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2018.11.17 Sat 静かにゆるやかに、新生「六文銭」の新しいプロテストソング

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 11月10日、大阪四ツ橋の近くのライブハウスで、六文銭(ろくもんせん)のライブがありました。六文銭は小室等さん、及川恒平さん、四角佳子さん、こむろゆいさんの4人のグループです。
 六文銭は1968年に小室さんが中心となって結成されたグループで、「雨が空から降れば」や、1971年に第2回世界歌謡祭のグランプリ受賞曲で上條恒彦さんと歌った「出発(たびだち)の歌」などのヒット曲を残して1972年に解散しました。結成から解散までに頻繁にメンバーが入れ替わり、及川恒平さん、四角佳子さんは最後の頃のメンバーでした。
 その後、2000年に小室さん、及川さん、四角さんによる「まるで六文銭のように」として活動を再開、2009年にこむろゆいさんが加わり、「六文銭'09」にグループ名を改めました。そして今年、新しいアルバム「自由」の発表に合わせて、「六文銭」とグループ名をもとに戻しました。
 わたしは昨年亡くなった被災障害者支援「ゆめ風基金」の副代表理事・河野秀忠さんから小室さんを紹介してもらいました。1987年だったと思いますが、当時、豊能障害者労働センターの代表だった河野さんがお願いして、センターの新事務所建設を応援するコンサートのために箕面に来ていただいたのが最初の出会いでした。また最近は牧口一二さんが代表理事を務める被災障害者支援「ゆめ風基金」の呼びかけ人代表を引き受けてくださっていて、わたしはゆめ風基金のイベントスタッフとして親しくさせてもらいました。

 開演時間になり、ゆっくりとステージに立った4人は、いつもと少しちがうように感じました。というか、わたし自身がいままで「ゆめ風基金」のイベントでの小室さんとゆいさんに見慣れ過ぎていたため、4人のライブも何度か見ていたのですがあまり区別ができてなかったのかも知れません。
 しかしながらこの雰囲気、この空気感はそれだけではなく、1972年の解散から46年の時をくぐりぬけ、それぞれの変遷の果てにたどり着いた「六文銭」という、なつかしくも新しい船に乗り込み、「自由」という羅針盤だけをたよりに行き先のない船出をする4人が目の前で静かに微笑んでいるのでした。
 なんともいえないすがすがしさといさぎよさとたおやかな夢を乗せて、いまこのライブハウスからわたしの頭上を越えて航海に出るような、そんな胸騒ぎに襲われました。それはちょうど1980年に小室さんがつくった「長い夢」のようでした。
 ほとんど新しいアルバムからのセットリストでしたが、どの曲にも過去から現在へ、現在から未来へとゆっくりとした時の流れを感じさせ、時代の記憶がよみがえり、やり直せるはずもないのに過去に選んでしまった人生のY字路に何度も引き戻されそうでした。 といって決して過去を懐かしむのではなく、それぞれがたどってきた道をふりかえりながらも、新しい旅へと向かうアナーキーな音楽、ひとにも音楽にもかぶせられる役割をすべて脱ぎ捨てた自由、周りの制約や決まり事によって広くなったり狭くなったりする自由ではなく、無条件に圧倒的に無防備に、何よりも先だって自由であることが4人の関係性を対等にしていて、その間の緩い空気がとても暖かく気持ちよく、わたしたちにも伝染するのでした。
 その心地よさの中で歌われたどの歌も、CDの歌詞だけ読めばとてもせつなく悲しい気持ちになったり憤りの言葉だったりするのに、4人の妙なるハーモニーとギター3本とウクレレという弦楽器だけの演奏と重ねた歌になると、わたしたちを「だいじょうぶ」と励ましてくれているようで、根拠のない静かな勇気がふつふつとわいてくるのでした。
 小室さんはどれだけの時をかけて語り続けてきたのか想像もできないほどの時代の物語を語り、及川さんはあたかも物語の登場人物のように誰かを待ち続け、四角さんは物語の風景の端から端までを瑞々しい歌声で染めていき、ゆいさんはその物語をのぞき込む幼い天使のような無垢の声で愛を歌い、こうして六文銭はおそらく本人たちも楽しくて楽しくて仕方がない時間を音たちと言葉たちと、音にも言葉にもならない願いや想いで埋め尽くしてくれました。
 及川さんは演劇的、詩的、映像的な歌詞と曲でつつましやかな日常を一気に非日常に一変させる力を持ったシンガー・ソングライターにふさわしく、今回のアルバムでも「ぼくは麦を知らない」、「世界はまだ」、「世界が完全に晴れた日」、「GOOD来るように愛してね」、「永遠の歌」などの楽曲を提供しました。わたしは「世界はまだ」と、「GOOD来るように愛してね」がとても好きになりました。
 小室さんはご本人に失礼なのですが、ご自身が作詞されるよりも他人の歌詞を作曲することに特別の才能を持っているひとだと思います。もちろん、ご自身の作詞による名曲もたくさんあり、ゆいさんと四角さんの提案で今回のCDに再録された「長い夢」や、「こん・りん・ざい」、「熱い風」、以前のCDに収録されている「雨のベラルーシ」、「寒い冬」など、ふつふつとわいてくる憤りを心おさえて歌い語るプロテストソングなどに結実しています。
 しかしながら小室さんはそれだけでは満足せず、若い頃から大岡信、吉増剛造、谷川俊太郎などの現代詩を歌にすることに力を入れて来られました。すでに完結して閉じられたそれらの詩を温かい血の通った肉声としてよみがえらせることは、現代詩を言葉の貯蔵庫から引き出し、大衆音楽の路上にあふれさせることでもありました。
 あの時代のフォークソングやプロテストソングが怒りや叫び、悲しみなど自分の心情を吐き出し、直接的な強いメッセージを歌うことにシンパシーを持つものの、歌が歌の世界だけにあるのではなく世の中の、社会の、世界のあらゆる雑多な出来事やささやかな幸せを願う心に共振し、ひとびとの言葉にできないつぶやきや何度ものみ込む怒りや異議申し立てに躊躇する心の揺れなどを表現するメッセージソングもあるのではないかと、小室さんは思ったのではないかと思うのです。
 結果としてその作業は他のジャンルとのコラボレーションの先鞭にもなり、また一部でフォークからロックへと移っていく起爆罪にもなったのではないでしょうか。
 ともあれ、その作業から谷川俊太郎の「いま生きているということ」、中原中也の「サーカス」、中山千夏の「老人と海」など数々の名曲が誕生することになったのですが、今回のCDに収録された黒田三郎の「道」、別役実の「それは遠くの街」、「お葬式」、佐々木幹郎の「てんでばらばら~山羊汁の未練~」はそれらの名曲群に新たに加わった素晴らしい歌だと思います。
 小室さんがあるラジオ番組で、「てんでばらばら~山羊汁の未練~」は六文銭の4人でないと歌えないと言われたそうですが、小室さんの音楽的冒険を実現する現代詩人との新しいコラボレーションは「六文銭」の再出発によって生み出されたのだと感じました。
 その中でも、わたしは「道」を取り上げたいと思います。数年前に大阪で開催された「ゆめ風基金」のイベントで小室さんがこの歌を歌った時の衝撃は忘れられません。

