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2018.05.03 Thu 闇夜の中で唐十郎がただひとつ「希望」をくれるとしたら少年少女の純愛。唐組「吸血姫」

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 「愛染病院の皆様方!お久しゅうございます。そして、本日はありがとうございます。よくお出でくださいました。」
 唐組・第61回公演【唐組30周年記念公園第一弾】、「吸血姫」は、高石かつえを演じる銀粉蝶の圧倒的な存在感と華やかさとあざとさにあふれた口上で始まりました。
 毎年この時期にやって来る唐組の芝居を観るのを楽しみにしてきました。わたしは状況劇場の時代の60年代後半の芝居は見逃してしまい、1974年の「唐版 風の又三郎」から毎年見てきましたが、1988年の状況劇場解散後、唐組旗揚げから30年になるのですね。
 状況劇場から唐組へと紅テントの演劇空間は微妙に変わってきましたが、唐十郎の芝居には目の前で繰り広げられる物語の展開の裏側に日本の近・現代史の暗闇が広がり、芝居の中で語られる事件や戦争や災禍がその暗闇の歴史のるつぼで再構成され、テント小屋の密室空間にせり上がってきます。
 テント小屋は母親の胎内のようですが、暖かかくて居心地の良い所ではなく、現在と過去が交錯し、かつてどこにでもあったはずの忘れられた場所、記憶の中にかくれていたもうひとつの町へと引きずり込まれる、なつかしくもおそろしい暗闇でもあります。
 わたしたちの日常で起こる理不尽な出来事や裏切り、新聞の三面記事に仕組まれた悪意が増殖し、現実原則から解放された物語は起こらなかった歴史のらせん階段を昇っては堕ちながら、少年少女の純情な夢を切り裂き、分け入ることで反歴史と呼べるもうひとつの歴史を呼び覚ますのでした。
  「吸血姫」は、1971年に状況劇場によって初演された芝居で、唐組による47年ぶりの再演でした。わたしは2002年に「新宿梁山泊」によって再演された舞台を観ています。その時は唐組の稲荷卓央、鳥山昌克、また状況劇場の怪優・大久保鷹が客演し、近藤結宥花、小檜山洋一など、当時の梁山泊の役者たちとともにこの芝居の奥深い荒野に身をゆだねるような刺激的な芝居だったと記憶しています。
 唐十郎の芝居にはいくつもの物語が同時進行し、それらが交錯しながらやがて一つの物語に収れんし、最後の最後にその物語さえもテントの密室から解放され、夜の闇に消えていくのですが、「吸血姫」の場合も1937年から38年にかけて一世を風靡した小説と映画「愛染かつら」を導入部としています。海の底に沈む「愛染病院」、そこは心の闇を抱えた者と死んだ人間たちが「あっち」というもうひとつの現実を生きつづけていて、献血車を差し向けては現実の街から歴史の生き血を何千年も吸い続けているようなのです。

 江ノ島愛染病院に働く高石かつえ(銀粉蝶)と白衣の天使隊は歌手デビューを目指し国際劇場で歌うことを夢見ている。病院長浩三と旧知のマネージャー花形は、かつえで一山当てようと目論んでいたが、かつえは徐々におかしくなっていく。そこに謎の引越し看護婦・海之ほおずき(大鶴美仁音)が人力車で登場し、天職を探す少年(福本雄樹)を保護する。彼女は関東大震災で焼け出された人々の姿が忘れられずさすらいをつづけていた。
 長期間不在であった病院長(大鶴佐助)は人妻(藤井由紀)を連れて戻る。狂言回しの中年男(久保井研)はある時は大陸浪人川島浪速となり、時間と空間の引っ越しをつづける引越し看護婦ほおずきは、関東大震災や満州の荒野を経て、古賀さと子、川島芳子と化身しながら永遠の少女に回帰していく。その過程で失われる「青春、愛、挫折、希望」。

