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2016.11.21 Mon  「忘れないと生きていけねえ、忘れたくねえ、忘れらんねえ」 山田太一作・ドラマ「五年目のひとり」

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 11月19日、テレビ朝日で放送された山田太一ドラマスペシャル「五年目のひとり」を観ました。
 1970年代の「それぞれの秋」、「男たちの旅路」、「岸辺のアルバム」、1980年代の「早春スケッチブック」、「ふぞろいの林檎たち」と、時代の空気に敏感でありながら、時代に流されない不器用なひとびとを描く山田太一のドラマは、当時のわたしにとってバイブルに似たものでした。政治的な活動には参加しなかったものの、70年安保以後の高度経済成長のスピードにしがみつき、心の奥に取り返しのつかない忘れものをしたような鬱屈した感情を隠していたわたしは、山田太一のドラマによって勇気づけられていたのでした。
 とりわけ、連続ドラマ「男たちの旅路」の中で障害者の問題を題材にした「車輪の一歩」では、他人に迷惑をかけるなという社会の常識が障害者自身を縛っている、迷惑をかけたらいいじゃないか、いや迷惑をかけることが障害者の権利であり義務だと言い放つ主人公の鶴田浩二のセリフが反響を呼びました。また「人間はやってきたことで評価されてはいけないかね」と老人たちが異議申し立て、バス・ジャックを起こす「シルバーシート」では鶴田浩二が演じる主人公に「あんたはまだ若い、十年たったらわかる」と言って説得に応じない笠智衆など老人たちの強烈なメッセージは衝撃でした。
 その縁もあって、わたしが豊能障害者労働センターに在職していた1992年と2001年の2回にわたり、箕面で講演をしていただいたこともありました。

 1995年の阪神淡路大震災、オウム真理教事件、アメリカ同時多発テロ、東日本大震災とつづいた一大事件を一連の切迫した警鐘ととらえ、世界とわたしたちの未来の在り方を模索するひとびとがさまざまな分野からメッセージを送っている今、山田太一もまたその中の一人だとわたしは思います。
若い頃に山田太一のドラマから自分の生き方を学んできたわたしは、山田太一がテレビドラマの可能性にやや絶望していた時期を越え、東日本大震災以後、本数は少ないものの今だからこそより切実に再生の祈りを詰め込む彼のテレビドラマを待ち望んできました。
 災害が起きるたびに「絆」とか優しさが日本国中にあふれ、救援活動を通じた美談が氾濫することや、反対に「被災したものの気持ちなどわかってたまるか」という強烈なメッセージも行き交う中で確実に時は過ぎ、また新しい災害や事件にひとびとの関心が移り行く…。山田太一はそれを追い続けるドキュメンタリーが事実を追い、検証することで、ある意味一方的なメッセージを提示するのに対して、ドラマでならさまざまな対立するメッセージを登場人物に語らせることで真実を視聴者と共有し、そこから切実に再生へともがくひとびとと寄り添えるのではないかと思ったのではないでしょうか。
 彼がはじめて震災を取り上げたのは2012年のNHKドラマ「キルトの家」だったと思います。このドラマは都会の「団地」に取り残された孤独な老人たちがひとつの家に集いコミュニティの再生を願う集まりに、被災地から安住の地を求め「団地」に逃れてきた若夫婦が出会い、不安に揺れながら幸せを求める道を探し出すといった内容でした。震災から一年半がすぎた頃で、東北の被災地から避難してきたひとたちが、それを隠さなければならない風潮があったことを物語っています。ドラマの後半になって二人がぽつりぽつりと震災の体験を語り始め、それを受け止める老人たちとの交流から被災地の再生が被災地だけのものではなく、老人たちの自立と再生への想いとつながっていきます。
 2014年の「時は立ち止まらない」は今回と同じテレビ朝日の放送で、このドラマでは、震災によって息子と娘が結婚するはずだった二つの家族の内、息子と祖母を亡くし家もなくした家族と、被害がなかった高台に住む家族との間の葛藤を描いたドラマでした。被災地の中で被害を免れたひとびとの後ろめたさと、被災したひとびとを助けたいと思う気持ちと、自分たちが悪くもないのに助けてもらうことへの屈辱と無念がぶつかり合います。同じ被災地に居ながら運よく被害を免れたひとびとの心にも、後ろめたさだけではない大災害の爪痕が広く深く残って行くことを痛烈に描いたドラマでした。

 そして今回のドラマ「五年目のひとり」は、東日本大震災の5年後、癒えぬ心を抱く孤独な中年男と多感な少女との不思議な出会いがもたらす再生の物語です。
 孤独な中年男・木崎秀次に渡辺謙、亜美の両親に柳葉敏郎と板谷由夏、パン屋の主人に高橋克実、その妻に木村多江、そして木崎を東京に呼び寄せ見守る花宮京子に市原悦子と、そうそうたるベテラン役者に交じって多感な少女・松永亜美を演じた蒔田彩珠、亜美の兄を演じた西畑大吾の若い二人が好演しています。