戦い敗れた故国に帰り すべてのものの失われたなかに
いたずらに昔ながらに残っている道に立ち 今さら僕は思う
右に行くのも左に行くのも僕の自由である
黒田三郎・詩(「時代の囚人」より)/小室等・作曲 

 いま、憲法を変え、武力を抑止力にして国を守ろうとする強い力がささやかな日常を脅かす危うい時代をわたしたちは生きています。自衛隊の隊員さんをはじめ、ひとの命を犠牲にして守られる国はどんな国なのでしょう。
がれきだらけになってしまった町に道だけが昔のままに残っている痛ましい風景は、その時代のすべての人が見た敗戦の姿だったと思います。「右に行くのも左に行くのも僕の自由である」。
 国体にも何ものにもしばられることのない無条件の「自由」を2度となくさない誓いは、当時のひとびとの2度と戦争はしないという不戦の誓いとつながっていたはずです。
 戦後すぐに黒田三郎が綴ったこの詩が長い年月の封印をとかれ、小室さんによって歌となってよみがえり、たくさんのひとびとに届けられるメッセージとなったのでした。
 休憩をはさんで2時間ほどのライブはあっという間に終わってしまいましたが、あれから1週間たつ今でも彼女彼たちひとりひとりの声と、柔らかいメッセージはわたしの心を今でも暖かくしてくれます。
 4人が歌で語りで演奏で対話し、押したり引いたりぶつかったりすかしたりと、あきることのないユーモアと長年の音楽術師のたくみさに裏付けされ、ジャズでもないブルースでもない歌謡曲でもない、そしてフォークですらない新生「六文銭」のかぎりない自由な音楽がこれからどんな地平を切り開き、わたしたちを導いてくれるのか、とても楽しみです。

六文銭ニューアルバム「自由」



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2018.11.11 Sun 11月6日のNHK「うたコン」と、7日のTBSの人気番組「UTAGE!」に島津亜矢が出演