 この芝居の最初の見どころは一幕の終わりに、謎の引っ越し看護婦・海之ほおずきが人力車に乗って登場する場面です。それまでの高石かつえを中心にした芝居が一瞬にして止まり、まったく異次元の芝居が突如現れます。この役を演じる役者は演じるというよりは芝居の始まる前からすでに謎の引越し看護婦・海之ほおずきに乗り移られているのです。
 生電球の照明のもとで純白の白衣を着たほおずきのどこか切羽詰まっていて、この芝居の行方を知ってしまったような冷たく透明なセリフ回しにわたしたち観客は思わず息をのみます。2002年の新宿梁山泊の芝居では近藤結宥花が演じ、わたしは一目で彼女のファンになったものです。伝え聞くところによると、状況劇場の初演はやはり李礼仙で、おそらく彼女は決してこの役を他の役者に譲ることはなかったでしょう。
 今回、この役を演じたのは唐十郎の長女の大鶴美仁音で、ときおり他の役者に押されてしまう場面もありましたが、時代を引っ越す少女の初々しさがせつなく記憶に残る演技でした。そして、びっくりしたのは院長の浩三を演じた唐十郎の長男の大鶴佐助で、役者・唐十郎のDNAを存分に発揮した演技だったとわたしは思います。
 この芝居の初演が1971年だったことは象徴的だと思います。70年安保の荒々しく暴力的な時代の波が足早に通り過ぎ、若者たちをはじめひとびとがそれまでとはちがう別次元の価値観に戸惑いながら、おそるおそるもう一度街に出始めた時代でした。街の至るところにあった「戦後」は少しずつその影さえも消えていき、右も左も高度経済成長という巨大なジェットコースターに振り落とされそうになるのを必死でこらえながらサラリーマンになっていった時代でした。
 わたしのように政治的関心の乏しい者であっても、70年安保が残していった宿題の大きさにどのように向かい合うのかと心をざらつかせていたころ、世の中はそんなことはまったくなかったかのように欲望をかりたて、わたしたちを孤独な牢獄にとじこめていくのでした。わたし個人もヒッピーのような暮らしから脱出し、絶対にありえないと思っていた結婚をし、まだ町工場に近かった会社で働き始めました。
 そんな時代の裂け目に、唐十郎は切ない青春も、無垢な愛も、言い訳ができる挫折も、人間が最後にかかる病気と言われる希望も、由比正雪の戯曲ではありませんが「てけれっつのパ」と笑い捨ててしまいました。
 彼は静かになっていく街のいたるところに赤テントという異空のシェルターをつくり、戦後の民主主義の下でアスファルトに固められたがれきの底から、1923年の朝鮮人虐殺を引き起こした関東大震災を呼び起こし、1931年の満州事変のまっただ中の暗い幻想にわたしたちを放り投げるのでした。それらはこの日本社会が封印してきた病の歴史で、愛染病院に蓄えられた血と暴力と犯罪の歴史なのだと思います。
 そして、闇夜の中で唐十郎がただひとつ、わたしたちに「希望」をくれるとしたら、彼の芝居に必ず登場する少年少女の純愛で、それこそが歴史をたがやす鍬であることでしょう。
 唐十郎の初期作品の劇中歌は小室等・作曲が多く、名作が数多くあります。おそらく「吸血姫」の劇中歌は小室さんだと思うのですが、わたしが大好きな歌があります。ひとつは「ほおずきの歌」、もうひとつは「夏の海辺に」で、ほおずきの歌は「唐ゼミ」公演のユーチューブがありました。この芝居のテーマ「夏の海辺に」は適当な音源がなく、歌詞を紹介します。

夏の海辺に行った時
まだ見たこともないものを見た
遊びなれた砂浜に
病院が一つ立っていた
門という門は閉ざされ
窓という窓にクギ
塀を乗り越えやさしい花々の咲き匂う
中庭に降りると
そこに俺の見たものは一面の墓
花々に囲まれた墓石ばかり
しかも
白ずくめの看護婦たちが
あたりをさまよい
おいらの希望を愛に染めた

《劇中歌集》8.ほおずきの歌 劇団唐ゼミ

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2017.10.12 Thu 友情こそが生きる力 「劇団でこじるしー」第7回公演「HEY YO YOKAIにようかい?」