 文化祭からの帰り道、中学生の亜美は見知らぬ中年男(渡辺謙)に、歩道橋で呼び止められます。文化祭で男はダンスのステージに立った亜美を見たといい、「キレイだった。いちばんだった」と言葉を贈り、立ち去ります。
 亜美は思いがけない褒め言葉に有頂天になりますが、母・晶江がその話を聞き自宅に心配のあまり、警察を呼ぶ騒ぎにまでなってしまいます。
 数日後、街で男を亜美は偶然見かけ、小さなパン屋で彼が働いていることを知ります。その男木崎秀次は知人の誘いを受けて故郷からこの町に移住し、ある事情で無給で働いていたのでした。木崎のことを母が疑うほど、悪い人間には思えない亜美は次第に秀次と会話を重ねるうち、打ち解けていきます。
 そんなある日、パン屋の主人から亜美は本当の秀次の身の上を聞く。実は、東日本大震災の津波で秀次は家族をいちどに8人も失ったという、あまりに壮絶な過去を秘めていたのでした。福島で獣医をしていた木崎は震災当初、牛の処分など過酷な仕事をしていて、最愛の家族の死と向き合わないまま3年がたち、自分の心がこわれかけていることに気づき、自ら病院に入院治療し、退院後同郷の京子(市原悦子)の勧めで東京に出てきたのでした。
 亜美は木崎が声をかけてきたのは、木崎がなくした娘に似ているからだと思います。そして、わたしは亜美で木崎の娘ではないといいます。しかしながら木崎はそのことをわかっていても、どうしても亜美を娘とも感じていて、娘や妻、息子を亡くした現実から目を背け、自分の心がまだ癒されていないことを知るのでした。
 まわりからも自分からももう亜美には会ってはいけないと決めた木崎は、亜美の兄から「妹がもう一度、今度は亜美として会って欲しいと言っている」と伝言されます。
 福島に戻るところから、もう一度再生しようと決め東京を去る日、バス停の道路の向う側から手を振る亜美がこちら側に必死で走ってきた時には、木崎の姿はもうありませんでした。(ドラマなので、ネタバレしています。ごめんなさい。)
 このドラマの最後の最後、この場面まできて急に号泣してしまいました。震災で亡くなった最愛の家族や友人、それでも生き残った者は生き続けなければならないのです。そして、普通ならあり得ない50代の男が14歳の少女との出会いによって人生の深い意味をあらためて知り、勇気を絞って生きなおそうとする姿に涙が止まらなくなったのでした。
 「忘れないと生きていけねえ、忘れたくねえ、忘れらんねえ、忘れないと生きていけねえ、食パンにメロンパンに…」。泣き崩れる木崎に京子はいいます。「泣いて、思いっきり泣いてから福島に帰って…」。

 山田太一は東日本大震災から5年が過ぎ、いまだにその悲しみを引きずっているひとびとに少し引いてしまう世間の風潮があるけれども、まだちゃんと泣いていないひとがきっといるにちがいない、人を失ったつらさというのは他人にあまりいうことではないし、言っても相手が困るだろうというような、そうした深い悲しみ、心の波立ちといった感情の世界を描くことがフィクションのおもしろさだとコメントしています。
 「まだちゃんと泣いていないひとがいる」というコメントから、先日観た映画「永い言い訳」の西川美和監督の言葉を思い出しました。彼女もまた「永い言い訳」という映画を撮ったひとつの理由に、「3・11の大震災を経験した後、大切な人との愛に包まれた別れではなく、後味の悪い別れ方をした人の話を描きたかった」と言います。
 「目の前にいる人が突然いなくなった時の、あの時に一言声をかけてれば、ひと目あっていれば、といった後悔を背負いながら生きていく人たちの人生を描きたかった」と…。
 この映画では、主人公の幸夫が自宅で愛人と情事にふけっている時に、旅行中のバスの事故で妻が死んだというテレビニュースが流れます。妻に謝る機会も許してもらえる機会も永遠に失った幸夫は、罪悪感の落としどころがみつからずにジタバタします。 「最愛の妻を亡くした夫」を演じる事しかできない幸夫もまた、ちゃんと泣くことができないのでした。自分勝手で見栄っ張りのどうしようもない嫌な奴だった幸夫が「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」と気づいたとき、はじめて妻の死を受け入れることができるのでした。喪失と引き替えに生きなおす再生の物語は、今回のドラマとつながっているように思います。
 もちろん、震災による15000人に及ぶ家族や友人や恋人との別れに向き合わなければならなかったひとびとの心の時計が、映画「永い言い訳」の主人公と一緒にはできないのは当然のことです。しかしながら、生き残ってしまったひとりひとりのそれからの長い人生が同じ時を刻むはずはなく、再生の物語が喪失の物語でもあることを、映画「永い言い訳」もドラマ「五年目のひとり」も教えてくれたのではないでしょうか。

ドラマ「五年目のひとり」無料試聴

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2016.10.19 Wed 「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない 映画「永い言い訳」

永い言い訳

 映画「永い言い訳」を観ました。このごろのわたしの映画感想の口癖ですが、痛い映画でした。
 映画「永い言い訳」は「ゆれる」、「ディア・ドクター」、「夢売るふたり」の西川美和監督が、第153回直木賞候補作にもなった自著を自身の監督、脚本により映画化したものです。西川監督は彼女自身のオリジナル脚本で映画をつくり、それをまた小説にもする貴重な映画監督ですが、彼女自身が言っているように、それは時として閉ざされた自分だけの世界を多くのスタッフや俳優によって開かれていくプロセスが映画になっていく感じがして、映画づくりそのもののドキュメンタリー性が魅力的な職人肌の監督だと思います。