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 11月6日のNHK「うたコン」と、7日のTBSの人気番組「UTAGE!」と、島津亜矢が出演する音楽番組が2日連続放映されました。
 6日はフィリピン出身のBeverlyとのコラボでMISIAの「Everything」を熱唱しました。
 Beverlyはアメリカ、フィリピン等の音楽祭で数々の受賞歴を持ち、MISIA、AI、加藤ミリヤなどを手がけたプロデューサーが偶然耳にしたデモテープによって見出され、昨年に日本でのデビューを果たしたばかりですが、ハイトーンボイスを持つ世界レベルの実力派シンガーとして注目されています。
 「うたコン」にはすでに何度か出演していて、ハイトーンボイスと図抜ずばぬけた歌唱力で「うたコン」の視聴者にも強烈な印象を与えました。
 彼女はMISIAの「Everything」をカバーしていて、島津亜矢もまたアルバム「SINGER2」でMISIAの「逢いたくていま」を収録していますので、MISIAのバラードをソロで歌えるわけですが、そこをあえて2人のコラボにしたのはこの番組の編成チームの慧眼あってのことでしょう。というのも、島津亜矢のファンのひとりとしてソロで歌ってほしいという願いをはるかに凌いであまりあるパフォーマンスに、興奮を抑えられなかったからです。
 2人が時には対話し、時には一緒に音楽的冒険を楽しむ様子はその時その場でしか得られない特別の高揚感にあふれていました。Beverlyがやや抑えめの声量で見事なハーモニーをつけるところでは、島津亜矢がその音のやわらかいシャワーを浴びながらシャウトし、Beverlyが蓄えた歌心でハイトーンボイスを爆発させると、島津亜矢はその高音にかぶさるようなやや太めの高音で応え、2人がそれぞれソロで歌うとオリジナルのようなシンプルなロックバラードになるはずのこの歌が、もう少し心がざわざわしたR&Bやソウルのように聴こえてくるのでした。
 広い雪原に建つ教会で、雪は闇にまみれ彼方の光にこぼれおち、誰かを想い、想い続ける…。わたしはドラマの主題歌という役割をおろしたところから、この歌はより切なくより心を高めあう愛の歌として時代の数々の壁をすり抜けてきたのではないかと思います。
 それにしても、島津亜矢の歌は演歌にもポップスにもブラックミュージックの河が流れているように思います。そのことを、もしかすると一緒に歌ったBeverlyが一番感じていたと思えてなりません。彼女もまた素晴らしいボーカリストであることは間違いなく、彼女にしてみれば島津亜矢とのコラボは彼女の歌手人生の中でもまったくのサプライズとして、記憶に残るのではないでしょうか。
 そしてその化学反応を想像して「うたコん」のスタッフがこのコラボを企画演出したとわたしは思っています。「コラボ特集」といいながら、いずれも楽器演奏とダンスで、ボーカリスト2人のコラボがこの一曲だけだったことからも、特別の演出意図があったことがうかがえるのです。早くもその反響からネットではBeverlyの紅白出場の可能性がささやかかれていますが、わたしはむしろ島津亜矢の紅白出場を実現したいNHKスタッフの布石として小さな演歌枠での競合をさけ、ジャンルを越えたボーカリストとしての認知を図ったのかも知れないと我田引水の穿った見方をしています。
 他のコラボでは天童よしみと小松亮太のバンドネオンが特筆ものでした。バンドネオンの一人者で、タンゴの胸をかきむしられそうな切なくも激しくその場の空気を一新させる小松亮太の演奏に駆り立てられ、少しの違和感と緊張感で天童よしみが歌った「乱れ髪」は、いつも十八番の歌唱ではない新鮮な楽曲になりました。こんな天童よしみを聴くと、わたしはまた竹中労が彼女にプレゼントしたデビュー曲の「風が吹く」を思い出します。この歌はその後の天童よしみの演歌歌手としての苦しいあゆみと現在の栄光を俯瞰し、原点を忘れないようにと優しくも厳しく見守った竹中労の心が込められた一曲でしたが、彼はかつて演歌が人生の淵をさまようひとびとの心に深く届いていたルネッサンスを天童よしみに託していたはずです。
 それからずいぶん長い時をへて、ピアソラに代表されるタンゴの名手の小松亮太の演奏によっておかっぱ頭で全日本歌謡選手権に出場していた時の緊張感とみずみずしさがよみがえったようでした。