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 10月9日、箕面市立メイプルホール小ホールで、「劇団でこじるしー」の第7回公演がありました。
 「劇団でこじるしー」は箕面市障害者生活と労働推進協議会が運営する放課後等デイサービス&地域交流センター「さんかくひろば」から生まれた劇団です。
 「さんかくひろば」の卒業パーテイで寸劇上演をしたことがきっかけで、利用者とスタッフの有志、地域の人が参加し、2013年に旗揚げ公演をして以来、とくに障害のある子どもたちの飽きることのない芝居への情熱によって年を追ってパワーアップしてきました。
 「障害のある人もない人も集まってひとつの演劇作品をつくろう」というコンセプトをかかげたこの劇団は、障害者のグループの学芸会や文化祭の出し物として見られがちです。
 しかしながら、この劇団は「劇団」と名がつくのにふさわしく、学校の文化祭の発表会的要素がまったくなく、芝居のクオリティは別にして、たとえばわたしが年に一度楽しみにしている「唐組」など、一般の劇団の公演を見るのと同じぐらい刺激的で官能的な芝居を見せてくれるのです。
 それはおそらく、学校の文化祭や福祉施設の発表会などとちがい、出演者の演技が誰にもチェッされず、あくまでもその芝居を物語り、構成する登場人物を演じる役者としてわたしたち観客に圧倒的なパワーでせまってくるからです。
 そこではすでに、この劇団の出自である「障害者の自己表現」とか「障害のある人もない人も共につくる」というコンセプトから大きく逸脱し、「どうにも止まらない」彼女たち彼たちの「芝居力」、「表現力」によって100人を超える観客を劇的空間に誘い込むのでした。
 身体表現と演技力もさることながら、役者全員が日常においても、また非日常の芝居においてもお互いを全面的に信頼していることが伝わり、この劇団がいい意味で徒党集団であることを証明しています。
 また、ひとりひとりの実際のキャラクターに合わせたキャスティングと、自分自身を演じる役者たちの道しるべといった方がいいかもしれない台本は、テレビでいま流行りのアイドルやバラエティー番組を取り込んだ、その時その時の旬の流行り言葉を連発し、「ごっこ」を越えたアクションを繰り広げながら、障害者劇団だからこそ気づかせてくれる社会の裂け目を容赦なくえぐる問題作を世に問うてきました。
 今回の芝居「HEY YO YOKAIにようかい?」は大きな西洋式の棺がある妖怪養成学校が舞台で、首が伸びなくなったろくろ、成長とともに二つ目になったしまった一つ目小僧、顔があるのにのっぺらぼう扱いされている少女、飛べないキョンシー兄弟、貞子の座を狙って競っているキムサダと貞子ちゃんが、砂かけを武器にしている砂かけ師匠のもとで修業しています。
 間違っているかもしれませんがおおまかなあらすじをたどると、実はその学校は棺を境界にしたあの世とこの世の出入り口で、この世の番人が師匠、あの世の番人がトイレの花子さんになれないひつぎのなぜこ(「なぜ」と質問すると大きなエネルギーを発する)で、なぜこはひつぎに棲み、年の数だけ叩くと棺を開けるのでした。
 この物語ではあと一人、ホラー人形になれないチャッキーという名の孤独な少年がいて、少年は幼いころに母親と死に別れていて、その母親とは花子さんで、花子さんは邪悪な妖怪を封じ込め、あの世で身体のない思念体となっていました。
母親に会い、どうしても伝えたいことがあると養成学校に潜り込んだチャッキーは、邪悪な妖怪に身体と心を乗っ取られ、人間にも妖怪にもなり損ねている仲間の妖怪狩りに手を染めます。
 チャッキーがあの世にいる母親に会うためにわざと邪悪な妖怪に身体を乗っ取られ、仲間を裏切ったことを知ったまぜこは、気絶するチャッキーを抱えてあの世に連れ去ります。
 そのことを知った仲間の妖怪もまた、チャッキーを助けようとみんなであの世に行くのでした。
 バトルの末に、もう一度邪悪な妖怪を封じ込めた母親とチャッキーが再会し、母親が「世界でお前が一番好きだよ」と告げると、チャッキーは「あの時にどうしても言えなかったんだ。ぼくも母さんが世界で一番好きだよ」といいます。そして、なぜこに乗り移った母親・花子とチャッキーは強く抱きしめあいます。このシーンでは、思わず涙が出ました。
 しかしながらその再会はまた、きちんと別れが言えなかったチャッキーと母親のほんとうの別れでもありました。母親は邪悪な妖怪を封じ込めたまま、思念体から本当の死を受け入れます。
 そして、みんなはまた棺をくぐりぬけてこの世にもどってくるのでした。
 落ちこぼれの妖怪たちの養成学校という舞台設定も、人間で妖怪でもないという人物設定もとても面白く、障害を個性とする多様な街や社会を求めるこの劇団の思想が役者たちの怖いものなしの演技によって具現化されていました。
 また、あの世とこの世の境界線で繰り広げられる裏切りと友情、悪意と善意、生と死、母親との別れと少年の自立などなど、さまざまな感情がぶつかり溶け合い、赦しあい、助け合いながら、とてつもなく楽観的な人生の荒野を、彼女たち彼たちは疾走するのでした。
 笑いあり、涙あり、アクションありの痛快純情活劇集団「劇団でこじるしー」の第7回公演「HEY YO YOKAIにようかい?」は、またひとつ、記憶に残る伝説をつくりました。

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2016.10.29 Sat 内藤裕敬作・演出「演出家だらけの青木さん家の奥さん 豊中バージョン」

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 10月26日、大阪府豊中市立ローズ文化ホールに内藤裕敬作・演出「演出家だらけの青木さん家の奥さん 豊中バージョン」という芝居を観に行きました。
「青木さん家の奥さん」は大阪を拠点とする南河内万歳一座が1990年に初演し、その後この劇団はもとよりさまざまな劇団やプロデュースによって毎年と言っていいほど全国各地で上演されてきた作品で、脚本がなくほとんどがアドリブで「即興演劇の極み」とされている名作です。
 今回の公演は複数の地方公共団体が演劇公演を共同・連携する2016年度「公共ホール演劇ネットワーク事業」として実施されたもので、豊中の他、北九州、高知で10月に連続公演し、来年3月には長野県上田、新潟県魚沼の公演が予定されています。
最低限の設定の上で繰り広げられる自由すぎる舞台に、脚本・演出を担当する内藤や、劇団太陽族の岩崎正裕、東京デスロックの多田淳之介、田上パルの田上豊といった現代演劇界の第一線で活躍する演出家4人と、南河内万歳一座の俳優として活動する傍ら、自らも演出を手がける鈴村貴彦と荒谷清水に加え、それぞれの地域にゆかりのあるキャストが参加しました。豊中バージョンでは地元のオーディションで選ばれた、和、島勝美、福田和栄、松田榮子、凛霞が出演しました。

