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2018.09.02 Sun 障害者雇用数の水増しは決して許されないけれど、その奥にあるもっと大きな問題は。

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 中央省庁や地方自治体が障害者雇用数を水増ししていたことが発覚し大きな問題になっています。厚労省が8月28日に公表した調査結果によると、国の33行政機関のうち、約8割にあたる27機関で計3460人の不適切な算入がありました。その結果、33機関のうち、法定雇用率(2.3%)を満たしていなかったのは27機関となり、平均雇用率は2.49%から1.19%に半減しました。水増し数が最も多かったのは、国税庁で1022.5人。次いで、国土交通省の603.5人、法務省の539.5人でした。さらに水増しは国だけでなく、地方自治体にもおよんでいます。
 障害者雇用数の水増しは障害者の権利を大きく損ねる行為であり、障害者雇用を促進すべき責任を負う公的機関の信頼を著しく傷つけるもので、決して許されるものではありませんが、この問題の奥には1960年に制度化された障害者雇用促進法自体に大きな問題があり、今回の事件はこの法律そのものの矛盾が生み出したものと言わざるを得ません。
 そもそもこの法律が定める法定雇用率の算出方法は、常用労働者数と失業者数の合計を分母とし、障害者の常用労働者数と障害者の失業者数を分子として算出するものですが、障害者の失業者数は職業安定所に求職の登録をした障害者に限ることになります。
 次に、今回問題になっている対象とされる障害者とは、ほぼ医療モデルにもとづく障害者の手帳(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳)を所持している者となっています。
 ですから、今後の調査で手帳の有無を徹底的に調べれば調べるほど、関係省庁も企業もマスコミも、そのことが手帳を持つ人のみを障害者とすることを正義として、医療モデルで障害者をしばることの差別性には目を向けないことが明らかです。
わたしの少ない経験でも、自分からすすんで職安に求職登録をする障害者はほとんどいませんでした。むしろ「働きたい」という願望はあっても、障害者だから就職は無理だと自分も周りの家族も思ってしまい、職安に行くという発想がうまれてこないのが実情です。
 「手帳を持ち、職安に求職登録している障害者イコール働く意欲のある障害者」という一見まっとうと思える原則は、手帳を持っていてなおかつ特別な配慮がなくても自力で働ける障害者ということになり、対象となる障害者がかなり限られ、結果として致命的にほとんどの障害者を一般企業から排除してしまうのです。
 特別支援学校を卒業する時、ほとんどの障害者の進路は福祉作業所などで、一般企業への就職はおろか、職安も遠い存在です。
 ですから、国の期間で最も水増ししていた国税庁の最高責任者である麻生財務大臣の「障害者の数は限られているので、(各省庁で)取り合いみたいになると別の弊害が出る」という発言にいたっては、怒りを通り越してあきれてしまいます。このひとたちはかろうじて一般企業で働く障害者の苦しさも、一般企業への就労を拒まれてしまう数多くの障害者のくやしさも、ほんとうに何もわかっていないことをあらためて痛感します。
 麻生さん、省庁で取り合うになるような障害者雇用施策をやってみてください。職安に登録される障害者に加えて、福祉施設で生きがい程度の分配金を得るために利用料を払わされるたくさんの障害者をすべて雇い、ほんとうに省庁や企業が障害者を探さなければならないような施策をやってください。
 また一定以上の障害者を雇っていない企業に負担を求める「障害者雇用納付金制度」に基づき、2017年度に企業が国に支払った納付金(実質的には罰金で、なんと、国などは支払わなくてよいそうです)は293億円で、そのうち雇用の基準を上回る企業に支給された調整金は227億円で、66円億円ものお金が国に入っています。自分は罰金を払わず、一般企業から徴収した納付金も障害者雇用をすすめる企業に上積みはおろかすべてを支給しないとすれば、こんな政策がほんとうに実のある障害者雇用施策といえるでしょうか。
 問題は単に障害者雇用の数字合わせの水増しをしていることではなく、障害者に職場が求める職業的能力の基準を押し付け、そぐわない障害者には門戸を固く閉じるところにあると思います。障害者が職場の要求に合わせるのではなく、個々の障害者が働けるよう職場での介助や仕事上のアドバイスや送迎など、「障害者に職場を合わせる」合理的配慮を無視して持続的な障害者の雇用が進むはずはないのです。
 結局のところ障害者を雇用するのはあくまでも義務で、職場内で精神障害になった労働者をカウントにいれたりして法定雇用率に届くようにつじつまをあわせ、それでも到達できなければ納付金を支払えばよいというのが本音にあり、公共機関の場合は納付金も払わなければよいのですから、いろいろ面倒だと障害者を排除してきたのだと思います。
 