 津村啓というペンネームでテレビのバラエティなどでも活躍する人気小説家の衣笠幸夫(本木雅弘)は、ある日、長年連れ添った妻・夏子(深津絵里)が旅先で突然のバス事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。だが夏子とは既に冷え切った関係であった幸夫は、その時不倫相手と密会中。世間に対しても悲劇の主人公を装い、涙を流すことすらできなかった。そんなある日、夏子の親友で同じ事故で亡くなったゆき(堀内敬子)の遺族であるトラック運転手の大宮陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い兄妹の世話を買って出る。なぜそのようなことを口にしたのか、その理由は幸夫自身にもよくわかっていなかったが……。

 皮肉なもので、引退したらシニア料金でどんどん映画を観ようと思っていたのに、そうなってみると大阪の北の果て・能勢に住んでいると梅田に出るだけで無収入の身には交通費がかさばり、結局は前よりも映画を観ることがめっきり少なくなってしまいました。
 そんな事情で、よさそうな映画をどんどん飛ばし、自分の中でこれは絶対に観に行かなくてはと思う映画を厳選すると、「永い言い訳」になってしまいました。
 それにしてもこの監督は女性でありながら男ごころを描くのがとても上手で、それも男のだめさ、いい加減さ、自意識過剰さ…、およそ男の厭らしさを徹底的にえぐる、それも映画は男を直接非難するのではなく、男が自らの身と心を持ちこたえられなくなり、どんどんと自己崩壊していくまで追い詰め、見つめ続ける…、とても残酷な優しさを持った監督だと思います。
 東日本大震災を経験した後、「大切な人との愛に包まれた別れではなく、後味の悪い別れ方をした人の話を書いてみたかった」という西川監督は世間的な道徳観とはまったくちがい、妻がバス事故で死んだとき、愛人との情事にふけっていた幸夫を非難するのではなく決して許しません。彼がうろたえ、じたばたしたり後悔したりしながらそれでも自分を取り繕う姿を、体のすみずみ、心のすみずみまでカメラを回し、決して手を緩めてはくれません。
 妻が死んだというのに涙も出ない、実は関係は冷え切っていたのに、愛する妻を亡くした悲劇の夫の役を演じさせる。愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはないと気づくまで追い詰めていくのです。
 一緒に死んだ高校時代からの親友の夫は真逆で、自分の感情をそのままぶつけ、恥ずかしげもなく大泣きし続けます。今までの幸夫なら、決して友だちになるはずもない男との間に芽生える奇妙な友情。そして、母を亡くした悲しみをここに深くしまい込み、妹の世話をするために中学受験をあきらめようとする兄と、母の死を受け止めることができないのだろうか、わがままで天真爛漫で、それでいて大人の嘘や都合をしっかりと読む妹。トラックの運転手で週に2回は夜勤で帰れない父親。
 幸夫は子どもたちのためにハウスキープをすることになります。子どももつくらず、自分勝手に生きてきたと言える幸夫にとって、それは思いがけない心境でした。他人のために自分ができることをしようと、今まで自分のためにしかなかった時間と身体を使おう、そんな気持ちになったのは、子どもたちのいじらしさだけが理由ではなく、反対にこどもたちが幸夫を受け入れてくれたからでした。実際こんなに性格の悪い幸夫が、なぜか子どもたちには自然に心を開いていくのでした。
 これだけを言えば、パンフレットや予告編にあるような、再生の物語のようですが、わたしは監督が、映画が彼に与えた「永い刑罰」の始まりなのだと思います。
 妻の突然の死が幸夫にもたらした不思議な疑似家族がそれほど長くは続かないこともまたたしかなことで、映画は冷徹にゆっくりとカメラを回します。幸夫が人間らしい心をとりもどしていけばいくほど、妻の気持ちを顧みず妻とともに生きることを捨ててきた事実を突きつけられるのです。
 まさしく「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない」(原作小説)のです。
取り戻せない過ちと取り戻せない人生と、それでも人は生き続けなければならない、生き続ける言い訳はとても永い言い訳なのでしょう。
 主演の本木雅弘は映画の前半の鼻持ちならない自己中心のいやな奴から、映画が進むにつれてどうしようもなくだめな男、いままで目を向けることをしなかった人生のもろもろにつまづき、おろおろおどおど前のめりになりながら、心に押し込めてきた感情を爆発させ、そのことでまた自己嫌悪に陥る孤独な男を好演しています。彼の姿を見て自分と重ね合わせる男は多いことでしょう。わたしもまた、あまりに思い当たるところばかりで、スクリーンから目をそむけたくなることが何度もありました。
 少しだけネタバレになったとしたらお許し願って、西川美和監督が最後にこんな幸夫に救済の手を差し伸べるのか、ぜひ映画館でごらんになってください。

永い言い訳

映画『永い言い訳』公式サイト



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2016.06.22 Wed 日本が誇る舞台女優・藤山直美と阪本順治監督作品・映画「団地」