 舞台はビールケースが山と積まれたとある酒屋の倉庫。上手の端でギター演奏。新入りアルバイトは酒屋なのになぜか芋の芽を向いています。そこに先輩が現れては歌を歌い、横に座ると伝票を繰ってはプレゼントの芋を袋に入れます。「あっ、ない!」と突然叫び去っていきます。同じように4人の先輩が現れては歌を歌い「あっ、ない」と叫び去っていきます。
 次の瞬間、4人が同時に現れ、身体をぶつけながらなじりあいます。「伝票をどこにやった!」
 彼らは町内一の美人の「青木さん家の奥さん」の配達伝票を取り合っていたのでした。
 新人が「青木さん家の奥さんって、誰なんですか?」と訊きます。4人の先輩たちは、皆うっとりして答えます。
 「いいか、青木さん家の奥さんはな」「このご町内でナンバーワンの美人さんなんだよ」「出るとこ出てる、ひっこんどるとこひっこんでる、ボンボーンや!」「青木さん家の奥さんはな、僕の、夕焼け空なんやっ!」「いいや、青木さん家の奥さんはな、夏の女神さんさ!」「違う、青木さん家の奥さんはな……さびしいんだよ!」「ワリャええ加減にせえ!青木さん家の奥さんはな、……俺の海だ!!」
 酒屋の新入りアルバイトは、先輩たちの話を聞いているうちに、「僕も、青木さん家の奥さんとこに、配達に行きたい!!」と口走ってしまったために、先輩たちから「10年早い!」と叱られる。そして“青木さん家の奥さん”に、粗相のないように配達する方法”を特訓される…。
 いくつかの設定で伝言ゲームのように登場人物が話をつないでいくことで芝居が進んでいくのですが、そのほとんどがアドリブなので、どうしてもテンポが失速してしまいます。プロのベテラン役者であってもかなりの力技を必要とするのですから、今回のようにオーディションなどで選ばれた地元の役者はほんとうに大変だったと思います。
 しかしながら、前の人間が言ったセリフを受け取り、それに輪をかけたセリフで芝居のボルテージを上げようとするのですがそんなにうまくいくわけがなく、とっさに考えた挙句、たいがいはテレビのバラエティ番組でいうところの「はずしてしまう」ところがかえって新鮮で、芝居や演劇、物語が生まれ出る瞬間に立ち会い、役者と一緒にセリフを考えている自分がいて、不思議なドラマツルギーを感じました。
 この芝居は決められたセリフで構築され、決められたパフォーマンスを見せてくれる芝居の面白さと正反対のところに立ち、芝居の中で「青木さん家」に配達するリハーサルを延々と繰り広げることがこの即興劇の通し稽古のようなのです。
 とくに、芝居が進むにつれてリーダーのようにふるまう先輩の配達員を演じる内藤裕敬が、いつのまにかこの芝居の演出家になっていくようすがとてもスリリングな面白さをつくりだしていたと思います。
 そして、ドラマツルギーを求める芝居とは正反対に、現実の人生はそんなにドラマチックなものではなく、時にはつまづき時にはこけてしまい、時にはかっこう悪くだらしなく、その時に感じたことをすべて表す言葉など見つからず、時が経っていくことを残酷にも教えてくれました。