 けれども、障害者が職場に来ることはそんなに迷惑でしょうか。実際に障害者をたくさん雇用している企業は、障害者が職場に来ることでいままで気づかなかった職場改善が進み、誰もが働きやすい職場になったと証言しています。わたしも長年工場で働いていましたが、職場になれていない新人や転属の社員が来るたびに、工程の見直しや冶具の改良などをすることで「生産性」が上がるのを体験してきました。それは事務職などでも同じだと思いますし、サービス業の場合などはお客さんによるかもしれないとしても、マニュアル通りのサービスよりその人にしかできない心のこもったサービスに満足するお客さんもいます。社会がそうであるように、働く現場もまた多様な個性や文化を持った人たちによる共生によって、豊かな労働環境と持続可能な目標設定が可能になるとわたしは思うのです。
 そして国も地方行政も障害のあるひともないひとも共に働く労働環境をつくるための施策をすすめてほしいと思います。そのためには、企業や公共機関への一般就労と、就労継続支援A型・B型の福祉的就労だけでなく、その間を埋める第三の雇用とも言える社会的雇用の制度化が求められます。社会的雇用とは箕面市の障害者事業所制度や滋賀県の社会的事業所制度のように、一般企業ヘの就労と同じ労働条件を保障しながら個々の障害者に寄り添い、より豊かな労働環境を提供する事業所に対して、継続的に就労支援を行うものです。
 箕面の障害者事業所制度はその上にさらに障害者が運営に参加することを事業所に義務付けていて、障害者のうずもれた多様な「職業的能力」を自発的に開発したり、障害者のアイデアやデザインを商品開発に生かしたり、また人権侵害を内部告発できる仕組みづくりなどに生かされています。
 サービスの利用者という形で福祉制度の枠の中に閉じ込められるのではなく、また一般企業のようにややもすると障害者を既存の労働現場に押し込めるのでもなく、障害当事者が事業所の運営を担う権利と義務を負う箕面の障害者事業所制度は、より理想に近い自立した働く場を提供できる優れた制度です。
 この制度の下で、箕面市では福祉的就労の場に閉じ込められるはずの障害者が豊能障害者労働センターのように市民生活の真ん中で生き生きと働いています。それどころか、豊能障害者労働センターの障害者ほど健全者スタッフに、そして箕面市民に頼りにされている障害者はいないと思います。お近くのひとならば、見学に行かれるとそのことがよくわかります。それは障害者の社会的雇用を制度化してすでに30年になろうとする、箕面市の先駆的な施策の果実でもあります。
 一見、福祉制度の枠の中では福祉的就労よりも助成金が高く見えますが、この制度の下での豊能障害者労働センターの自主事業は市内に3つのリサイクルショップと食堂と福祉リサイクルショップの運営と通信販売事業、箕面市広報の点訳業務などで9000万円の年商をたたき出し、障害者の給料をつくり出す、きわめてコストパフォーマンスの高い制度であることが証明されています。
 一日も早く、この制度が国の制度になることを求めつつ、あとひとつ、技術開発・商品開発力が弱い社会的事業所に技術提供する企業に報奨金を継続的に支給したり、障害者のアイデアを実用化する資金がない障害者事業所や社会的企業に資金を貸したり提供したり、さらには障害者事業所と一般企業が提携して開発する事業に助成するなど、この制度が国の制度になることでより充実した施策がどんどん生まれ、大きく夢は膨らみます。
 ともあれ、労働の在り方が多様化する今、何十年も前とおなじ労働の場をイメージした雇用促進法の制度疲労は明白で、今回の事件はそのことを国自らが証明してしまったのです。

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2018.08.24 Fri 「サム・フランシスの色彩」展 アサヒビール大山崎山荘美術館