映画「団地」

 6月19日、シールズの街頭行動に参加するため地下鉄本町駅から会場のうつぼ公園を目指して歩いている途中で、雨のため中止になりました。
 箕面の友人と現地で待ち合わせすることになっていて、彼とは本町駅の構内で合流したのですが、ぽっかりあいた時間を映画でも観ようかということになり、シネ・リーブル梅田で公開中の阪本順治監督の「団地」を見ました。
 阪本順治監督が日本アカデミー賞最優秀監督賞など数々の映画賞を受賞した「顔」の藤山直美と15年ぶりにタッグを組んだ映画です。数年先まで仕事が詰まっている日本を代表する舞台女優・藤山直美のスケジュールが2015年の夏に空きそうだと聞き打診したところ、「阪本さんの映画なら出てもいい」と返事をもらい、一週間で脚本を書き上げたそうです。
 一人息子を交通事故でなくし、三代続いた漢方薬の店を売り払って半年前に団地へ越してきた清治(岸辺一徳)とヒナ子(藤山直美)夫妻。清治は毎日植物図鑑を片手に裏の林に木々やキノコを観察するのが日課。ヒナ子は近所のスーパーでレジ打ちのパートに出かける毎日を送っていた。不器用な彼女のレジの前はいつも列ができ、そのうえお客さんと話し込んでしまい、「どんくさい」といつも怒られています。昭和の面影が濃い団地は空き室が目立ち、住人たちは二人の噂話がもっぱらの楽しみのようになっています。そんな夫婦に親しく話しかけてくれるのが自治会長の行徳正三(石橋蓮司)と妻の君子(大楠道代)。
 ある日、些細なことでいじけ、清治が「ぼくは死んだことにしてくれ」と床下に隠れてしまいます。2か月も床下に隠れている間に、離婚、清治の蒸発、さらには殺人か、などと好き勝手なことを噂される始末。ヒナ子夫妻にまつわる噂はさらに拡大し、警察やマスコミまでをも巻き込む事態へと発展していきます。そのうえ黒いスーツに日傘という奇妙ないでたちで、「こぶさたです」を「五分刈りです」と言い間違えたり、立ち振る舞いがどこかおかしい青年・真城(斉藤工)が大量の漢方薬を注文し、それを夫婦が手作業で作り始めるあたりから、この物語は奇想天外な方向へと展開します。
 この映画は、藤山直美というひとがいなければ成立しないといって過言ではない圧倒的な存在感と、岸辺一徳、石橋蓮司、大楠道代という阪本組のベテラン俳優の言葉としぐさと沈黙と饒舌の限りを尽くした、これぞ日本料理(映画)といえる映画です。
 団地の部屋の徹底的なリアリスムは建具から台所の食器棚、年季の入った流し台とテーブルのすべてにいきわたっています。またエレベーターのない5階建ての団地。空き室がめだつ夕暮れに頼り気にゆれる盆やしたしかいいあかり。それを眺めながら、「団地って噂のコインロッカーやな」とつぶやくヒナ子。
 リアリスムの極致のような設定と人間関係を丁寧に掘り起こし、さまざまな人生が交差する団地を舞台に、ごく平凡な主婦のまったく普通ではない日常をユーモアたっぷりに描くこの映画は、その生真面目な「あるある」のリアリスムゆえに暴走していくプロセスを映像美やシャープな場面展開ではなく、日本の宝といってもいいベテラン俳優の会話だけでわたしたちをとんでもないところへと連れて行ってくれるのでした。
 藤山直美は「奇妙な人を演じているわけではないし、ごく普通の慎ましやかな生活をする初老の主婦」と説明する。「息子を亡くすことは想像を絶することですけど、悲しみ方は年齢によって変わりますよね。物悲しくて、哀れで、それでも生きていく、そういうのが出せたらと思っていました」と語っています。
 喜劇役者にとどまらず、日本を代表する実力派の大女優と高く評価される藤山直美の芝居を実は一本しか見ていないのですが、ほんとうにすごい人だと思います。そして親子は別といいながらも、あの藤山寛美を父に持つ才能を現代に進化させた彼女が演技なのか最初から持っていたのかわかりませんが、大きな「かなしみ」に庶民的なセリフひとつひとつが裏付けされている存在感に圧倒されます。(そういえば子供の頃に見た藤山寛美もまた、リアリスムのセリフにどこかブラックユーモアというか諧謔というか毒気が隠れていました。)
 その上に役者としての努力もまたすさまじいものがあるのでしょう。「顔」の現場でヒロインが号泣するシーンで「吸う息と吐く息、どっちで泣きましょうか」と聞かれて一瞬答えに窮したと阪本順治が証言しています。