 南河内万歳一座は1980年10月、大阪芸術大学(舞台芸術学科)の有志により結成。「蛇姫様(作・唐十郎)」で旗揚げしました。唐十郎を尊敬する内藤裕敬の世代論を軸とする繊細な戯曲を時にはプロレス技も飛び出す集団演技のアンサンブルとダイナミックな演出により、爽快でパワフルな舞台をつくりだすことで定評があります。台本に忠実なセリフの一方で即興性も取り入れ、台詞を肉体から発想することにリアリティを求めるところは唐十郎と通じるところがあると思います。
 わたしは1980年代の初期の作品を何本か見ていて、「唇に聴いてみる」など通称「六畳一間シリーズ」に見られるような、高度経済成長を象徴する団地とニューファミリーの牢獄の中で大人になったかつての子どもたちが、なくしてしまった自分を探す切なくもノスタルジックな芝居に自分の人生を重ね合わせたものでした。
 そんな内藤裕敬が自分の演劇に行き詰まりを感じ、台本を書けなくなるスランプが結構長く続き、その中から芝居の設定だけを決め、役者がアドリブで芝居をする即興劇「青木さん家の奥さん」が生まれたと聞きます。
 そんな経験を経てからはより幅広い演劇の可能性を求めて勢力的に活動し、とくに今回のように大都市ではなく小さな町の公共ホールの活性化のためワークショップなど市民参加による「劇的なるもの」を求める活動へと進化してきたと思います。
 その最たる試みは滋賀県の知的障害者施設・あざみ・もみじ寮と出会い、寮生劇「ロビンフッドの冒険」ボランティアに参加、2006年「ロビンフッド・楽園の冒険」の作・演出を担当し、福祉の枠を超えたクリエイティブな障害者の演劇体験をプロデュースすることに結実しました。
 「僕らにとってとにかく強烈だったのは「彼らは天才だ」ということです。それは最初の出会いの時から感じていました。無意識であのパフォーマンスができるんですから、僕らの想像力を越えています。彼らは知らん顔して企んでるんじゃないかと疑いたくなります。もはや芝居の域を越えている。そういう意味で、役者としても吸収する部分が多かったです。」(内藤裕敬)

 「青木さん家の奥さん」は演劇の可能性を広げたきっかけになった作品で、その自由さとアナーキーさによって1990年のオリジナル初演から26年たった今でも毎年どこかで上演され、進化し続けているのでしょう。

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2016.05.02 Mon 唐組「秘密の花園」・人さらいならぬ心さらい