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 8月22日は久しぶりに妻と二人で出かけ、アサヒビール大山崎山荘美術館に行きました。妻の母親が亡くなって4か月が過ぎましたが、その間、わたしは箕面のチャリティコンサートの準備に追われ、妻はのっぴきならない事情で近所のお家を40万円でゆずりうけ、リサイクルショップと週に一度の昼ご飯やさんやくつろぎスペースやちょっとした会議や文庫など、地域に開放できるようなフリースペース「SE-NO(せーの)」(仮)を開く準備をするのと自治会の用事で超忙しくしていました。
 そんなことでお店の準備で身動きが取れずにいて、せめて日帰りで出かけようと相談していたところ、「サムフランシスの色彩」展が大山崎美術館で開かれていると知り、お互いに高校時代に慣れ親しんだ作家だったことから、ようやく重い腰を上げ、出かけることになったのでした。
 妻はここ数年、長い間の無理がたたり、関節炎というのか、両膝がいたくてまともに歩けない状態になっています。医者嫌いの彼女にしては珍しく、近所のお医者さんで週に2回リハビリに通うようになって少しは楽になっているようなんですが、長い距離歩くのができず、杖かカートの助けを借りて外出しています。そんなわけでカートをささえにしてゆっくりと、大山崎に向かいました。
アサヒビール大山崎山荘美術館は12年ほど前に行ったことがあります。
 とても雰囲気のある建物で、居心地がよかったことを覚えていたのですが、今回特に驚いたのは、なんでも2010年に改修したようで建物の中がすべてバリアフリーだったことです。もともとは山荘で段差がたくさんあってふつうなのに、建物の中は完璧なバリアフリーで、それがこの歴史的建物にすっかり溶け込んでいて、いろいろなひとを迎え入れたいとするこの小さな美術館の姿勢があらわれていて、とても気持ちよい空間でした。
 サヒビール大山崎山荘美術館は、関西の実業家・故加賀正太郎氏が大正から昭和初期にかけ建設した「大山崎山荘」を創建当時の姿に修復し、安藤忠雄氏設計の新棟「地中の宝石箱」などを加え、1996年4月に開館しました。
 太郎氏の没後、加賀家の手を離れた大山崎山荘は、平成のはじめには傷みが激しく荒廃寸前となっていました。さらに周辺が開発の波にさらされるなかで、貴重な建築物と周囲の自然の保護保存を求める声が多くあがりました。
 加賀氏は、ニッカウヰスキーの設立にも参画し、アサヒビールの初代社長であった故山本爲三郎と同じ財界人として深い親交がありました。京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社は、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として再生したのでした。
 小さな美術館の特徴を活かしたユニークな企画をされていて、「サム・フランシスの色彩」展も、アサヒビール社のコレクションからアメリカの抽象画家サム・フランシスの作品を10点ほどですが初めて公開するほか、素材の微妙な調合により釉薬を生みだした河井寬次郎と濱田庄司のやきものや、筆触分割による色彩の組みあわせで光と影を捉えようとした印象派以後の絵画など、色彩にまつわる多彩な作品を展示していました。
 私と妻が出会ったのは高校生の時で、学校はちがったのですがどちらも美術部員で、今でいう合コンでした。場所は大阪中之島にあった「グタイピナコテカ」でした。グタイピナコテカは関西で活動していた具体美術協会の創設者・吉原治良所有の明治時代の土蔵を改修した展示施設で、現代美術を紹介する場としても注目されていました。
 ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、イサム・ノグチ、ジョン・ケージなどもしばしば訪問し、活発な交流が行われていた施設で、わたしたちのあこがれの場でもありました。サム・フランシスの作品も、おそらくここで見たのが最初だったと思います。
 わたしは絵を描かない美術部員で、ポップアートやネオダダ、そしてシュールレアリスムにかぶれた軽薄な高校生でした。わたしにとってその時代は音楽や演劇よりも美術の時代でした。たしかにビートルズがあらわれたりと、ロックの方がすでに世界の若者の心をつかんでいたのでしょうが、歌謡曲派のわたしにはロックはまだ敷居が高く、むしろ美術手帳をバイブルに、現代美術の冒険に心を奪われていたのでした。
 そんなわたしの青春の1ページに、サム・フランシスも存在していました。
 今回、少し勘違いをしていて大きな美術館の展覧会のようにもっと作品がたくさんあると思っていましたが、この美術館が所有している8点ほどの作品が展示されていただけなのですが、がっかりするどころか、はじめてこのひとの作品と出会ったように感じました。
 壁一面の大きさのキャンバスにアクリル絵の具による鮮やかな色彩は、世界中の色という色をかきあつめたようでもあり、また日常ではさまざまな色がグレーがかっているというか、生々しさを形・フォルムが隠しているのですが、その形や器から解放され、本来の質感と肉感が直接わたしの前に立ち現れるようなのです。
 そして、日本びいきの彼らしく、飛沫やにじみをいかす余白であったはずの「あざやかな白」が色彩として自己主張する様は、すでに半世紀をすぎても色あせることがありません。
 高校生の時に心ときめかせ、ただがむしゃらに作品の前を通り過ぎてしまったサムフランシスの「初めに色彩ありき」の世界観を、半世紀を経てほんの少し感じ取ることができました。
 「サム・フランシスの色彩」展は9月2日で終了し、9月15日から12月2日までは「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展という、またユニークな展覧会があります。
 建物自体を味わうだけでも素敵なところですが、9月3日から14日までは休館になるようです。

