争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2017.07.25 Tue 巨大な才能の原石である島津亜矢は刺激的なボーカリスト 島津亜矢「音楽の日」出演2

島津亜矢「SINGER2」

 島津亜矢の「I Will Always Love You」をポップスファンにはじめて紹介したのは、おそらく松尾潔氏だったと思います。
 氏の人気ラジオ番組、NHKFM「松尾潔のメロウな夜」の2012年4月の100回目の放送で紹介し、絶賛しました。
 松尾潔といえば、SPEED、MISIA、宇多田ヒカル、平井堅、EXILE、三代目J Soul Brothers、東方神起、DOUBLE、JUJU、由紀さおり等、数多くのアーティストの楽曲制作に携わってきた、今をときめく音楽プロデューサー&ソングライターです。
 この人はまた、ブラック・ミュージック、その中でもリズム&ブルースに造詣が深く、「松尾潔のメロウな夜」はそんな彼がDJをつとめ、和洋問わず大人の音楽をリスナーのリクエストも交えながら紹介するラジオ番組です。
 島津亜矢の「I Will Always Love You」を紹介したのも、この番組のディープなリスナーでいつもはリズム&ブルースの楽曲をリクエストするひとが、演歌歌手・島津亜矢をリクエストしてきたのがきっかけのようです。少し戸惑いながらも「I Will Always Love You」が収録されているアルバム「SINGER」を手に入れ、驚きとともに打ちのめされるほどの感動をおぼえたと証言しています。
 今のように島津亜矢がこの歌を歌うことがほとんど知られていない時で、リスナーの反響がとても大きく、島津亜矢の演歌以外の歌唱曲が話題になるきっかけとなりました。
 その後も200回放送の時にもう一度取り上げたほか、彼女の30周年リサイタルにも足を運び、終演後に島津亜矢に直接会い、話もしたそうです。
 彼が島津亜矢の「I Will Always Love You」を絶賛するのは、島津亜矢の体に流れるブラックミュージックの血を感じたからだと私は思っています。それは演歌からポップスまで、彼女の歌唱全般に隠れているもので、かつて美空ひばりがそうであったように海を隔てた遠くの大陸から聞こえてきた音楽が日本の海辺にたどり着いたとき、すでに音楽には国境がないことを証明するものでもあります。
 今の島津亜矢の立ち位置を思うと、いつでも先祖返りして既存の小さな「演歌」の四畳半に戻ることはできるかも知れないですが、ようやくたどり着いた大きな海辺で、彼女の歌が今までの10倍20倍広く、また深くたくさんのひとの心に届くことを願わずにはおられません。その意味でも「音楽の日」への出演は、日本の音楽シーンのメインストリームへと躍り出るきっかけになりました。
 島津亜矢が「I Will Always Love You」を自身のコンサートでもなく、また演歌・歌謡曲色の強い「新BS日本のうた」ではなく、「音楽の日」で歌ったことは、ほんとうに感慨深いことでしたし、長いスタンスで振り返ると、松尾潔がそのための道筋の扉を開けてくれたといっても過言ではないでしょう。
 そんな彼がプロデュースしたアーティストたちが大きく羽ばたいたことを思えば、ファンのわがままな願いではありますが、松尾潔に一度だけでも島津亜矢のアルバム制作と、それに連動したシングル制作を任せたら、とても面白い音楽が生まれると思います。
 実際のところ彼の場合はポップスの楽曲制作だけでなく、歌謡曲にも斬新なセンスをもっていて、山内恵介の新曲「愛が信じられないなら」は松尾潔の作詞でヒットチャートをにぎわしていますし、坂本冬美にも自ら作詩作曲した「こころが」を提供しています。
 ポップスから歌謡曲まで作詩作曲できる松尾潔ですが、島津亜矢には彼本来のリズム&ブルースの名曲を提供してもいたいと思います。なにしろ日本のリズム&ブルースともいわれる宇多田ヒカルのデビューにもかかわった彼ですから、島津亜矢を単なる演歌歌手のオプションではなく、日本のリズム&ブルースとしての「島津演歌」という新しい独自のジャンルを生み出せるのではないかと期待できるのです。
 ちなみに石川さゆりや坂本冬美、香西かおりなど、音楽界のメインストリームに進出している演歌・歌謡曲歌手はすでに早くからポップス系のソングライターから楽曲提供を数多く受けています。島津亜矢の場合、純演歌と思われてきたことと恩師・星野哲郎に忠実にプロデュースしてきたことが関係するのか、ポップス系のソングライターからの楽曲提供がほとんどありません。
 もちろん、島津亜矢チームからの働きかけがなかなか難しいことが一番の理由だと思いますが、一方で日本の音楽界全体をけん引するソングライターやプロデューサーが、巨大な才能の原石である島津亜矢の存在を知らなかったとも言えます。
 そのことは日本の大衆音楽の損失であったと思うのですが、今まさに日本の音楽界が島津亜矢そのひとを発見し、これからは各方面からのソングライターからの楽曲提供やCMソング、ドラマ、バラエティーのテーマ音楽への依頼も増えていくことでしょうし、そうなっていくことを願ってもいます。
 ともあれ、「音楽の日」の出演は各方面からの衝撃だけでなく、彼女自身にもとても大きな成果でした。音楽フェスの特番ではソロで歌うだけでなく共演者との共演や交流が楽しみで、今回の放送でも鈴木雅之、藤井フミヤ、山崎育三郎、高橋優、Little Glee Monsterといったポップス界でもトップクラスのボーカリストがワンコーラスずつメロディーを歌い継ぐ中、島津亜矢はドリカムの「何度でも」を歌ってその存在感を示しました。
 こんな光景をどれだけ夢見てきたことでしょう。その信じがたい映像を目の当たりにして、まだまだ先だと思っていたことがこんなに早く実現できたことを誰に感謝したらいいのか言葉が見つかりません。