 舞台となる団地は昭和の高度経済成長の申し子でしたが、今は老朽化して空き家が目立ち、「団地の子」が差別やさげすみの対象となっている由々しき事態を解消すべくリニューアルされたり壊されたりしています。
 団地自体の誕生は1950年代にさかのぼるようですが、わたしの記憶では団地を何棟も作り、ショッピングセンターや保育所、幼稚園、場所によっては学校までも敷地内につくり、ひとつの町のように建設した日本で最初のニュータウンは大阪北部の千里ニュータウンだったと思います。
 住宅不足の解消のために建設された団地やニュータウンは庶民にとって、ステンレスのシンクのあるキッチンや内風呂、水洗トイレなど、すべてが憧れでした。戦前から引きずっていた家族はニューファミリーに模様替えし、間取りをおしゃれに2DKと言い換える新しい暮らしはそのまま今日よりは明日が確実に豊かになると思い込める経済成長のアイテムとなっていったのでした。
 団地で暮らしたことがないわたしは今でも団地は憧れの対象としてあるのですが、老朽化したこととは別に団地住まいが差別の対象になっていると聞き、耳を疑います。
 いつのまに庶民の憧れの象徴だった団地がゴーストタウン化しただけでなく、蔑みの対象にまでなったのか、そこには半世紀を超えた時のキャンバスに取り残された日本社会の成長神話が行く先をなくしたまま立ち尽くしているようです。
 華々しく誕生し、今では信じられないほどの無数の人々の夢と希望を長方形の空間に閉じ込めてきた団地をよくも悪くもワンダーランドとして育った南河内万歳一座の内藤裕敬の芝居に頻繁に登場する団地の部屋の窓を真っ赤に染める夕日や、若松孝二があの「壁の中の秘め事」で鋭く描いて見せた、小さな部屋の一つ一つに収まり切れない孤独と欲望と絶望に引き裂かれた団地コミュニティのさまざまな事件を飲み込みながら、この巨大なコンクリートの箱舟は昭和の激動の海で座礁したままなのでしょうか。
 ともあれ、この映画の団地は最近よく描かれているような廃墟やモンスターではなく、登場人物の人生とともにやさしく年老いて、わたしが子供だった頃の長屋へと変身しているように思いました。そこには誕生したころのように人々を孤独に陥れる暴力性はなくなり、噂話もどこか滑稽で他者をきずつけるのではなく実は気配りしながら見守りあっている優しいコミュニティーになっています。
 面白おかしく生真面目な登場人物たちが次から次へとわたしたちを笑わせながら、どこかペーソスにあふれたセリフのひとつひとつが映画を見終わった後も心にしみこんでいくこの映画は、もしかするとカンフル剤を打ち続けても経済が成長するわけではなく、 むしろ成長しない豊かさをどのようにたのしめばよいのか思いまどうわたしたち、幸せを求める前に何が幸せなのかわからなくなってしまったわたしたちを「だいじょうぶ」と救済するノアの箱舟なのかもしれません。

映画「団地」

映画「団地」公式サイト





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2015.12.02 Wed 橋口亮輔監督作品「恋人たち」

映画「恋人たち」

 橋口亮輔監督作品・映画「恋人たち」を観ました。
 わたしはこの監督の映画のしつこいまでの人物描写と、ひとりごとなのか心の中のうめき声なのか、映画の中のだれかに語っているのか観客であるこのわたしに語っているのかわからない言葉、そして彼女たち彼らをある時は奈落の底に突き落とし、ある時は生きる力を与える時代背景の映像に焦がれていて、なかなか映画を撮らない、撮れないこの監督の新作映画を待ちつづけている一人です。この社会や時代の底に流れる理不尽な現実の過酷さにあたふたする「かっこ悪い」登場人物の日常を切り取った、いわゆる「重たい」とされてしまうテーマもさることながら、昨今ますます人気漫画や小説を原作にした映画が多い中、自ら脚本から演出までを担い、「望まれる映画」ではなく「撮りたい映画」をつくる橋口亮輔の映画はおよそコマーシャリズムに乗りにくい監督さんだと思います。それゆえに、この監督さんが映画をもっともっとつくることのできる時代をのぞまずにはいられないのです。
 本人もゲイであることをカミングアウトされていますが、彼の映画ではしばしばゲイのひとが登場します。わたしは異性愛者で同性愛者の心情が自分のものとしてはわからないのですが、長編2作目の「渚のシンドバット」を観て、愛の告白が同性愛のカミングアウトを伴うことや、拒絶が同性愛そのものに向けられる悲しさを垣間見ることができました。
 さまざまなセクシャリティを認め合うという理念だけでは決して乗り越えられない、もっと直接的な相克に心も体もさらされてしまうことがどれほどの心の傷みを伴うものなのか、わたし自身もそうですが暴力的で粗野な異性愛者が支配抑圧する社会が気づくことはとても困難なことなのだと、橋口亮介監督の映画を観るたびに気づかされるのです。

 1992年、初の劇場公開映画「二十才の微熱」で衝撃のデビュー、1995年、2作目となる渚のシンドバッドはロッテルダム国際映画祭グランプリ、ダンケルク国際映画祭グランプリ、トリノ・ゲイ&レズビアン映画祭グランプリなど数々の賞に輝き、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞しました。2002年、人とのつながりを求めて子どもを作ろうとする女性とゲイカップルの姿を描いた3作目の「ハッシュ!」は第54回カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、世界69カ国以上の国で公開され、また文化庁優秀映画大賞はじめ数々の賞を受賞しました。2008年、「ハッシュ!」から6年ぶりの新作となった4作目の「ぐるりのこと」は「橋口亮輔の新境地」と各界から絶賛を浴び、報知映画賞最優秀監督賞、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(木村多江)、ブルーリボン賞最優秀新人賞(リリー・フランキー)など数多くの賞を受賞しました。
 そして、本作「恋人たち」は「ぐるりのこと。」以来、7年ぶりとなる長編映画です。