唐組「秘密の花園」

 4月29日、大阪南天満公園で唐組の芝居「改訂の巻『秘密の花園』」を見ました。
 毎年この時期にやって来る唐組の芝居を観るのを楽しみにしていて、ふりかえるとはじめて観た状況劇場の「唐版 風の又三郎」が1974年でしたから、状況劇場解散後、1988年の唐組旗揚げをへて現在まで、40年以上も唐十郎の芝居を観てきたことになります。しかも、いつまでたってもどの芝居でもほとんど物語の展開すらわからず、なんのことやらさっぱりわからないまま薄汚れた紅テントの中に引きこまれるのでした。
 このひとの芝居はおどろおどろしく見えて実はとてもせつない純情な物語ばかりです。その時々の役者が時にはエロチックに、時には悲劇的に演じ、体の奥の奥からせり上がるセリフと諧謔に満ちた笑い、狭い舞台を縦横無尽にかけめぐる役者の肉体と肉体のぶつかりあい、それらすべてが一筋のか細い純情な物語を綴るのでした。
 姉と弟、兄と妹の近親相姦を越えた深い絆、孤独な少年の夢から立ち上る日本の暗闇、看護師の白衣に隠された陰謀と裏切り、何世紀もの夜を通りぬけてきた純愛…。
 ひるがえるマントにロマンティズムを忍ばせて唐十郎がのぞかせてくれるものは、新聞の三面記事に仕組まれた悪意に満ちた世界に抗う少年少女の純愛で、その純愛は国家もわたしたちも忘れてしまいたい日本の歴史の暗闇に見捨てられた理不尽な出来事をよみがえらせるのですが、充満する紅テントの劇的空間が解体され、芝居が終わるとともに少年少女も純愛も引き裂かれ、街の闇に消えてしまうのでした。そして、芝居を見ているだけのはずのわたし自身も彼女たち彼たちの幻影と妄想とともに行方不明になってしまい、毎年わたしは昨年のわたしの純情を探しにまた、紅テントの中にもぐり込むのでした。
 さて、今年の芝居は「改訂の巻『秘密の花園』」。1982年に下北沢の本多劇場の杮落とし公演として行われた伝説的な作品で、それから何度も再演され、「改訂版」とついたのは1998年に書き直したものらしいです。
 舞台は東京・日暮里。坂の多い、沼や森も在る謎めいた町。駅前には、漆の大木が一本。不用意に触った人はかぶれてしまう。古アパートに住むキャバレーホステスの一葉(いちよ)に、アキヨシは毎月、自分の給料を届けている。アキヨシは一葉にプラトニックな思いをいだいていた。夫の大貫もアキヨシの割込みを容認。奇妙な三角関係は二年続いている。一葉とアキヨシの「手を握るだけで妊娠してしまう純愛」は、生まれる前の港で契りをかわしたからだと信じている。「きっと一緒だよ、向うに着いてもきっとね」と。
 訪ねて来たアキヨシは、駅前まで実姉と一緒だったがはぐれてしまったと言い、漆の木にかぶれたらしいと腕を見せる。暫くすると、実は縁談話があり、関西に転勤しなくてはならない、と切り出すアキヨシ。一葉は、お幸せにねと言い残し、共同便所に消える。しかし、いつまで待っても戻らない。様子を見に行ったアキヨシは、首吊り自殺している一葉を見付けるのでした。
 戸口に一葉に瓜二つのアキヨシの実姉・双葉(もろは)が立っていたのが一幕の終わりだったか二幕の始まりだったかおぼえていませんが、幕間にブラームスの弦楽六重奏がかかかり、不思議にこの芝居のためにつくられたようにぴったり合っていて、悲しくて切なくて美しい旋律がこの純愛悲劇の結末を暗示します。
 「一葉さんの中に、私を見たんでしょ。」と突き放した様子で言う双葉。(一葉と双葉を藤井由紀さんが演じています。)姉の双葉と一葉が入れ替わり、アキヨシが人妻一葉と純情な三角関係をつづけなから、姉の双葉と兄弟以上の恋愛感情を持ち、ここでも奇妙な三角関係にあったことがわかります。
 このあたりから唐十郎の妄想に次ぐ妄想がビュンビュン飛び、死んだはずの一葉とアキヨシが洪水に乗じてボートに乗り、「生まれる前に結ばれていた向こう岸」に行こうとします。一葉の夫もまた生まれる前の二人の純情に加担するように応援してすぐに、このひともまた便所で首をつってしまいます。物語の向こうに行こうとする一葉とアキヨシと、そこに猥雑な悪巧みでそれを阻止しようとする連中とのどたばたは、夫の首吊りをきっかけに時間が止まり、向こう岸とこちらとの間に結界のように糸がひかれ、純愛をたどる物語はふたつにひきさかれてしまうのでした。
 暗転の後、やはり古いアパートの一室。姉はアキヨシの縁談をすすめようとしますが、アキヨシはそこをはなれようとしません。「森の中の古いアパートの一室、あの秘密の花園があったはず…」。
 やがて妄想なのか幻想なのか姉・双葉は一葉にすれかわり、純愛の指輪を菖蒲に通す間にと便所に行った一葉は戻ってこず、便所の扉を開けると漆の木が立っていた…。アキヨシにかかった魔法が解けたように紅テントが解体され、彼方に一葉が美しい横顔をアキヨシと観客に見せながら、夜の闇に消えていくのでした。
  「これはなんだ、さっぱりわからん」とお叱りを承知で物語をたどってみましたが、わたし自身冒頭に書いたように「さっぱりわからん」のです。それでも魅かれてしまうのは、時代が変わり、街がさまざまな厚化粧を繰り返してもこの街の地下に、この地面の下にいくつもの見えない穴があり、そこでは決して忘れない、わすれてはいけないもの、決して変わらない、変わってはいけないものにあふれていて、唐十郎はそれらの事件や歴史をいくつもの物語、芝居にしてよみがえらせてくれるからなのです。彼の脳内実験室で培養されたそれらのすべてといっていい物語の数々は、忘れたはずのわたしたちを温かく迎えてくれて、いつまでも笑いながら手を振ってくれるのでした。
 こうして唐組の紅テントの切ない旅は突然掻き消え、わたしはまた大阪の街の闇に心をさらわれてしまいました。南天満公園は明日の統一行動の後、街頭パレードの行き先のひとつで、明日わたしは消えてしまった紅テントのあった場所に見えない穴を探すことになるのですが、決してその穴は見つからない事でしょう。
 それにしてもこれがあの「秘密の花園」なのか、似ても似つかない物語のように見えながら、少年少女が10年も封印されていた秘密の花園を見つけ、おとなたちのサビのついた現実認識を越えて新しい世界をつくり出す姿はどこかこの芝居と通じるものがあり、強いて言えば「秘密の花園」はちょうどシールズをはじめとする若い人たち行方を照らしてくれそうなのに対して、唐十郎の「秘密の花園」は決してその行方が決して希望に満ちたものではないかもしれないことを示唆しているようにも思います。

唐組「ひみつの花園」

ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 Op.18 第2楽章
クラシックを知らないわたしは、亡くなってしまったKAさんと新宿梁山泊が演じる唐十郎の芝居を見に行った時、有名らしいクラシックが挿入されていて、彼女はすぐに「あれは・・・」と教えてくれました。そして、唐十郎の芝居の根底を支える文学や音楽、さらには歌謡曲まで幅ひろい憧憬の深さに触れるのも、唐十郎の芝居の楽しみのひとつだねと話したのを思い出します。
この芝居の場合も奥村チヨの「ごめんね…ジロー」と「岩崎ひろみの「すみれ色の涙」がブラームスと混ざり合い、なんとも甘酸っぱく切ない純愛物語に浸ってしまうのでした。
奥村チヨの「ごめんね…ジロー」
唐十郎の芝居で挿入される歌謡曲は芝居の水先案内人の役目を果たしていて、その時の時代の空気感を漂わせています。この歌も「秘密の花園」の純愛を彩る歌になっています。
岩崎宏美 「すみれ色の涙」
この歌の場合は「秘密の花園」の物語そのままに、当時の岩崎ひろみの清楚で一途な歌には少女のせつなくあわい恋心があふれ、年寄りの私の胸もキュンとなり、ろっ骨に涙が落ちるのでした。

