマネージメントの先端になっていると、わたしは信じています。
 わたし自身、豊能障害者労働センターのおかげで経済的には貧乏にはなりましたが、心は豊かになりました。アントニオ・ネグリではありませんが、貧困のネットワークこそ世界を変革するエネルギーになるのだと思います。

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2018.01.04 Thu 今年もよろしくお願いします。

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 昨年の7月で70歳になり、自分の人生に区切りをつけないといけない年齢になったことを実感する新年です。
2011年から始めたブログは、当初は「恋する経済」というタイトルにふさわしく、豊能障害者労働センターの活動を中心に、「助け合いの経済」が現実の一般経済とどう折り合いをつけ、実効力を持てるのかを考えるブログとして出発しました。
しかしながらその年の5月に島津亜矢さんの記事を書いて以来、多くの読者の方々に支えられて250本を超える記事を書くことになりました。
 わたしの思いとしては、島津亜矢さんが大きな事務所に属さず、コンサート活動を中心に自ら「市場」を広げる、つまりファンを獲得する「顔の見える音楽」活動をされていることへの尊敬の念があります。
 わたしが何十年来願っている「顔の見える経済」もまた、障害者を中心に、自ら「助け合いの市場」を作りだすことで障害者の雇用と所得を補償する活動で、ジャンルはちがいますが、島津亜矢さんの音楽的冒険に強いシンパシーを感じています。
 これからも一ファンとして、わたしなりの独断と偏見を申し訳なく思いますがお許しいただき、島津亜矢さんの音楽活動を追いかけようと思っています。
 地域では今年3回目となる「ピースマーケット・のせ」の開催日が5月20日となり、実行委員会が活動をはじめています。地域性にこだわり、日常生活の中から憲法や平和への願いを語り、歌い、分かち合い、息苦しい世相の中で行方不明になりそうな民主主義を手繰り寄せ、次世代に届ける新年にしたいと思います。
 そして7月11日、箕面の友人たちとクラシックのチャリティー・コンサートを企画しています。この催しは、東日本大震災による福島県の原発事故による放射能の不安を抱えながら暮らす障害児とその家族を一時的に関西に迎え入れ、心身の疲れを癒してもらう保養プロジェクト「ゆっくりすっぺ in 関西」の活動を支援するために開きます。
 箕面市出身のヴィオラ奏者で、ドイツをはじめとするヨーロッパの第一線で活躍されている吉田馨さんが演奏仲間に声をかけ、毎年石巻市でチャリティー・コンサートを開催される前夜祭として、箕面でのコンサートが実現しました。
 このコーサートの収益を「ゆっくりすっぺ in 関西」に届けるだけでなく、コンサートを通じて原発事故により子どもたちが、とりわけ障害を持つ子どもたちが心を固くして暮らしている現実を多くのひとびとにお伝えし、一日でも早く子どもたちの明日が夢見る希望に満ち溢れるように「ゆっくりすっぺ in 関西」を支援し、共に未来を耕したいと思います。

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2017.12.09 Sat さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもある。

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今年も豊能障害者労働センター機関紙「積木」に、カレンダーの記事を書かせてもらいました。


おもわずだきしめたくなるカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
遠い遠いどこかの大地で同じ星を見ているあなた
遠い遠いどこかの駅のホームに立っているあなた
そして世界の希望の一年がやってくる

カレンダー「やさしいものがたり」の誕生
 松井しのぶさんのイラストによるカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」が、2018年版で13作目を数えることになりました。
 そもそも、カレンダー事業は障害者の働く場と所得をつくりだすために結成された障害者労働センター連絡会によるカレンダー「季節のモムたち」がその前身でした。
2003年、イラストを描き続けてくれた吉田たろうさんが亡くなられ、途方に暮れながらも後継のイラストレーターを探さなければなりませんでした。
吉田たろうさんのイラストは、地球上の小さないのちを大切にし、障害者の生きやすい社会をつくるというコンセプトでした。
わたしたちはその想いに加えて阪神淡路大震災、アメリカ同時多発テロなど頻発する自然災害やテロ、紛争でこどもたちが傷つき、いのちまでも奪われる理不尽に立ち向かう世界の人々と共に平和に生きる勇気を耕したい、そんな思いを新しいカレンダーに託したいと思いました。
 報酬は少ない上に、わたしたちの願いを表現してくれるイラストレーターを見つけるのは困難を極めましたが、インターネット検索を繰り返し、松井しのぶさんのイラストを発見したのでした。
 ナチュラルな色づかいとソフトなタッチのイラストは愛らしいメルヘンでもあり、月夜にきらめくファンタジーでもあり、その透明な光のキャンバスの上で記憶と夢が溶け合っています。
 2003年は米英軍を中心とする多国籍軍のイラク侵攻によってイラク全土が破壊され、イラクの民間人の死者の数は10万人とも20万人ともいわれています。
 わたしの記憶では、空爆の様子がテレビ中継されていました。夜のバグダッドの街に次々と爆弾が落とされる情景をテレビで見ている自分自身のおぞましさ、恐ろしさ、うしろめたさは今でも忘れることができません。
わたしは松井さんのイラストを見て、そのイラストの向こう側にだきしめたくなるノスタルジーと未来への強い意志、平和の祈り、希望がぎっしり詰まっていると思いました。
わたしたちの願いのすべてが松井しのぶさんのイラストにあることに、驚きとともに奇跡といってもいい運命を感じました。
 カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」はこうして誕生しました。

カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は平和を願う手紙
 2011年、日本も世界も立ち止まらざるを得なかった東日本大震災をきっかけに、豊能障害者労働センターは世界の窮民の自立経済と被災地の自立支援をつなぐ障害者市民事業プロジェクトとして商品開発を進め、全国に点在するカレンダーの共同販売ネットワークを通じて届けてきました。

 わたしは壁掛けカレンダーが好きです。スマホやタブレットに時が閉じ込められてしまった今、壁掛けカレンダーの役割は少し変わったのかもしれません。
しかしながら、時代が猛スピードで過ぎ去った後に残る記憶は、その時代を生きたひとびとの人生の証しでもあります。
 子ども時代の戦争の傷跡、鉄条網と牛糞と黒い土と、ハーモニカと布のボールと進駐軍のジープ…。青春時代のデモとゴーゴー喫茶とボブ・ディランと天沢退二郎の「宮沢賢治の彼方へ」と寺山修司の「家出のすすめ」…。そして、豊能障害者労働センターとふたつの震災と被災障害者支援「ゆめ風基金」とKさんの死…。
世界の現実に目を向ければ悲しい記念日に埋めつくされ、カレンダーのどの1日からも悲鳴が聞こえてくるようです。
けれどもその一方で、この世界に生きる74億の人々の、だれかの誕生日でない日などないと思います。さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもまた、たしかにあるのです。
そして今、わたしたちは北朝鮮との武力衝突があるかもしれないという現実にさらされています。わたしたちの住む日本にも北朝鮮にも韓国にも、たくさんの子どもたちがいます。明日のいのちがどうなるかわからない不安と恐怖と緊張のただ中で身をかがめ、心を固くしているこどもたちがわたしたちと同じ思いで同じ空を見つめていることでしょう。
わたしたちは、どんな強力な武器よりも共に生きる勇気を育てること以外に「安全で平和な社会」をつくれないことを知っています。わたしたち人間は言葉も個性も希望も夢も国籍も民族も年代もちがっても、つながることができるはずです。
 カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は平和でなければつくることができません。
だからこそ今年もカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」に託された平和への願いが、一人でもたくさんの方に届けられることを祈っています。

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2017.12.04 Mon 「人間の意思が未来を開く “ひと”として生きるために」 第32回みのお市民人権フォーラム全大会・高村薫講演会

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 12月2日、大阪府箕面市で高村薫さんの講演会がありました。
 この講演会は「みのお市民人権フォーラム実行委員会」が毎年この時期に開催するイベントの記念講演として開催されました。またこの日の夜に「地方自治」、翌日に「部落問題」、「女性」、「教育(こども)」、「障害者」、「在日外国人」と合計6つの分科会が箕面市内の4か所の公共施設で開催されました。
 毎年記念講演には谷川俊太郎さん&谷川賢作さんのトーク&ライブ、写真家大石芳野さん、姜尚中さんなど、幅広い分野からの講演やトークライブで、箕面市民のみならず近隣の市民にも毎年楽しみにされているイベントです。
 今回は直木賞作家・高村薫さんの講演ということで、以前に講演された重松清さん以来の小説家の講演でした。
 高村薫さんは小説などの執筆活動だけでなく、世の中のさまざまな事件や政治まで、日常の出来事や社会の動きから時代の行方を見据え、発言されてきました。
 今回の講演は人権問題への取り組みを続けている市民からの講演依頼ということで、「人間の意思が未来を開く “ひと”として生きるために」というテーマで、話されました。