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2018.07.02 Mon 「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会・憲法カフェのせ

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 6月30日は「憲法カフェ・のせ」&「能勢から未来を考える会」主催の「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会に31人の方々の参加をいただき、資料が足りなくなりそうでした。この上映会は今年の4月に種子法が国民的議論のないまま廃止され、これからの農業の在り方や地域の「共有財産」としてのタネがグローバル企業に独占されることの問題点をみんなで考えようと開かれたものです。
 わたしは能勢に移り住んで7年になりますが農業のことはわからず、知らないことばかりで、農業をされている方の生々しいお話を聞き、とても勉強になりました。
 種子法(主要農作物種子法)とは稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆の優良なタネの生産と供給における国と都道府県の責任を規定したもので、戦中戦後直後の食糧生産の落ち込みによる国民の飢餓が二度と起こらないように取り組まれたものでした。
 この法律の下、各都道府県の気候や土壌にあった原種を生産、管理し、農家に提供することで安定した供給を可能にしてきましたが、国は規制改革の名のもとで種子法を廃止し、種を公共性の食料供給物資から経済戦略物資にしてしまったのでした。
 映画はラテンアメリカで農民が守ってきた種を多国籍企業が奪い、国家や世界銀行などの国際機関を利用し、国際条約をつくらせて遺伝子組み換えと農薬と化学肥料による農業をすすめ、すでに世界の種の7割が遺伝子組み換え企業が独占する状況にあると報告しています。
 戦後の食糧難から行政が種子を公共の財産として開発し管理してきた日本と、ラテンアメリカの現状とは一見ちがうように見えますが、種子法の廃止は規制緩和の名の下で遺伝子組み換え、農薬、化学肥料をセットにした私的企業による種子独占に道を開くものなのだと学びました。
 「種子-みんなのもの?それとも企業の所有物?」上映会から学ぶことのひとつに、グローバル企業による種子の独占にとどまらず、世界の資本の収奪対象がいよいよわたしたち人間の健康・保健・医療・福祉におよぶ資本主義の終焉に向かって進んでいるのだと思いました。
 資本主義も社会主義も、かつてあった「共有財産」を私的財産か公的財産へと収奪してきました。映画で報告されたラテンアメリカの農民のたたかいは人類の共有財産を守り、取り戻すたたかいなのだと思います。そして、終焉を迎えようとしているからこそ暴走するグローバル資本に立ち向かうのは彼女彼らだけでなく世界中にいるのだということを、そしてわたしたちもまたその一員であることを強く感じました。

『種子 みんなのもの? それとも企業の所有物?』予告編

タネは誰のもの? 「種子法」廃止で、日本の食はどう変わるのか

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2018.01.19 Fri アベノミクスは副作用のつよいカンフル注射。

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 若い人たちの間では、自民党は革新政党で野党は保守政党と思われているようです。
 自民党の宣伝がよく行き渡っていて、憲法をはじめ簡単に変えてはいけないはずのものを改革という名で積極的に変えるのは自民党で、既成の枠組みを後生大事に守り、変革しないのは保守ということらしいです。
 最近の自民党は安倍晋三氏による一強体制で自浄作用が働かなくなり、森友学園や加計学園問題もなんのその、圧倒的な数によってどんなことでも通してしまう暴走が、若い人たちの間では勇敢に政治を進めていると映るようです。
 大規模な金融緩和、拡張的な財政政策、民間投資を呼び起こす成長戦略という3本の矢で長期のデフレを脱却し、2パーセントの物価上昇と名目経済成長率3%を目指すアベノミクスが安倍政権の人気を支えていると言われています。たしかに前代未聞の大規模な金融緩和による円安効果と日銀の国債買いで、2008年のリーマンショック前を越える株価の上昇や企業業績が絶好調であることは事実です。
 しかしながら、これらは日本の政策が無関係とは思いませんが、新しい産業革命ともいわれる世界的な景気拡大によるものであることもまた事実です。そして景気拡大と株価上昇の恩恵を得ているのはグローバルな市場でしのぎを削る企業と日本の株式市場を動かしている海外投資家で、日本の国内で景気を実感できない人もたくさんいるのではないでしょうか。