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2015.05.05 Tue 唐組「透明人間」

唐組「透明人間」

 毎年、この時期に大阪から始まる「唐組」の春の公演を観に行きました。
 唐十郎の芝居を初めて観たのはわたしぐらいの年令からするとずいぶん後からで、「状況劇場」として大阪天王寺の野外音楽堂での「風の又三郎」でした。この頃は初期の黄金期以後の根津陣八、小林薫の時代でしたが、たしか台風がすぎた直後で、ほんとうに芝居があるのか問い合わせたことを覚えています。
 その時もいまも、わたしは紅テントの幻想的な密室空間での何かを思いつめた緊張感と、そうかと思えばダジャレを連発しながら早口のセリフで物語が強引に展開する不思議な物語に魅せられる一方、その芝居の本当の意味がよくわからないでいます。
 彼の芝居に魅入られたひとたちの多くはわたしと同じような感想で、中には「意味を求めても仕方がない」というひともいます。芝居に意味を求めるよりも、2時間ばかりの密室空間に閉じこめられ、芝居の終わりにその密室空間が解体され、巷の夜に放り出されるカタストロフィーに身を任せる瞬間こそが唐十郎の演劇体験だとするのもまた間違ってはいないのだと感じますし、そこから何を見出すかは観る者に任されているのだと思います。
 状況劇場から唐組へと紅テントの演劇空間は微妙に変わってきましたが、唐十郎の芝居には目の前で繰り広げられる物語の展開の裏側に日本の近・現代史の暗闇が広がり、芝居の中で語られる事件や戦争や災禍がその暗闇の歴史のるつぼで再構成され、テント小屋の密室空間にせり上がってきます。
 登場人物たちの「こだわり」とそのこだわりの故郷というべき日本の暗黒史の只中に放り込まれたわたしは、そのこだわりの物語があまりにも純情な物語なので、わたし自身もまた破局へと突き進む純情物語の「もうひとりの登場人物」と化してしまうのでした。
 そして、ひるがえる紅テントが去った後も、その純情物語の「その後」は巷の夜に放り出されたわたしの心のひだにべっとりとへばりついたままで、役者たちの顔と声から逃れられず、「その後」のつづきを求めてまた紅テントの中に迷い込むのでした。
 今回の公演は90年代の唐十郎の最高傑作といわれ、いままでタイトルも物語の展開も違う形で何度か再演されてきた「透明人間」の初演版でした。

 ある暑い日、僕の町内に「水を恐がる犬」の噂がひろがった。 保健所員・田口はふってわいた狂犬病騒動の調査にとり掛かった。 調べを進めていくうちに、ある煙だらけの焼きとり屋の二階にたどり着く……。 そこに間借りしている老調教師・合田とその飼犬・時次郎、同じくその焼きとり屋に居候する、合田の元軍用犬学校時代の同僚の息子・辻くんが、その元凶であった。 あまつさえその時次郎は、この騒ぎをよそに辻くんと散歩中だという。 そんなところへ野球広場の少年が咬まれたという一報が飛び込んできた。 町内は大騒ぎになり、母親は少年を連れてどなり込んでくる勢いだ。 ところが当の辻くんは、犬を野放しにしたままひとり帰り、店の何故かしゃべらぬ女店員・モモを相手に語り始めるのだった。 「浮かんで、行け、どこまでも逃げて行け。そして、又会う時、この水中花の誓いを忘れるな。おまえが、もう俺を忘れていても、俺は、また、この水中花に似たものを、おまえにかざそう。そしたらきっと俺と思え」 スーパーマーケットの前にできた水たまりは、いつか戦時中の福建省にあった演習地の沼へ。幻の沼は時空を駆け巡り、水が水を呼ぶ恐水幻想が雨降る焼きとり屋の二階にあふれだす。 透明人間はここにいたのか!

