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2017.08.13 Sun 今こそ「核抑止力より仲良くし力」・ピースマーケット音頭

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 8月13日、毎日新聞朝刊大阪版に「ピースマーケット音頭」の記事が掲載されました。この記事の取材はイベント終了後にあり、8月の敗戦記念日近辺でということで温めていてくださったものです。以前の朝日新聞とともに資料にさせていただきます。
 来年開催予定になっています「ピースマーケット・のせ2018」でもテーマソングとして大切にします。
 ピースマーケット音頭は「ピースマーケツト・のせ実行委員会」委員長の清洲辰也さんが作詞し、シンガソングライターの加納ひろみさんが作曲、豊能障害者労働センタのTさんが踊りの振付をしてくれました。
 学徒出陣から南方軍参加、捕虜生活を経て帰国、焼け野原の中に立ち、「2度と戦争をしてはいけない」と誓った想いを心の限りに綴った清洲さんの思いを歌にしました。
 朝鮮半島の緊迫した情勢の中、軍事力を持たなければ国を守れないという観念にとりつかれた北朝鮮の止まらない暴走と、強大な軍事力で朝鮮半島を極度に緊張させるアメリカ…。そのただ中で朝鮮半島と日本をはじめ数多くの人々が心を固くし、不安と恐怖の夜を過ごしています。もちろん、わたしたちもその例外ではあり得ません。
 緊迫した状況の中で、「核抑止力より仲良くし力」と、話し合いによる平和の実現を里山能勢から声を限りに叫びたいと思います。

毎日新聞2017年8月13日朝刊
 ピースマーケット音頭 盆踊りで平和願う 豊能・清洲さんCD化、動画も /大阪 

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ピースマーケット音頭

ピースマーケット音頭 from 能勢(動画)
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2017.08.13 Sun 「原発依存か脱原発か」 アベノミクスは成長神話のカンフル注射。

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 2012年1月8日、9日の2日にわたって朝日新聞が特集した「エダノミクス VS マエハラノミクス」は、民主党政権時代に日本社会のビジョンを探しあぐねている様子を報じていました。
 もっとも、2008年のリーマンショック以降、戦後の日本の政治も国際資本主義も濃淡はあるものの一度も疑ったことのない「経済成長」に疑いを持たざるを得ない状況が発生し、世界が立ち往生した時代であり、民主党の経済政策にその責をすべてかぶせるのは酷なように思います。
 くわえて東日本大震災を経てこれまでの「成長神話」がゆらぎはじめ、「成長社会か脱成長社会か」、「原発依存か脱原発か」という議論もありました。
 もちろんわたしは経済に詳しくないのですが、障害者の所得を作り出す活動に参加するうちに、経済成長を前提にした富の分配という社会保障が行き詰まると感じていました。人件費をコストとしかとらえない成長主義においては人件費コストを削減することが成長の条件のひとつとなります。しかしながら人件費をコストではなく事業の成果・財産ととらえると、障害者もふくめて多様なひとびとが多様な働き方ができる方が人件費を削るより豊かな経済と思うようになりました。
 そして、成長のために資源を奪い合い、地球の大切な共有財産を収奪し、人間的にも地域的にも格差を固定し、金融資本が世界中を猛スピードで利潤を貪り食う成長主義を見直し、人間の顔が見える経済へと舵をきるべきではないかと思ったのでした。
民主党政権は残念ながら、東日本大震災以後の日本社会の未来像を描き、国民に提案することができないまま、崩壊しました。
 わたしたちもまた「成長のない社会」がどんな社会なのかその光と影を見据えることができず、この年の12月に政権を奪回した安倍政権の繰り出した「アベノミクス」による見せかけの経済成長というはかない夢に先祖帰りしてしまいました。
 「財政出動」、「金融緩和」、「成長戦略」という「3本の矢」で長期のデフレから脱却し、成長を取り戻す「アベノミクス」はかつてなかった大判振る舞いの金融緩和で大幅な円安と株高をもたらし、わたしたち庶民の実感がないまま景気回復、経済の活況を演出しました。
 しかしながら、大幅な金融緩和はグローバリゼーションの地を行く大企業や金融資本にその効果をもたらしましたが、中小企業や地域経済にはマイナスの効果だともいわれます。2パーセントの物価上昇を目標と言われても、わたしたち庶民はデフレで助かっているのです。失業率の改善も、実態は非正規雇用者と定年延長や再雇用によるところが多く、購買力の源泉である賃金の上昇は芳しくないのが現実です。
 つまるところ、アベノミクスは大企業と金融資本にのみ大きな効果を上げましたが、経済全体からすれば瀕死の病人に強烈なカンフル注射を激しく注入し、その副作用がとても心配な結果となっています。国の借金はとうとう1000兆円をこえました。
 安保法制や共謀罪の成立と改憲への動き、森友学園や加計学園の不正疑惑と、ここ最近の安倍政権の暴走に反して、評価が高いといわれるアベノミクスが実はとても危ない状況にあることを知ると、「成長路線か脱成長か」という議論とともに、「新しい日本社会の行方」について、もう一度考えていかなければならないと思うのです。