 翌日の7日のTBSの特別番組「UTAGE!」は、実は10月10日の収録で、9日には「うたコン」の生出演、11日は新潟でのコンサートがあり、過密スケジュールでファンの間でも出演を願う一方で時間的にも体力的にもむりなのではと危ぶまれていました。
 昨年の9月にこの番組で初登場し、ケミストリーの堂珍嘉邦と「美女と野獣」を歌って注目を浴びて以来、この番組の準レギュラーになった感がある中、スケジュールの都合で出演できないとなると、せっかくのブームの流れが途絶えるのではないかとわたしも心配でした。
 彼女もまたこの番組への出演を強く望んでいたはずで、テレビ画面からも目が少しはれぼったく疲れているようではありましたが、水を得た魚のようにとても楽しそうで、なによりも他の出演者も彼女をポップスのボーカリストとして受け入れてくれていて、残念ながら演歌のジャンルではよく似た演出をしてもこんな風に無条件に認めあえることはなかったように思うのです。
 とくに、島袋寛子やBENIなどの実力派のボーカリストが真剣に彼女の歌を聴く姿や、反対に彼女たちの歌唱を一つの音も聴き逃さない島津亜矢の貪欲な好奇心がうかがえて、多くの視聴者と同じく私にもとっても刺激的な番組となりました。振り返ればこの番組は今回で9回目となり、そのうち島津亜矢は最近の4回に出演していて、他の共演者との交流も深まっていると感じます。今回も島袋寛子のSPEED時代の大ヒット曲「White Love」を振り袖姿で歌い、ダンスまだ披露するというある意味とんでもない企画にも挑戦しました。他の共演者もこの番組でならありえない冒険もしてみたくなる、それが「UTAGE!」の最大の魅力なのです。
 今回の放送でも4曲すべてをコラボで歌いましたが、島津亜矢はリードボーカルだけでなく、むしろコーラスやハーモニーなど他の共演者とのコラボになると断トツの歌唱力を発揮できる歌手だと思いました。演歌でのコラボでもいわば楽器で言えばベースのように、後ろで音楽をつくることができる才能を垣間見せていましたが、この番組ではその才能が開花され、彼女の音楽的な冒険の視野がずいぶん広がったと思います。
 個々のコラボのことや、この番組のコンセプトについては次回以降に記事にしたいと思います。

島津亜矢&Beverly(2018年11月6日 NHK「うたコン」
37分55秒くらいから始まります。

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2018.10.23 Tue ピアノ・宮川真由美、タンバリン・田島隆、アコーディオン・佐藤芳明・音楽的野心にあふれた演奏。10月21日「桜の庄兵衛ギャラリー」

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 10月21日、大阪府豊中市の「桜の庄兵衛ギャラリー」で開かれたコンサートに行きました。何度か紹介していますが、「桜の庄兵衛ギャラリー」は江戸時代からつづく旧家で、1995年の阪神淡路大震災で建物の一部が破損し、補修再建にあたり本来客間であったところをギャラリーとして開放し、定期的にコンサートなどのイベントを開かれています。
 わたしはかれこれ3年になるでしょうか、「桜の庄兵衛ギャラリー」で開かれるコンサートをとても楽しみにしています。

 「桜の庄兵衛」での音楽的体験は稀有の体験で、あまり音楽のことを知らないのですが、出演者の名前も知らず初めて聴く演奏なのに心の底のもっとも柔らかい所に深く突き刺さり、心地よい疼きがいつまでも残るのです。
 というのも、クラシックからジャズ、和楽、落語までほんとうに幅広いジャンルのプレイヤーたちが時には異色のコラボをして、「桜の庄兵衛」スタイルと言ったらいいのか、特別な場所で特別な演奏を繰り広げ、わたしたちを特別な音楽的冒険の旅に連れて行ってくれるからなのです。