 橋梁点検を仕事にしているアツシは、3年前に最愛の妻を殺された過去を持っています。妻を殺した犯人を極刑にすることだけを生きがいにしてきたアツシですが、親身になってくれる弁護士もなく、次第に社会そのものに恨みをいだくようになります。
 男に心が揺れ動く主婦、瞳子。埼玉県の郊外に暮らす瞳子は、小説を書く事が趣味で皇室ファンの平凡な主婦です。そりが合わない姑、自分に関心をもたない夫との暮らしの中である日、パート先で知り合った野性的な男・藤田に惹かれた瞳子は肉体関係を持つようになります。そして、養鶏場の経営を夢見る藤田の誘いに、瞳子は家を出る決意をします。
 エリート弁護士で同性愛者の四ノ宮は、年下の恋人がいますが、学生時代からの親友・聡を思い続けています。何者かに階段から突き落とされて入院した際、見舞いに来た聡の一家に喜ぶ四ノ宮でしたが、四ノ宮が聡の息子の耳たぶに何気なく触れたことで、二人の間に亀裂が生じていきます。
 幸せを求めながら理不尽で過酷な現実を彷徨い続ける3人の“恋人たち”の人生がかすかに交錯し、やがて深い悲しみに苛まれていきます。
 どんなに絶望的な世界であっても肯定し、ささやかな希望を胸に再び歩き出す滑稽で、哀しくも愛おしい彼らを見つめる橋口監督のまなざしは、どこまでもやさしく、そして、あたたかい。映画「恋人たち」は、明日に未来を感じることすら困難な今を生きるすべての人に贈る、絶望と救済の物語です。
 前作「ぐるりのこと。」は生まれたばかりの子供の死をきっかけにうつ病となった妻と、彼女を全身で受け止めようとする夫が苦しみを乗り越え、決して離れることのない絆を通じてささやかな希望の行方を追う珠玉のラブ・ストーリーです。その背景にはバブル崩壊後、阪神淡路大震災とオウム真理教事件をへて9.11アメリカ同時多発テロに至るまでの約10年の夫婦を取り巻く日常と、法廷画家として日常と地続きにある大きな犯罪を目撃する夫の仕事を通して、大きく変質しゆがんだ日本社会があぶり出されていました。
 今回の映画「恋人たち」では、その背景となる日本社会のゆがみはより複雑に深くなり、もしかするともう取り返しのつかないところへと変質してしまったといわんばかりで、絶望的な日常と明日を生きる意味も持てない登場人物たちの視線の先には、すでに「希望」などないかのようです。
 それはまさしく、2011年の東日本大震災と原発事故がもたらしたものであることはまちがいなく、経済成長プログラムは終焉したにもかかわらず、いまも成長神話を忘れられない日本社会ですが、子どもの貧困率が16%、シングルの母子・父子家庭では60%、毎年3万人のひとが自殺し、非正規雇用が4割を越える数字の大きさ以上に現実はますます速度を速めながらひとびとの家族を、仕事を、暮らしを破壊しつづけています。そして資本主義が最後にたどり着くわたしたちの「身体」への侵略はサプリメントから覚せい剤までその領土を広げ続けています。わたし自身のことを言えば、今はまだ「下流老人」とはいえませんが、その領域にいつ陥ってもいい不安を抱えながら暮らしています。
 