2012年1月8日 朝日新聞朝刊1面 エダノミクス VS マエハラノミクス 上の1

2012年1月8日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 上の2

2012年1月9日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 中

2012年1月10日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 下


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2017.08.11 Fri 誰のための経済成長か? 民進党代表選に想う2

下の記事は2012年のまだ民主党政権時代に朝日新聞が特集した記事について、障害者の問題から考えたものです。

再掲載 2012.01.10 Tue 「坂の上の雲」から懸命に坂を下ろう
 1月8日の朝日新聞に興味深い記事が掲載されていました。一面の特集記事「エダノミクス VS.マエハラミクス」で、見出しに「経済成長、見切るか追及か」とあります。レーガノミクスが有名なように、何々ミクスとはいくつかの政策を組み合わせることでマクロ経済政策の目標を実現することと言っていいのでしょうか、その意味でエダノミクスとは枝野幸男の経済政策、マエハラノミクスとは前原誠司の経済政策と言えるでしょう。 やや漫画的にというか図式的ですが、その分興味を引く内容でした。
 経済政策といえば小泉政権の竹中平蔵が中心となって日本型の新自由主義、市場原理主義をすすめたことが思い出されます。「既得権にぶら下がって生き延びている企業は退場してもらっていい、グローバリズムの嵐に耐え、失われた10年を取り戻し、新たな成長を実現するために構造改革が必要だ」と彼らは言いました。
 そして、具体的に彼らがすすめた政策は、派遣労働者市場の規制緩和、郵政民営化など公的部門への民間企業の参加、そして「すべての政策に聖域はない」と社会保障、福祉施策の見直しをすすめました。もっとも、小泉政権の福祉施策はその直前に施行された社会福祉基礎構造改革に基づいてされたのですが、「改革なくして成長なし」とか「国民全員がいたみを分け合わないと日本は再生できない」とか、国民の多くがマインドコントロールされる言葉の魔力で、数多くあった批判を呑み込んでしまったのでした。
 そしていま、特に非正規雇用の労働者の急増や、製造企業の海外移転による国内製造部門の廃止や縮小、規制緩和によって生産性が低いと言われる産業や企業の撤退などによる雇用の悪化や所得格差が社会問題になっています。
 竹中平蔵さんたちは「それらの問題は改革が中途で止まったために起こってしまったのであって、そのままもっと先まで実行していたらグローバルな市場で通用する新たな成長が実現し、その結果雇用市場も社会保障もよくなっていた」と主張されています。
 わたしは小泉政権時、豊能障害者労働センターに在籍していましたが、小泉政権の福祉施策が福祉予算を削減し、福祉を切り捨てると言って反対したわけではありません。
 豊能障害者労働センターの設立時とほぼ同じく誕生したレーガン政権が打ち出した経済政策であるレーガノミクスは、いわゆる「小さな政府」政策で福祉予算の削減し、主に富裕層への減税、規制を緩和し投資を促進するなど、経済活動を自由な市場にゆだねると言う市場原理主義、新自由主義を掲げたものでした。そこでは「機会の平等」といわれるようにスタートを平等にしておけば、それ以後は本人、あるいは企業の自己責任であって「結果の不平等」があってもやむをえないという政策でもありました。
 小泉政権が進めた政策は20年遅れのレーガノミクスのもので、当時すでに新自由主義や市場原理主義の行き詰まりを指摘するひとたちもいました。