 パンフレットに書かれた「物語」はどこに行くやらわからないのですが、といって難解な芝居とは言い難く、大衆演劇と同じ人情小話が随所にちりばめられたわかりやすい物語でもあります。わたしがわかりにくいと思うのは物語の筋書きではなく、登場人物の「こだわり」の背景にある暗黒の歴史的事実と、その呼び水となるアイコンが何を意味しているのかと考え込んでしまうからです。
 その上で理解できないところがいっぱいあるのですが、芝居を観ながらわたしなりに感じたこの芝居の「こだわり」について、書いてみようと思います。
 唐十郎の芝居にはよく水がでてきます。初期の名作「少女仮面」ではひとりの男が水を飲み続けるシーンがありますが、この底知れぬ「渇き」は唐十郎自身の戦争体験が深くかかわっているように思います。それだけでなく、唐十郎にとって時には沼であったり池であったり海であったりする水は彼の劇的幻想の源泉で、「こだわり」という幻想の世界、「向こうの世界」への入り口で、唐十郎が元気に舞台に出ている時は必ず大きな水槽に潜るのがお約束でもありました。
 「透明人間」では降り続ける雨で町の下水管があふれ、スーパーマーケットにできた水たまりが戦時中の福建省にあった日本軍の軍用犬の演習地の沼へとつながって行き、それはめぐりめぐって焼き鳥屋の2階の大きな水槽へとつながって行きます。
 芝居は夏の暑い日、狂犬病とうわさされる犬を探して、保健所員の田口が焼き鳥屋の2階の押し入れに住むその犬の飼い主・合田を訪ねるところから始まります。そこで問題の犬は合田の元軍用犬学校の同僚の息子・辻と散歩中で、その途中少年が咬まれたというニュースが入ります。しかしながら少年を咬んだのは辻で、彼は犬を野放しにしたまま焼き鳥屋の2階に戻ってきます。
 辻の父親は戦時中福建省で犬の調教をしていて、モモという犬に人間と犬という以上の特別な愛着、人間の女を愛するに近い感情がありました。
 ある時、狂犬病が発生し、上の命令で調教した犬を殺害しなくてはならなくなりました。その時父は堪え難く、モモをこっそり逃がそうとしますが医務官に発見されてしまいます。医務官は「泥沼にオモリをつけた赤いダリアを沈め、その花をモモが取ってこれたら逃がしてやろう」と言います。ダリアを取れなくて浮き沈みするモモを見かね、父は沼に飛び込み、沈んでいるダリアをモモにくわえさせ逃がすのでした。「お前の事は忘れない!いつかきっと会おうな」と。
 話は現代に戻り、辻は父親の記憶の檻に閉じ込められていて、父親が逃がしたモモという名の女を探しては殺してきたらしくて、この焼き鳥屋にもモモという名前の女がいることを知ってやってきたようなのです。
 父親がモモと名付けた中国人娼婦と暮らしていた記憶を引き継ぎ、焼き鳥屋の店員モモと入れ替わったモモに似た娼婦と暮らす辻…。
 父親の記憶を物語るのは辻自身とモモに似た娼婦で、焼き鳥屋の店員モモは話ができず、ただ、「風は海から 吹いてくる 沖のジャンクの 帆を吹く風よ  なさけあるなら 教えておくれ わたしの姉さん どこで待つ」と、か細い声で歌う姿が保健所員の田口には愛おしく映るのでした。
 モモ似た娼婦がこの歌を中国語で歌い始めると、モモもまた中国語で歌い、この時、わたしはモモが中国人で、彼女もまた辻の父親の記憶を継承し、父親の愛した犬のモモでもあり、中国人娼婦のモモでもあったのだと思いました。
 この芝居では舞台上手の水槽が大きな役割をしていて、焼き鳥屋のモモは辻によって水槽に沈められ、辻もまた銃で撃たれ、胸から血ならぬ水を吹き出し、水槽に沈みます。
 そして、芝居の語り手でもあった田口もまた、心惹かれるモモが水槽からせり出し、彼女とともに水槽に消えていきます。
 このラストシーンには多くの観客がジーンときましたが、わたしはこの水槽が福建省の演習地の沼につながっていて、モモは田口を除く登場人物を日中戦争のさ中へと連れ戻したのかも知れないと思いました。そして田口がモモへの純愛によって日本と中国の暗闇の歴史をくぐりぬけ、現代のアスファルトに覆われた地下の水脈へとモモをもう一度連れ戻してくれることを願いました。

 わからないことがまだまだたくさんあります。水中花が父親と愛犬モモが沼の中で赤いダリアを手に取って誓った「生き延びよ」というアイコンであったことは少しわかりましたが、タイトルになっている肝心の「透明人間」が何を意味しているのかわかりません。
 「『透明人間』と言う題名は自らが成し得ぬ事を託す存在、そしてラストでは自ら透明人間になって成し得なかった事を成そうとする意思を示す。この戯曲、前回は「水中花」と題されて公演された。水中花は辻とモモの絆でもあり宿命。モモの歌は現代と15年戦争を繋ぐタイムマシンであり、犬と人間・日本と中国の変換装置でもある。」という、すばらしい劇評をみつけましたが、正直わたしはよくわからないのです。
 ただ、田口が「夜のひさしに当たる五月雨は、誰の涙かっていう。――あれは透明人間が歌っていたんじゃない。孤独な男の歌だった」というセリフが、モモが歌うこの歌とともに、いつまでも心に残っています。

 やっぱり唐組の芝居はいくら筋書きを書いても「ネタバレ」とは程遠く、わからなくてせつなくて心痛くて、それでいて乾ききった日常生活の床をスパッとめくり、血と汗にぎり、少年少女のように心を震わせる、わたしにとって年に一度の栄養ドリンクのようです。とても大好きな劇団です。

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