 映画の中で何度もくりかえすアツシの悲惨な言葉は、ある時は年の片隅のアパートの部屋で、ある時は弁護士事務所で、ある時は福祉事務所で語られ続けますが、だれも彼の話を聞こうとしません。彼の話を聞いてしまえば、自分もまたすでにいけにえにされているかも知れないこの社会の理不尽さに気づいてしまうのが怖いからなのです。
 瞳子もまた、日常と化した夫とのセックスよりは多少は性的興奮も快楽も得られたのかも知れない藤田とのセックスにはじまり、金を巻き上げるための嘘とも見える藤田の養鶏場を経営する誘いをきっかけに「死ぬまで変わることのない日常」から這い上がり、「もうひとつの人生」を生きようとしますが、日常の呪縛から自由になるために必要な若さも夢も希望も体力も気力も、おそらく金もないことに気づくしかないのでした。
 橋口監督の映画では必ずといっていいほど女性の登場人物がとても魅力的に描かれるのですが、「ハッシュ!」の時は主人公の義姉がブラジャーをつける後ろ姿の中年の肉付きを出すために、ふんした秋野暢子を太らせた橋口監督でしたが、この映画の瞳子の場合は見事で、どう見ても性的な対象と見られることがないような平凡な女性が、ちょっとしたきっかけでさながらアダルトビデオの熟女女優に変身し、中年太りした腰つきと垂れた乳房が、きれいで若い女性とはちがう扇情的で肉感的でくたびれていて悲しく、とてもいとおしく思いました。
 四ノ宮もまた、優秀な弁護士病からくるのでしょうか、恋人を見下し、相談者を見下すことでしかゲイである自分を保てないでいるようです。そんな彼が学生時代からの友人である聡を思いつづけ、彼と「ともだち」でいるために自分の恋心をかくして生きてきた心情を、切られてしまった携帯を耳に当て、延々と語りつづけるシーンを観ていて、マイノリティに対する日本社会の陰湿な差別がどれだけ彼を痛めつければ気がすむのかと、胸にこみ上げてくるものがあります。
 このようなテーマの映画やドラマ、小説ではしばしば主人公が「目には目を」と、ある時は特定の相手に、またある時は無差別に暴力を行使し、復讐する展開が多いのですが、この3人は最後までそうしなかった…。アツシの場合は何もかも腹立たしく切なく悲しくしくなり、自傷行為を試み、号泣することはあっても、福祉事務所の職員や弁護士に暴力行為に出ることはありませんでしたし、瞳子の場合も夫や姑や藤田や藤田の愛人に対して怒りをもつことすらしなかったし、四ノ宮もまたやさしく人権感覚を持つと自認する聡やその妻を罵倒することもありませんでした。
 理不尽な現実や陰湿な差別に取り囲まれていく彼女たち彼たちが暴発しないのは、実はこの映画そのものが、そして橋口亮輔監督のまなざしが、限りなくやさしいからなのです。
 映画は時には理不尽な現実に切り込み、映画そのものの暴力によって登場人物を救おうとすることもありますが、この映画は反対に登場人物の決してわかられないはずの心情を温かく丁寧に掬いだし、ただやさしく抱きしめることによって救済しようとします。
 とても痛い、どこまでも痛い映画ですが、限りなくやさしい、どこまでもやさしい映画「恋人たち」は、どんなに追い詰められ、希望などまったくない彼女たち彼たちに、それでも映画という「希望」をプレゼントしたのでした。
 アツシが自暴自棄になって仕事を休んだ時、上司で若い時の政治闘争で片腕をなくしている黒田が訪ねるシーンでは、「妻を殺した犯人を殺したい」と叫ぶアツシに、黒田を通じて監督が言います。「殺しちゃだめだよ。殺しちゃうとさ、こうやって話できないじゃん。俺はもっとあんたともっと話したいと思うよ」…。友だちでいることがとてもむずかしい社会に生きているからこそ、黒田の言葉はアツシだけでなく、観ているわたしの心にも届くのでした。
 まさしく、希望は人間のかかる最後の病気であったとしても、ひとは理不尽な現実からささやかでもほこりまみれでもいい、生きる希望を持つことができるのだということをこの映画は教えてくれました。

映画「恋人たち」公式サイト

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2015.06.17 Wed 映画「かあちゃん」と豊能障害者労働センターと島津亜矢

 ここ1週間ほど風邪をひいてしまい、ブログの更新も滞ってしまいました。その間でも島津亜矢の記事を中心に訪問してくださった方々に感謝します。
 普段でも毎日夜遅くまで、また休みの時は朝から韓流ドラマをみたり再放送の2時間ドラマを見て無駄に時間をむさぼっていて、なんとか生活を変えなきゃと思いながらも、今回のように風邪をひいてしまったりするとますます朝から夜までテレビはつけたまま、録画した番組とライブの放送とをごちゃまぜにして見ながら、いつのまにかうとうとしてしまいドラマの成り行きも途中がすっぽりぬけてしまい、登場人物が岸壁などに集まって謎解きをしている、といった感じでその日が終わってしまうのでした。