 障害者の問題でいえば、わたしは当時も今も「大きな政府」は福祉が充実させ、「小さな政府」が福祉を切り捨てるという議論にどうしてもなじめない気持ちがあります。わたしはそれよりも、そのどちらの主張においても福祉施策の対象となる障害者を「福祉予算を消費するひと」としかとらえていないことに失望します。なぜならどちらの場合も障害者を働く場から排除していることには変わりがなく、富の再分配の量やあり方で対立しているにすぎず、その前提として経済成長が不可欠であるとしている点でも変りがないと思うのです。
 わたしはこのブログで以前、稲葉振一郎と立岩真也の対談本について書いた時に、「機会の平等」と「結果の平等」に加えて「参加の平等」を訴えましたが、本当は平等という言葉は適切ではなく、本来の働く場や暮しの場、それをつつむ社会に障害者も参加したいと思っているだけではなく、障害者の参加がこの社会の未来に必要であると思っています。
 それはこの社会や職場の構成員にさまざまなひとが参加し、知恵を出しあい、助け合うことが必要であるだけでなく、高度経済成長期にあたりまえとされてきた高利潤の産業、輸出を中心に付加価値が高く生産性の高い産業を育て、そうでない産業は滅びるにまかせ、助成金や補助金でまかなうやり方ではだめだということです。グローバル化で生産性を求める企業は海外に出て行き、その富はもう国内には帰ってきません。
それならば、国内にいるわたしたちは取り残されるのではなく、グローバリズムの悪夢からめざめ、成長神話から解放されて、顔の見えるコミニュティが生みだす手ざわりのある市場をつくりだし、お金をゆっくりとまわしていくことができないのでしょうか。
 この市場では生産者と消費者ははっきりと分かれてはいず、食べ物の地産地消はもとより、たとえば障害のあるひともないひとも共に働き共に給料を分け合って暮らしていけるコミュニティがあれば、そんなにたくさんのお金を必要としないかも知れないのです。
 つまり、社会保障の対象となるひとの所得や働く場が確保できれば、経済成長による分配すべき富は減ったとしても、富の再分配としての社会保障費もまた少なくていいのです。
 数字だけ見ていると縮小していくようで活気のない社会のように見えますか、実はより多くのひとたち、障害者もふくめたさまざまな特徴、個性を持った人たちが社会に参加でき、ひととひととが助け合える活気にあふれた社会だと思うのです。

 朝日新聞の特集記事に戻れば、わたしはエダノミクスに依って立つことになります。記事にありますように、経済成長を至上としない経済産業相もめずらしいことですが、彼が司馬遼太郎の「坂の上の雲」になぞらえて、「坂の上の雲にたどり着き、もっと先に雲はないかとこの20年探してきたが、もうなかった」、「大企業中心の輸出型から、医療や農業など内需型へ産業を移す。なにより大切なのは働く場だ。より成熟した社会に向けて懸命に坂を下ろう」と言う時、わたしは決して彼が所属している民主党を支持しているわけではありませんが、原発事故の時に数多くのバッシングを受けたこの政治家がこの考え方をどのようにより理論展開し、実現していくのか、見守りたいと思います。
 そして、このことは政治家がどうするのかではなく、わたしたちがどんな社会を望むのかを問う問題なのだと思います。
 関連で同じ1月8日の内橋克人のインタビュー記事「貧困の多数派 歯止めを」も載せておきます。ずっと前になりますが、わたしが助け合う経済を考えるきっかけをつくってくれたのはこの評論家です。