 「十三夜 雲あそび来るコンサート」と素敵なタイトルがついた今回のコンサートの出演者はlenscontactrio(レンズコンタクトリオ)=超接触三重奏というユニットで、ピアノ・宮川真由美、タンバリン・田島隆、アコーディオン・佐藤芳明による超キレキレかつエモーショナル、超あそび心満載かつ音楽的野心にあふれた演奏に心をさらわれてしまいました。
 開演時間になるとまずピアノの宮川真由美さんがあらわれ、ピアノソロがはじまりました。わたしはここ最近ピアノ演奏を聴くたびに、個々のピアニストが行く先々の会場にずっと前から待っているピアノと、あるひとは格闘し、あるひとはおしゃべりし、あるひとは愛し合いながら、同じピアノからまったくちがう風景を描き、物語を紡ぎだすことに密やかな驚きと感動を覚えるようになりました。
 思えば子どもの頃、わたしが見た初めてのピアノは同級生の女の子のお金持ちの家にあり、とてつもなく巨大で黒光りするピアノが子ども心にとてもエロチックに見えたものでした。大人になってジャズやブルースのライブに行くようになり、子どもの頃にわたしが感じた官能は的外れではなく、ピアノと数多くのピアニストが一夜限りの恋を語り、叩く鍵盤の痛みが妙なるメロディーとリズムをつくりだす、そんな切ない官能がピアノそのものにかくれているのだと思います。
 宮川真由美さんのピアノは最初の静かなソロの演奏も、その後のタンバリンの田島隆さんとアコーディオンの佐藤芳明さんを扇動し、「踊るピアニスト」と称せられるどこまでも行ってしまいそうな躍動感あふれる演奏もからっとした透き通る青空のようで、聴いているわたしたちは彼女の演奏にわくわくし、はれやかな気持ちになりました。
 彼女の演奏を聴きながら、かつて戦前の詩人が詠んだ三行詩を思い出しました。「(覆された宝石)のやうな朝 何人か戸口にて誰かとさゝやく それは神の生誕の日。」(西脇順三郎「天気」)
 ほんとうに彼女の指先からこぼれ落ちる音たちは「(覆された宝石)のやうな朝」さながらに、無数のダイアモンドのようにきらきらしていました。
 2曲目から、まず田島隆さんが登場し、しばらく宮川さんと音楽のおしゃべりを楽しんだ後、佐藤芳明さんも登場したのですが、この二人がとんでもないひとたちでした。
 まずは田島隆さん。ほんとうにびっくりしました。タンバリンといえばカラオケスナックで歌を盛り上げるものという先入観は、かれが一音叩くだけでひっくり返ってしまいました。彼がタンバリンを連続して5本の指、時には10本の指でかき鳴らすと、叩き方ひとつでタンバリンがまるでドラムセットやパーカッションや和太鼓のように無限の音色が奏でられます。田島隆さんは世界中のありとあらゆるタンバリンを演奏する日本で唯一のタンバリン専門の演奏家で、「タンバリン博士」と呼ばれているとのことです。
 そして、もう一人の曲者・佐藤芳明さんのアコーディオンはほんとうに癖になる麻薬のような演奏でした。このひとの場合はやや斜めに構えたスタイルで、ピアノとタンバリンの掛け合いにすっと入り込むと、タンバリンのたたみみかけるようなリズムの隙間に美しくもはかなく、瑞々しくも豊穣なワインのようなメロディーに胸をかきむしられるようでした。
 佐藤芳明さんは既存のアコーディオンのイメージにとらわれない独自のサウンドでソロでもユニットでも積極的にライブ活動をする一方、クラシックからジャズ、Jポップ、演歌に至るまでジャンルを越えて数多くのアーティストをサポート、スタジオミュージシャンとしても活躍されています。
 今回のライブではソロではポール・マッカートニーのBlack birdとアストル・ピアソラの名曲「リベルタンゴ」を独自のアレンジで素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

 彼女彼たち3人それぞれがたしかな音楽的視野と、5重奏と聞き間違うほどの奥行を感じさせる一方で、あそび心にあふれたジャズのアドリブのような(実際にアドリブがあったのかはわたしにはわかりかねましたが)お互いがお互いを高めあい、至高の音楽へと登りつめようとする情熱は、何度か共演していて勝手知ったる間柄とはいえ、ここ、「桜の庄兵衛」ならではのライブだったのかも知れません。
 「ジャンルはジャズ?クラシック・ラテン・世界の様々な民族音楽?地球上の、楽しいリズム、美しい旋律、まばゆいハーモニーをブレンドし、普段は異なったテリトリーで活動する3人が何故か古代から組んでいたかのような融合間で独特の世界をお届けいたします。」と今回の案内チラシの書かれていたのは言い得て妙で、まさしくその期待通りのコンサートでした。
 いつも感心するのですが、「桜の庄兵衛」さんが開くコンサートに呼ぶアーティストにはずれはひとつもありません。こんな素晴らしい音楽を大阪に出ていくことなく、気軽に聴ける機会を用意してくれることに感謝します。

2014/06/16 踊るピアニスト宮川真由美さん@奈良ムジークフェスト

田島 隆(Tambourine) vs 菅沼 孝三(Dr.)

「Cecen Kizi」 NADA ( 吉見征樹(tabla) 鬼怒無月(g) 佐藤芳明(Acc))

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2018.10.19 Fri ピアニストを撃て 渋谷毅、金子マリ、小川美潮「両手に花」ライブ 10月14日・カフェ気遊