 昨日もなんとなく番組表を見ていると、市川昆監督の2001年の映画「かあちゃん」を放送していて、15分ほど過ぎていましたが観る事にしました。わたしは市川昆の映画をおそらく2、3本しかみていないと思いますが、この映画は75本目ということでした。
 まず映像がカラーのようでカラーでなく、といって白黒でもない、グレーの背景にうっすらと色がついているという感じがとても印象的でした。物語は江戸時代の長屋が舞台の「善良な、どこまでも善良な」人情小話の落語そのもので、それもたったひとりで演じる落語をわざわざ大人数と大掛かりなセットの映画で表現するために、グレーっぽいカラーの独特の映像にしたのだと思います。
 不景気、失業、相次ぐ暗い事件。現代の世相を思わせる天保末期。老中・水野忠邦の改革の効なく、江戸の庶民の生活は困窮を極めていた。ある貧乏長屋で5人の子供を育てる、おかつ(岸惠子)もその例外ではなかった。そんな生活の中、おかつの家では一家6人が総出で金を貯めこんでいると噂になっていたが、それには理由があった。それは長男の友人の源さんが貧乏ゆえお金を盗んだ罪で3年の刑に服していて、彼が出所した時にまっとうな生活ができるようにとその3年間、源さんのためにお金をためていたのだった。自分たち家族よりも他人を思いやるおかつに、家族みんなが協力を惜しまないのだった。その上おかつは、たまたま入ってきた泥棒さえも一家の一員として受け入れることにする…。
 いまどき、こんなお話がすんなりと受け入れられるはずがないという意見も多いと思いますが、資本と労働の社会になる近代以前の江戸時代では長屋や職域を生活圏とする「助け合い」文化は当たり前のことだったのかも知れません。もちろん、そんな「助け合い」を必要とする武士権力による圧政がその前提にあったことは言うまでもありませんが…。
 近代以前は「貨幣」もまた、資本主義における再生産の重要なツールであることとはちがい、貨幣の本質である「交換」が、もう少し目に見えるというか、古着のように不要になったひとから必要とするひとへとリサイクルしていくための補助エンジンのような役割で、必ずしも貨幣を通さない物々交換や、労働と物との交換、さらに無償の助け合いの背景にある「人情」が貨幣の役割を持っていたのかも知れません。
 落語に出てくる江戸の人情話はよくも悪くも近代が近代になるために捨ててしまった「人情」が時にはお金よりもひとびとの暮らしを成り立たせていたことを物語っているのではないでしょうか。
 ずっと映画を見つづけていて、この底抜けの善人の物語はもしかすると山本周五郎ではないか、と思い、ラストのクレジットを見たらやはり山本周五郎でした。わたしは島津亜矢の座長公演「おしずの恋」を見て、はじめて山本周五郎の短編小説を読んだというぐらい日本の時代小説やミステリー小説を読んでこなかったので、ほとんど映画や芝居の原作としてしか山本周五郎の世界に触れることはありませんでした。
 実際、島津亜矢の「おしずの恋」を見て、芝居のジャンルは別にして日本の大衆演劇の王道と言える人情ものはある意味、複雑さを楽しむような不条理演劇とはまったく正反対に位置しながら、欲望や野心や裏切りなど人間の業に支配される俗社会の拘束から解放された希望や願いや無垢な心が社会を変革するエネルギーになる時もあることを教えてくれます。
 1955年に発表された山本周五郎の「かあちゃん」は、その意味において徹底した「助け合い」を描いた人情小説ですが、すでにブレーキが利かなくなった高度経済成長の疾走列車からは猛スピードで捨てられていかざるを得なかったのでしょう。くしくも彼が亡くなったのはその真っ只中の1967年でした。
 わたしは豊能障害者労働センターと出会うことで、「迷惑をかけないこと」や「人に頼らないで自立する」ことなど、それまで信じていたあたりまえとされる社会のルールが他者との出会いをさまたげ、「自分は何者か」と考え「他者への想像力」を持つことをさまたげる場合もあると知りました。実際、障害者といってもひとそれぞれで、ふりかえれば健全者と言われるわたしもまたひとそれぞれのひとりで、金子みすずの言うように「みんなちがってみんないい」のだと豊能障害者労働センターは教えてくれたのでした。
 そして、わたしもまた高度経済成長のジェットコースターから振り落とされまいと不器用ながら一生懸命生きてきたことはまちがいないと思いながらも、それはやはり自分のことは自分が守るしかないという自己責任に追いかけられる一生懸命だったのだと知りました。豊能障害者労働センターとの出会いはわたしに他人と一緒に何かをつくり、他人と共に生きる喜びを教えてくれました。
 たとえ話としてふさわしくないのですが、10個の箱を能力があると言われるひとがあっさりと作ってしまう孤独よりも、10人の人間があるひとは3つ作り、あるひとは2つ壊し、またあるひとは1つ作るというようにしながら時間をかけて10個の箱をつくりあげる方が、より豊かな品質とより豊かな生産性(ただ単純に生産性が高いということではなく)と、そのプロセスにいろいろなひとの夢や希望が詰め込まれ、さらには多くの雇用が実現する「もうひとつの経済」がたしかに存在することを知ったのでした。(このたとえ話をすると、障害者はゆっくりしかつくれず、壊してしまうのも障害者と思われがちですが、実はまったく違っています。ひとそれぞれで障害者、健全者にかかわらず早くつくってしまう人もゆっくりの人も、こわしてしまう人も、助け合ってつくる方が楽しいということです。) その体験がなければ、わたしもまた山本周五郎の世界を理解できなかったかも知れません。
 わたしは島津亜矢がJポップや海外のポップス、ジャズ、ブルース、R&Bと何を歌ってもそのジャンルのトップシンガーになる才能を持っていることを信じてやみません。
 しかしながら一方で、彼女が歌う演歌には山本周五郎や長谷川伸など、戦後の資本主義が捨ててきた人情を次の時代に届けるすばらしい使命をもっていると思います。
 資本主義の終焉が語られ、路地裏資本主義や銭湯資本主義、里山資本主義という題名の本が本屋さんに並び、「ポスト近代」の行方をさがす試みがつづけられる中、「前近代」と吐き捨てられてきた人情や助け合いが次の時代のパラダイムとして復活する予感を、島津亜矢の演歌から感じるのはわたしだけなのでしょうか。
 わたし自身の好みや心情は別にして、もう多くの歌手が歌わなくなった軍歌「戦友」を歌い、かと思えば「ヨイトマケの唄」を見事に歌い、「瞼の母」や「一本刀土俵入り」など、時代の彼方に押しやられそうになる歌を歌う、いわばアナクロニスム(時代錯誤)の女神として、島津亜矢は来るべき時代が彼女の歌に追いつくまで今日も明日も振袖姿で歌いつづけることでしょう。

 ほんとうはCD「BS日本のうた」に収録されている「哀しみ本線日本海」と「みちのくひとり旅」について書くつもりだったのですが、たまたま映画「かあちゃん」を見たことから山本周五郎と島津亜矢について書いてみました。
 「BS日本のうた」についてはまた次の機会に書きたいと思います。

映画「かあちゃん」

島津亜矢「かあちゃん」

島津亜矢「瞼の母」

島津亜矢「ヨイトマケの唄」

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