2012年1月8日 朝日新聞朝刊1面 エダノミクス VS マエハラノミクス 上の1

2012年1月8日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 上の2

2012年1月9日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 中

2012年1月10日 朝日新聞朝刊3面 エダノミクス VS マエハラノミクス 下

2012年1月8日 朝日新聞朝刊4面 内橋克人「貧困の多数派 歯止めを」
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2017.08.10 Thu ふたたびコンクリートから人へ、国民の生活が第一 民進党の代表選に想う

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 民進党の代表選は前原さんと枝野さんの一騎打ちになりました。
 民主党政権の顔だった二人で、新鮮味がないという声も聞かれます。というより、そもそも民進党への期待がほとんどない世情ですから、民進党内でしか通じない力学で代表選が行われるということでしょう。
 2009年から1012年の3年間の民主党政権はその期待が大きかった分だけ失望も大きく、凋落のプロセスの中で紆余曲折を経て民進党となりました。
 民主党政権時代を今では失われた3年といわれ、今の安倍自民党政権が支持されるのは、それに代わる受け皿になれない民進党の不人気が原因ともいわれます。
 わたしは民主党政権がそんなにひどい政権だったと思いません。もし政治にも青春時代があるとしたら、民主党政権はまさしく戦後の日本社会の何度目かの「青春」だったのではないかと思います。
 政権誕生の1年前にリーマンショックがあり、国際社会をけん引してきた新自由主義とグローバリズムへの疑問、そして2011年の東日本大震災と、日本社会をはじめ世界のそれまでのスタンダード・ルールが揺らいだ時でした。
 当初、脱官僚・政治主導、地域主権、新しい公共、コンクリートから人へ、国民の生活が第一、などの大きな夢や理念がありました。鳩山さんはさらにカント哲学に通じる「友愛」という自分自身の理念もそれに付加していました。
 わたしは政治や経済もまた夢を見ると思っていて、民主党の掲げる夢・マニフェストはとても魅力に感じましたが、当然のこととしてそれを実現していくにはわたしたち国民ひとりひとりの支えと忍耐が必要でした。
 無駄な公共投資をなくすための仕分けや、東日本大震災を教訓に「原発に頼らない社会」、「経済成長に頼らない豊かな経済」を目指す施策に理想主義で無策な政府というレッテルも張られました。
 「政治は理想でも夢でもない」と野党になった自民党が「決められない政治」と攻めまくり、結局は新しい社会のありかたを見つけることよりも、「経済を立て直してくれること」を多くの人々が望み、自民党の復権となったのだと思います。
 2012年12月に政権を奪回した自民党・安倍政権は「アベノミクス」というイメージ戦略のもと「財政出動」「金融緩和」「成長戦略」という「3本の矢」で、長期のデフレを脱却し、名目経済成長率3%を目指すとしました。
 公共投資の復活と大幅な金融緩和で株価は倍になり、大企業の資産が大幅に増え、大幅な円安で輸出産業が潤い、世間では景気が一気に良くなった空気が流れました。
 実際は民主党時代の経済はリーマンショック以後緩やかに改善されてきたと思うのですが、なにぶん高度経済成長をもう一度と言わんばかりのカンフル注射のような政策によって無理やりの経済成長をもくろんだアベノミクスは、そのネイミングの良さもあり、数多くの人々の心をつかみました。
 民主党もまた一度政権を取ったサクセスストーリーが忘れられず、当初の理念よりもアベノミクスに対抗するために原発政策や共産党など他の政党との共闘の見直し論議を繰り返し、政権奪取の受け皿になるためには評判の悪い民主党という党名を「民進党」としました。
 わたしは今の民進党にはなんの期待も持てないのですが、それでも今回の代表選の結果、大きな分裂が起こるのではないかと思います。憲法に関してはどちらも改憲論者ですが、原発を認めるのか、そして共産党との共闘をすすめるのか、それに決着をつけ、大きく二つに分かれてしまった方がわかりやすいのではないかと思うのです。
 いまささやかれている政界再編成は、東京都議選を圧勝した小池新党「都民ファースト」の勢いを国政にと「日本ファースト」が設立され、ゆらいできた安倍一強政権の受け皿になろうともくろんでいます。この言い方はあまりよいとは思えませんが、いわゆる保守で二大政党を目指していて、日本維新の会と同じ動きだと思います。いざとなればこの二つが合併することもないとは言えません。
 そうなればますます戦前の翼賛状態になってくるのが心配ですが、民進党がたとえ割れても、細野さんにつづく保守勢力は保守新党へと去っていただき、勢力がガタ落ちになってもかつての夢を語れる民主党にもどってほしいとわたしは思うのです。
 すくなくとも、蓮舫というとっておきの人までも党内部の内紛に巻き込み、戸籍を公開させるという理不尽な人権侵害を平気でしてしまったことを後悔している人たちで新しい民主党を再建してほしいと思います。
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2017.07.30 Sun 障害者と健全者が対等なパートナーになることを阻む福祉・相模原事件から1年。