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 10月14日、能勢のカフェ気遊で、渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブがありました。「両手に花」というタイトルが付けられたこのライブは2006年からはじまり、不定期らしいのですが、わたしは2015年に同じくカフェ気遊で開かれたライブがはじめてでしたが、大阪の北端・里山能勢でジャズピアニストの渋谷毅と2人の女性ボーカリストによる、実に心地よい豊かな時間を過ごせるとても贅沢なライブでした。
 カフェ気遊は春一番コンサートとのかかわりも深いお店で、フォーク、ロック、ブルースなどなど音楽好きのひとなら関西一円から関東まで知れ渡るお店で、ロッジ風のお店はオーナーのIさんが能勢の自然環境を借景にして作りあげた文化の拠点空間という雰囲気のお店です。社会的な問題や政治的な問題に対しても音楽などの個人の表現を大切にするオーナーのまなざしがうれしいお店ですが、能勢でもわたしの住むところからはまだ山手にあり、バスも極端に少なく、車に乗れないわたしは電動自転車でなんとかたどりつきました。
 お店はすでに満席状態で、60人か70人近くのお客さんがいたように思います。交通の便の悪い中、かなり遠方の人も駆けつけているようで、気遊さんでなければこれだけのお客さんを能勢に呼ぶのはできないと、あらためて思いました。
 わたしは実は音楽のことをほとんど知らなくて、とくに洋楽になるとさっぱりなんですが、音楽や歌が心を動かす瞬間に出会いたくてライブスポットに足を運んだり、テレビなどで最近のはやり歌を聴いたりするのですが、その中でもわたしが信頼する人が勧めてくれる音楽と出会うと、勧めてくれるひとの感じ方や生き方にも触れることになります。
 そんなわけで、気遊のオーナーのIさんに教えてもらった渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブはそれまでに3人を全く知らなかったわけでもないのですが、あらためてじっくりと演奏や歌を聴き、この場所でしかわからなかった音楽の泉と出会うことができた幸運に感謝するばかりです。

 開演時間になり、客席を通って渋谷毅がピアノの前に座ったと思うと、前回の時も驚いたのですが、すぐにピアノをひきはじめました。このひとにとってはそれが自然で当たり前のことなのでしょうが、ほんとうに何の前触れもなく弾き始めるのです。
 その唐突さがたまらなくて、聴く者は日常の地面からふわっと浮遊するような感覚で渋谷毅のピアノで変質したカフェの空間に迷い込むようなのです。この人は若い時からこのようにふらっと現れてピアノの前に座り、それぞれの街のそれぞれのライブスポットのピアノとおしゃべりしては、また別の町のピアノと出会うために旅をしてきたのだなと思います。
 渋谷毅は1939年生まれ、高校時代にジャズに興味を持ち、東京芸術大学在学中よりジョージ川口とビッグ4などでピアニストとして活動、1975年に自身の率いるトリオを結成、その後1986年に従来の典型的なビッグバンド・スタイルから解放された 渋谷毅オーケストラ を結成し、現在も活動の中心とされているようです。
 ジャズピアニストの重鎮とか大御所と言われて当然のキャリアを持ちながら、彼の演奏する音楽にはある種の権威のようなものがまったく感じられず、その時その場のピアノの音がすべてという瑞々しい演奏は聴く者の心のもっとも柔らかいところに届くのでした。
 彼が3曲ほど演奏した後に、小川美潮が登場しました。渋谷毅が一言もしゃべらない分、小川美潮が「両手に花」のライブに関すること、渋谷毅や二部で登場する金子マリのことなど、いろいろしゃべってくれました。
 それを黙って聞いている渋谷毅が見切り発車のようにピアノを弾き始めることもありました。小川美潮はロックバンドのボーカリストでしたが、ソロで聴くと彼女自身の作詞による曲もふくめてポップな楽曲と、天性の透き通ったナチュラルな声とアイドルを思わせる少し言葉たらずで少女のような歌声が聴く人を選ばず、何気ない日常から時空をさまよう絵本の世界へといざなってくれるのでした。
 二部で登場した金子マリとはきっとまるでちがう入り口から音楽へのアプローチをした人なのでしょうが、日常の交友関係はともかく、不思議にそのバックに渋谷毅のピアノがいわば音楽の地平線の役目をしていて、黒光りするピアノの上で二人のボーカリストが出会ったことは奇跡と言ってもいいのかも知れません。「花の子供」、「はじめて」などシュールなオリジナル曲をたくさん持っている彼女が渋谷毅のピアノにウキウキしながら歌う姿はとても魅力的でした。
 さて、二部の金子マリもまた、渋谷毅のピアノによって守られている無邪気な子どものようで、ビリー・ホリデイの「Crazy He Calls Me」などの名曲を癖になる独特のしゃがれ声で熱唱するのですが、ここでも渋谷毅の決して行き過ぎないピアノというか、まるで川のせせらぎのように浮かんでは沈む音の連なりが彼女の歌を静かに抱いているようでした。
 熟成したワインのような悪女の深情けと、小川美潮に通じる少女のような無垢で気恥ずかしい純な心が矛盾なく溶け合った稀有の歌声は渋谷毅のピアノと不思議な対話をしているようで、深い夜の緑につつまれたカフェ気遊の空間を特別なものにしてくれました。
 洋楽もさることながら、彼女のオリジナル曲の「青い空」、「恋はねずみ色」などの日本語の歌を聴くと、本人はそう呼ばれるのをいやかも知れないですが、70年代に日本のジャニスといわれたロックシンガー・金子マリの圧倒的な歌唱力と音楽への底なしの愛がたどってきた長い時間を思い、胸が熱くなりました。
 小川美潮も入って二人のボーカリストが競う合うのではなく、音楽でおしゃべりするようにゆったりと歌い、渋谷毅のピアノが二人をやさしく包み込みました。
 この時歌った「What a wonderful world」…、平和な世界を夢見てつくられたこの歌が海を渡り山を歩き野をかけ川を流れ、北大阪のそのまたてっぺんにある能勢の森に包まれたカフェ・気遊に舞い降りる瞬間に立ち会うことができました。
「だいじょうぶ、世界はこんなに素晴らしいのだから」と。