 登壇された高村さんは椅子に座り、前のテーブルに原稿を置きながらお話しされました。か細く高い声なのに、発音がはっきりしているからでしょうか、よく聴きとれる声でした。
子どもの頃、自分の祖母や両親の言動を通して、子ども心に日本社会の人権感覚の貧困さ、素顔の差別感を感じ取った高村さんは、すでに子どものころから作家の素養に恵まれていたのでしょう。
 教養のある祖母や両親が建前とは別にふと在日韓国・朝鮮人や障害者に対する差別が顔を出す。それを尋ねると「そういう人たちとはかかわってはいけない」と言われ、「触れてはいけないこと」と悲しい納得をする。また、子どものころにBC級戦犯の処刑をテレビで見て、人はなぜ戦争をするのか、どうして誰も責任をとらないのかと子ども心に感じ、戦争になったら不名誉でいいから生き延びるべきと思ったという話など、子どもの頃の日常生活の中で家族や社会が垣間見せる差別の本姓を鋭く観察する習性が、やがて自分の小説の中で生かされるようになったと言います。
 それでは、ひとはなぜ差別するのだろうかと問う高村さんは、差別される側に立ってその理不尽さを攻撃し、闘い、差別のない社会の実現をめざす運動論ではなく、あくまでも差別してしまう社会や人間の側から差別を観察し、その正体をつきつめようとします。
 当然のことながら、主催者の市民は差別のない社会を目指しいつも前のめりに活動してきていますし、行政の側もそのミッションをサポートし、自らも人権施策としてすすめているわけですから、高村さんの話がいつものような予定調和的な人権講演ではないことで、かえってわたしたちに「差別とは何か」をあらためて考えることができました。
 差別はわたしたちの人間の他者性と欲望からくるのではないかと、高村さんは言いました。言葉の選び方が少しわかりづらかったのですが、この講演を通じてたびたび話されていた差別を受ける人々、在日韓国・朝鮮人や障害者と付き合うことに慣れていないということと、自分と他者とをくらべ優越をつけたがること、そしてどんな小さな集団でもその中の誰かを排除してしまう人間の本姓が拭いがたくあり、差別の本質はそこにあるのではないかと考えを進めていきました。
 神奈川相模原市での障害者施設における大量殺害事件は、たくさんの障害者が人目につかないところに隔離され、彼女たち彼たちの存在が見えなくされているところにその原因の一つがあったのではないか。事件が起きてはじめてその存在を知ることになったわたしたちにとって「知らない人の葬式は悲しくないのだ」と彼女がいう時、だからこそ19人の犠牲者の名前が公表されなくてもなんとも感じなくなってしまうのだとわたしは思いました。そして大きく見ればその施設自体が社会の排除と差別の結果として存在していることをあらためて思いました。
 どこまでも具体的な日常から噴出する差別の姿を見つめ、観察する高村さんは、「差別はだめ」といくら言っても、人間とこの社会の本質が排除と他者との優越を捨てられない以上差別はなくならないし、それならば道徳や倫理やその場しのぎのお題目のように「差別のない社会」を訴えるよりは「差別がある」ことを認めるところからあらためて考え直せないかと考えます。
 そして、結局は「良い人間になろう」とする努力をつづけ、その強い意思を持ち続けることしかないのではないかと高村さんは言います。それはとても困難な道で、排除と偏見と他者との優越によって差別を生み続ける人間の本質に立ち向かう道、永遠にたどり着かないかもしれない道だからこそ、ひととして生きるためにその困難な未来へと歩き続けなければならないのではないか。
 解らない、解り合えない、解りあえたと思った時には実は一方が一方を押さえつけていたりと、解り合わない部分を残したまま、それでも話をしたり、互いのちがいを見つめあい、認め合ったりして、かっこよくもすっきりもしない日々の風采のあがらない付き合い方を自分にも他者にも求め、時には「ひとまずやりすごす」、そんなゆるい向き合い方でいいのではないかと講演を結びました。
 わたしは彼女の講演を聴いていて、これは高村さんの自叙伝的小説そのもので、わたしたちはその小説の読み手ではなく、彼女といっしょに一篇の小説を書き終えたのだと思いました。彼女の作家としての出自が「ミステリー作家」であることになぞらえれば、「差別」という犯人の存在と本質を探し求めるこの講演の後にそれを探し求めるのは聴き手であったわたしたちひとりひとりなのだということでしょう。
 谷川俊太郎作詞・武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」の歌にあるように、「他には誰も残っていない」のです。
 とても感銘した講演でしたが、2つだけ言いたいことがあります。ひとつは出生前診断で胎児に障害が見つかった母親からの相談で、「生まれてくる子どもの人権を振りかざし、けしからんと断罪することができるのか?」と自問し、結局は何も言えなかったと告白されていましたが、彼女のその対し方に共感しつつ、それでもなおその母親もまた、まだ自分の生きる意志を伝えられない胎児に対して、その子の生き死にを決めていいのかと思うのです。そこにこそ生まれてくる子どもの人生をその子のものにするための運動の役割があるのだと思います。
 もう一つは、これはかなり失礼なことを言ってしまうことをお許し願って、高村さんはきっとあまり障害者と出会っておられないのではないかと思いました。(間違っていたらごめんなさい。)
 道徳観や倫理観や大義名分ではなく、ひとりの障害者と出会い、人生を共にしたり、愛しあったり憎みあったりしながら他者との関係がもっと下世話になると、そこから生まれる「路地裏の友情」は案外、「ゆるーい感じ」で差別社会のすきまに入り込み、社会全体とは言えないけれど小さな井戸端で共に暮らせる喜びがあることを、釈迦に説法だと思いますが、「運動」を進める側はもっとアピールしなければならないのではないかと思いました。

 この日は講演会のあと、ひさしぶりに箕面の友人たちと飲み会をしました。
 講演の話はもちろん、お互いの近況を語り合い、最近少し落ち込んでいたのですが、「わたしはここにいる」と思えて、とても楽しい夜になりました。

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