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 昨年の7月26日未明に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた障害者殺傷事件相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺された事件から1年が過ぎました。
 犯行後も「障害者は死んだほうがいい、安楽死させるべきだ」、「重度の重複障害者は殺すべきだ、いなくなったほうが社会のためになる」と障害者差別発言を繰り返し、実際の犯行に及んだ容疑者の非人道性と残虐性は極まっています。
障害者施設「津久井やまゆり園」は1964年に設置された定員160人の知的障害者の入所施設で、4月末時点で19歳から75歳の人たちが個室に1人か2人が入所し、約40人が60歳以上とみられ、全国の障害者施設と同様に重複障害を含む重度化と高齢化が進んでいました。
 一年たった今も、家族による障害者の生い立ちや職員による施設での暮らしの一端が報道され、「死んでいい命などひとつもない」と、犯行に及んだ加害者への強い憤りが噴出する一方で、家族への配慮を理由に殺害された障害者の実名は公表されず、いのちを奪われたひとりひとりの障害者が生きていたことすら暗闇の中の19という数字でのみ済まされる理不尽さにこそ憤りを感じるのはわたし一人ではないと思います。
 事件後、神奈川県はやまゆり園を建て替える方針を決め、当初は現在とほぼ同じ約150人規模の施設を再建する案を示しました。これに対し、障害者団体などから「社会との隔絶につながる」などと異論が噴出し、県が設置した専門部会では、障害者がグループホームなどを利用して地域で暮らす「地域移行」を進める前提で議論が進み、建て替え後の 施設を現在より小規模化する案が検討されているそうです。
 高度経済成長期に障害者を排除するために収容施設をつくり、障害者を家族からも友人からも働く場からも生活の場からも隔離してきた福祉施策そのものが、「障害者は社会に役に立たない邪魔な存在」として殺害に及んだこの残虐な加害者の背中を押し、犯罪に加担したと指摘する障害者の声が反映され、障害者を地域に返す方向へと進んでいるとすれば、理不尽にうばわれた19のいのちへのこの社会の謝罪とせめてものたむけになるのかもしれません。
 「誰でも生きる権利がある」といいながら一部の障害者を閉じ込めたり、社会の健全者幻想で障害者を拘束するのではなく、彼女たち彼たちが帰るべきところに帰り、「障害者を必要とする社会」へとこの社会が変わらなければ、誰もが平和に暮らせる社会はやってこないのではないでしょうか。
 わたしは1981年の国際障害者をきっかけにはじめて障害者の問題を身近な暮らしの中で考えるようになりました。それまで障害者の様々な問題は本人が障害を持っていることが原因としか思っていなかったわたしは、「障害という際立った個性を持っているというだけで当たり前に学ぶことも当たり前に働くことも当たり前に夢見ることも当たり前に生きることも拒む」社会の方にこそ問題の原因があることを、また「ある社会がその構成員をいくらかでも締め出すような場合、それは弱くてもろい社会である」という言葉に目からうろこでした。
 そして、日本の障害者が長い歴史の暗闇の中でどんな差別と理不尽な仕打ちに耐えながら生き、死んでいったのかということも…。
 国際障害者年をきっかけに、ノーマライゼーションという聞きなれない言葉が少しずつ世の中に浸透し、インクルージョン、バリアフリー、ユニバーサルデザインなど、カタカタ語の氾濫とともに日本の福祉は模様替えをしてきましたが、今回の事件でその底流にあるものがあまり変わっていないことも露呈されました。