 それにしても、渋谷毅というひとは西部劇に出てくる酒場のピアニストのようです。
 フランソワ・トリュフォーによって映画にもなった「ピアニストを撃て」さながらに、酒場で貴重な人材のピアニストを喧嘩騒ぎから保護するために「ピアニストを撃たないでください」と貼り紙がしてあったという逸話は、このひとのためにあるのではないかと思いました。

「両手に花」 小川美潮、金子マリ、渋谷毅 「一会庵」 July 12, 2015

小川美潮&渋谷毅「はじめて」

金子マリ - Don't Cry My Baby [60th Birthday Live]

渋谷毅「ダニーボーイ」 at uramado



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2018.10.12 Fri 恋人二人の別れ話に時代の大きな物語を忍ばせた阿久悠の応援歌「また逢う日まで」を歌う島津亜矢

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 10月9日、島津亜矢がNHK総合「うたコン」に出演しました。「この歌詞がすごい!心に残る名曲集」と銘打って、歌謡曲・演歌の名曲を紡いだ作詞家やシンガーソングライターに光を当て、その誕生秘話をまじえながら出演歌手が歌唱するという企画でした。
 島津亜矢は阿久悠作詞の「また逢う日まで」とその元歌「ひとりの悲しみ」を歌いました。「また逢う日まで」が、実は阿久悠が「白い珊瑚礁」で知られるグループサウンズのズー・ニー・ヴーに提供した「ひとりの悲しみ」が元歌で、尾崎紀世彦のために阿久悠が歌詞をがらりと変えて大ヒットになったという有名なエピソードが紹介されました。島津亜矢は高校生の合唱団に囲まれての熱唱でした。
 前宣伝で「島津亜矢が阿久悠代表作メドレー」とあり、島津亜矢が阿久悠の歌を何曲か歌うと思いこんでいたのですが、阿久悠の代表作「また逢う日まで」に元歌があったということに焦点を当て、同じメロディーの2つの歌を歌い分けるというのが番組の意図だったようです。
 演歌・歌謡曲が中心だった「NHK歌謡コンサート」を前身に持つこの番組はJ-POPも取り入れ、90年代以降ばらばらになった感があるさまざまなジャンルの歌手が共演し、新しい音楽シーンの中心となることをめざしています。しかしながら今でも演歌・歌謡曲を望む視聴者には若いひとが中心のJポップにはなじみがなく、この番組の制作チームが望む形になるのにはまだ試行錯誤が続きそうです。
 わたしはと言えば普段音楽を聴くことがなくなり、ジャニーズやAKB48をはじめとするアイドルにも関心がないのですが、年末の紅白歌合戦と同じように若いひとのJポップも聴けるこの番組はそれなりにありがたいと思っています。
 もっとも4月に妻の母親が亡くなってからは、今回のように島津亜矢や「SEKAINO OWARI」、「エレファントカシマシ」など、好きな歌手が出演することがない限りはほとんど見なくなってしまいました。
 この番組についてはいろいろな意見がありますが、島津亜矢のファンとしては今のコンセプトで試行錯誤しながらもねばり強く番組をつづけてほしいと思っています。というのも、島津亜矢にとってはとてもありがたい番組で、彼女の人柄もあるのでしょうが以前なら先輩の演歌歌手に必要以上に気を使わなければならないこともあったと思うのですが、この番組が始まって約2年半が過ぎ、演歌にとらわれない番組の空気が彼女をのびのびさせているように感じるのです。
 どんな歌にも興味を持つ彼女がさまざまな歌を歌い、聴くことでわたしたちが知る由もない音楽的な発見や冒険を経験するとともに、量も質も圧倒的にちがうJポップのつくり手との思わぬ組み合わせによる新しい歌が生まれる可能性を持っているからです。