 景気拡大と企業業績の好調の足元で、国税庁が昨年の9月28日に発表した2016年の民間給与実態調査よると、雇用形態による給与格差が4年連続で拡大していることが分かりました。
2012年の結果では、正規雇用者の一人当たりの平均年収が468万円、非正規雇用者が168万円と、その差は300万円でした。
 しかし、翌2013年には両者の差は305万円、14年には308万円と徐々に開いていき、今回発表された2016年は正規雇用の年収が487万円、非正規雇用が172万円と、安倍政権が発足した2012年より15万円ほど差が大きくなりました。
正規雇用者の平均年収は4年で19万円増えたにも関わらず、非正規雇用者は4万円しか上がっていません。非正規雇用者は昇給の幅が小さく、最近では人手不足による賃金引き上げを行う企業も多いが、こうした恩恵もあまり受けられていないのかもしれません。
 また、雇用形態と男女別に年収を見ると、最も年収が高い男性正規雇用(540万円)と最も年収が低い女性非正規雇用(148万円)とでは392万円の差が生まれていました。業種別の平均給与額では、「電気・ガス・熱供給・水道業」の769万円が最も多く、次いで「金融業・保険業」の626万円、最も少ないのは「宿泊業・飲食サービス業」の234万円でした。
 政府は現在の景気状況は「いざなぎ景気を超えた可能性が高い」と発表しましたが、雇用形態や業種別の給与格差は是正されるどころか、拡大していると言わざるを得ません。
 また、トヨタ自動車やホンダなど大手自動車メーカーが、期間従業員が期限を区切らない契約に切り替わるのを避けるよう、雇用ルールを変更していたと報じられました。
 2013年に施行された改正労働契約法で、期間従業員ら非正社員が同じ会社で通算5年を超えて働いた場合、本人が希望すれば無期に転換できる「5年ルール」が導入されましたが、企業側の要望を受け「抜け道」も用意され、契約終了後から再雇用までの「空白期間」が6カ月以上あるとそれ以前の契約期間はリセットされ、通算されません、
 改正労働契約法は2008年のリーマン・ショック後、大量の雇い止めが社会問題化したことから、長く働く労働者を無期雇用にするよう会社に促し、契約期間が終われば雇い止めされる可能性がある不安定な非正社員を減らすことが本来の目的でしたが、自動車メーカーをはじめとするグローバル企業は都合のいい労働者を確保するためにこの抜け道を利用したのです。
 一方、何十年に一度ともいわれる好景気の中で昨年の企業の倒産件数は微減で、なおかつ大都市圏では増加しています。負債総額は戦後最大の倒産になったタカタを除けば、中小企業の小口倒産が多く、特に飲食業の倒産が目立ちます。
 いままでの一般的な倒産の理由は販売不振や放漫経営による資金繰りの悪化などと別に、人出不足による倒産が増えています。景気が良くて忙しいのに給料が安くて労働者が辞めていき仕事をこなせないなど、経営基盤が弱くて人件費を上げられない零細・小規模倒産や自主廃業などが増えているといいます。
 安倍政権は景気拡大の果実がたまり続ける企業の内部留保から教育無償化のお金とともに、3パーセントの賃金アップを求めていますが、企業は応じるとしても正規雇用者にしか適用せず、4割となった非正規雇用者には自動車メーカーのように5年ルールの逃げ道を利用したり、場合によっては雇い止めという冷淡な行動に出ることすら考えられます。
 実際のところ、非正規雇用の年収が172万円で、正規雇用者と315万円の格差があり、非正規雇用の割合が多い女性の場合は148万円とさらに格差が広がっていることにがくぜんとします。この政権は「いつかあなたにも恩恵が来る」と言いながら働く国民を企業の想いのままにさせています。
 新自由主義の下で「企業は株主のもの」となり、グローバル市場を勝ち抜くためには労働者はいつでも雇い止めにできるようになりました。「企業は人なり」という言葉が遠い昔になってしまい、人件費は当たり前のように経営コストでしかないのです。
 ある意味、日本には国民国家の中の資本主義はすでになく、グローバルな資本主義の労働市場のひとつでしかないのでしょう。
 しかしながら、そんな流ればかりではない、一筋の光明もあります。それは、この人手不足の中で5年ルールを遂行し、正社員にしようとする動きもあるからです。それらの動きは、たしかに正社員にすることで人手を確保するという意味もありますが、それだけでなく、資本主義社会の企業においても「企業は人なり」、「企業は従業員のものでもある」という考え方が大小問わず経営者の中にも株主の中にもふたたび生まれてきているのだと思います。そうしなければ、品質偽装などで揺るぎ始めた日本の企業のクオリティーが危いこともまた事実だからです。
 そして、もう少し遠い視線で未来をみれば、成長神話から抜け出せずかなりきついカンフル注射を打ち続けるアベノミクスの副作用が雇用格差をさらに大きくする一方、どこかで膨らみきった風船が破裂する時が近づいていると思うのはわたしだけではないでしょう。
 当面、東京オリンピックの後にやってくるかもしれない経済の停滞が、これからの未来の普通になるのではないでしょうか。その時、「企業は人なり」とする企業にとって、人件費はコストではなく、経営の成果のひとつになることでしょう。
 それは、豊能障害者労働センターが1982年の設立以来、障害者の所得をつくりだすことで学んだ経営理念で、周回遅れだったその理念がいつの間にか世界のマネージメントの先端になっていると、わたしは信じています。
 わたし自身、豊能障害者労働センターのおかげで経済的には貧乏にはなりましたが、心は豊かになりました。アントニオ・ネグリではありませんが、貧困のネットワークこそ世界を変革するエネルギーになるのだと思います。