 くしくも7月27日、旧衛生保護法のもとで強制的に不妊手術を受けさせられた宮城県の知的障害といわれる女性が手術の記録を県に求めたのに対し、県が26日に、この女性が15歳の時に手術を受けたことなどを記した「優性手術台帳」を開示したとマスコミ各社が報じました。この女性が中学3年の時にくらしていたのが親元なのか施設なのかは記述されていませんでしたが、親族は中学3年で受けさせられていたことを知らなかったと報じています。
 1948年に制定された旧優生保護法のもとで「不良な子孫の出生を防止する」として、同法が廃止される1996年まで男女とも約1万6500人が強制的に不妊手術を受けさせられ、同意を得た上での不妊手術・中絶を含めると約8万4000人が犠牲になったとされます。
 つい20年前まで続けられた女性障害者への不妊手術は、障害者差別と女性差別の極みで、役に立たない障害者を地域社会から隔離し閉じ込めるだけでは飽き足らず、障害者を生まれてきてはいけない存在として抹殺してきた「国家の犯罪」以外の何物でもなく、今回の犯罪の加害者とどこが違うのでしょうか。
 1960年代後半から70年代にかけて障害者の親が子供を殺す事件が相次ぎ、障害者施設が無いゆえの悲劇として同情的に報じられ、減刑嘆願運動の末に無罪や減刑判決が出ました。そして障害者施設の建設による介護者の負担軽減が必要と受け止められました。
 それに対して、脳性麻痺者協会・青い芝の会は、障害者は殺されても当然の存在とみなし、「本来生まれるべきではない人間」、「本来あってはならない存在」とする健全者社会の方にこそ問題があり、そうした健全者社会の差別に対して強烈な異議申し立てをしました。
 その活動は社会から「過激」とされ、マスコミにも取り上げられ、社会問題となりましたが、一方で彼女たち彼たちの活動に勇気を得た若い障害者やその仲間たちが、青い芝の運動をひとつのバイブルとして障害者運動をはじめるきっかけにもなりました。
わたしが参加していた豊能障害者労働センターもその活動の端っこにありました。
 1990年代に、青い芝の会の一員の横田弘さんが大阪に来られて発言された言葉が忘れられません。
1990年代には障害者の運動の成果として自立生活運動が確立しはじめ、障害者自身が経営を担う障害者事業所や作業所も全国に少なからず生まれ、活動を活発化させていた頃でした。
 障害者とその友人の健全者が協働しながら障害者の人権を獲得しようという時代に、青い芝運動の「健全者は敵だ」とか、「愛と正義を否定する」とか、「問題解決の道を選ばない」というのは、時代遅れではないかという質問に対して、「自立生活センターができたとか、障害者の働く拠点ができたとか、障害者の運動が成果を出しているというのは幻想ですよ。この国は昔も今も、いつでもわたしたち障害者を殺す準備をしていることを、決して忘れてはいけません」…。
 わたしが横田さんのお話を聞いたのはその時が最初で最後でした。わたしはこの障害者運動の伝説的存在の横田弘さんの言葉が遺言のように聞こえました。
 相模原事件を知った時、この言葉が真実であることを実感しました。国家自身が手を下さなくとも、国の障害者施策そのものが差別を増殖させ、このように事件がまた起こるのではないかと心配です。
 そして、その心配は障害者だけに向けられるのではなく、この閉塞した時代を生きるわたしたち誰もに向けられるものであることを、安倍一強と言われる今の政治状況が教えてくれているように思うのです。

旧優生保護法 知的障害者に不妊手術 開示記録で裏付け 毎日新聞

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