 高校生の合唱団をバックに島津亜矢が横揺れに縦揺れが混じる感じでノリノリに身体を動かすと、この歌がソウルミュージックのようで、昨年の紅白歌合戦の「ROSE」の時のバックコーラスとのコラボを思い出しました。
 もともとはCMソングの候補曲として作られたものを、1970年に阿久悠が安保闘争や大学紛争で挫折した若者たちの心情を作詞したのが「ひとりの悲しみ」でした。それはちょうど、わたしの1970年でもありました。当時のわたしは高校の建築科を卒業したもののビルの清掃のフリーターとなり、御堂筋や梅田新道の路上で同世代の若者がデモをしている間も掃除の仕事をしながら、心だけは彼女彼らのそばにいたいと思っていました。
 1970年になり、世の中は政治的には今までの騒動が嘘のように静けさを取り戻しました。あれほど一生懸命路上でアジ演説をしていた若者たちはどこにいってしまったのだろう、あれほどジグザグデモを繰り返していた若者たちにどんな帰る家があったのだろう…。
 わたしもまた、何も意思表示できなかった不甲斐なさをかみしめ、掃除道具のモップでビルの床をふき、まだ国鉄だった吹田駅のすぐそばの古いアパートに帰っていきました。隣の部屋からは藤圭子が歌う「圭子の夢は夜ひらく」やいしだあゆみの「あなたならどうする」が聴こえてきました。

あしたが見える今日の終わり
背伸びをしてみても何も見えない
なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
こうしてはじまる
ひとりの悲しみ(「ひとりの悲しみ」)

 わたしはズー・ニー・ヴーの「ひとりの悲しみ」をきちんと聴いていなかったのですが、今回、島津亜矢の歌を聴き、思わず涙が出ました。この歌詞は阿久悠にしては少し観念的な歌詞ですが、1968年から1970年を通り過ぎたひとのだれもがそれぞれちがった思いで同じ道を走りぬけ、またちがった道を歩き始めた時、「ひとりの悲しみ」の意味がどっと迫ってきます。
 「また逢う日まで」については、阿久悠は一度書いた歌を作り変えることにかなり抵抗したそうですが、たっての願いを受けてソロとしては新人の尾崎紀世彦の2枚目のシングル曲としてこの歌を作詞したそうです。
 時代を読み、時代を歌うだけにとどまらず、3分たらずの歌で時代を変えようと野心を持ち続けた阿久悠らしく、別れゆくふたりが戦後の政治と経済と個人の夢と希望がゆるやかに並走していた蜜月の部屋のドアを開けると、外はニューファミリーとマイホームと幸福幻想の風が吹き荒れています。政治の季節から経済の季節へ、みんなの時代からひとりの時代へと、日本全体が高度経済成長へ疾走を始めた時代の空気感が今でもわたしの心を熱く切なくします。
 「また逢う日まで」は、尾崎紀世彦という並外れた歌唱力と声量、そして音楽的な野心に満ち溢れた不世出の歌手を得た阿久悠が、どこにでも誰にでもあるような恋人二人の別れ話に時代の大きな物語を忍ばせた歌だったのだと思います。
 島津亜矢の歌を聴き、あらためてこの二つの歌詞は時代の鏡の表と裏で、厳しい社会を生きる若者たちに贈る阿久悠の応援歌だったのだとはじめて知りました。
 それにしても、島津亜矢は(この番組のテーマである)阿久悠が放ったすごい歌詞を見事に歌い分け、同時にソウルミュージックにまで近づけた才能は恐るべしとしか言いようがありません。バックに高校生のコーラスを共演させたこの番組の制作チームも素晴らしいと思いました。
 わたしはかねてより、島津亜矢の歌にはどんな明るい歌にも時代のかなしみと、その時代を生きたひとびとのかなしみが隠れていると思ってきましたが、彼女の「ひとりの悲しみ」には、あれからとても長い年月が過ぎ、年老いたわたしにも確かにあったせつない青い時をよみがえらせるのでした。

島津亜矢の「また逢う日まで」の映像・音源がありませんので、オリジナルを紹介します。
島津亜矢のブログを読むと、西田敏行の紹介で高橋優とつながりができたらしいのですが、書きそびれましたが高橋優は好きな歌手で、お互いの歌を聴き合えた今回の番組に感謝していたのですが、それよりも前に知り合っていたというのはとてうれしいことです。

尾崎紀世彦「また逢う日まで」

ズー・ニー・ヴー「ひとりの悲しみ」
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