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2018.01.04 Thu 今年もよろしくお願いします。

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 昨年の7月で70歳になり、自分の人生に区切りをつけないといけない年齢になったことを実感する新年です。
2011年から始めたブログは、当初は「恋する経済」というタイトルにふさわしく、豊能障害者労働センターの活動を中心に、「助け合いの経済」が現実の一般経済とどう折り合いをつけ、実効力を持てるのかを考えるブログとして出発しました。
しかしながらその年の5月に島津亜矢さんの記事を書いて以来、多くの読者の方々に支えられて250本を超える記事を書くことになりました。
 わたしの思いとしては、島津亜矢さんが大きな事務所に属さず、コンサート活動を中心に自ら「市場」を広げる、つまりファンを獲得する「顔の見える音楽」活動をされていることへの尊敬の念があります。
 わたしが何十年来願っている「顔の見える経済」もまた、障害者を中心に、自ら「助け合いの市場」を作りだすことで障害者の雇用と所得を補償する活動で、ジャンルはちがいますが、島津亜矢さんの音楽的冒険に強いシンパシーを感じています。
 これからも一ファンとして、わたしなりの独断と偏見を申し訳なく思いますがお許しいただき、島津亜矢さんの音楽活動を追いかけようと思っています。
 地域では今年3回目となる「ピースマーケット・のせ」の開催日が5月20日となり、実行委員会が活動をはじめています。地域性にこだわり、日常生活の中から憲法や平和への願いを語り、歌い、分かち合い、息苦しい世相の中で行方不明になりそうな民主主義を手繰り寄せ、次世代に届ける新年にしたいと思います。
 そして7月11日、箕面の友人たちとクラシックのチャリティー・コンサートを企画しています。この催しは、東日本大震災による福島県の原発事故による放射能の不安を抱えながら暮らす障害児とその家族を一時的に関西に迎え入れ、心身の疲れを癒してもらう保養プロジェクト「ゆっくりすっぺ in 関西」の活動を支援するために開きます。
 箕面市出身のヴィオラ奏者で、ドイツをはじめとするヨーロッパの第一線で活躍されている吉田馨さんが演奏仲間に声をかけ、毎年石巻市でチャリティー・コンサートを開催される前夜祭として、箕面でのコンサートが実現しました。
 このコーサートの収益を「ゆっくりすっぺ in 関西」に届けるだけでなく、コンサートを通じて原発事故により子どもたちが、とりわけ障害を持つ子どもたちが心を固くして暮らしている現実を多くのひとびとにお伝えし、一日でも早く子どもたちの明日が夢見る希望に満ち溢れるように「ゆっくりすっぺ in 関西」を支援し、共に未来を耕したいと思います。

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