昨日は、音楽の日、ご覧いただけましたでしょうか?
演歌歌手の私には、なんだか雰囲気も違う、ジャンルの違う方々の中にいるというのは、落ちつかない感じです(^◇^;)が、新しい刺激は、とっても楽しく(^◇^;)本当に幸せです!
昨日は、ソロで歌わせていただく場面と、^_^
ラッツ&スターさん、チェッカーズさんも大好きでしたので^ - ^お隣で歌わせていただけて、近くで、歌声をお聴きできたのも、贅沢な!幸せな時間でした(╹◡╹)♡
ソロで歌わせていただいて、手も足もガタガタ震えていた私に、藤井フミヤさんが、とってもあたたかい言葉をかけて下さり、涙が出そうでした( i _ i )藤井さん本当にありがとうございます( i _
本当に皆様のお陰で、いままで見れなかった世界に触れさせていただけていることに、只々、感謝の思いです。
心を込めて歌わせていただきます。
(島津亜矢のブログより)

島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)

音楽の日 未来の一歩メドレー 特別企画
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2017.07.19 Wed 島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間 TBS「音楽の日」 

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 ここ最近の島津亜矢のテレビへの露出は際立っています。
 7月だけでも、4日のBS-TBS「日本名曲アルバム、7日のNHK「ごごウタ」、8日のBS-TBS「我が心の歌~船村徹名曲ベスト10」、15日のTBS「音楽の日、」16日のNHK-BSプレミアム「新BS日本のうた」と続き、昨夜もNHK「うたこん」に出演しました。
 音楽番組に関心のない方は別にしても、ファンならずとも彼女を見る機会が少しは増えているのではないでしょうか。
 このブログでは、できるだけ出演した番組の報告をしてきましたが、さすがに書く方が追いつかず、すべての報告はできにくくなりました。
 これまでのところで、新歌舞伎座のコンサートでの「一本刀土俵入り」について書けずじまいになってしまいました。また、「黒い花びら」については、永六輔さんの記事の中で書こうと思います。
 今回は「音楽の日」の出演の意味と、最近の島津亜矢の立ち位置について書こうと思います。
 2011年7月16日初回放送の「音楽の日」は、長時間の大型音楽番組の草分け的な存在です。それまでは大みそかの紅白やCDTVの5時間番組はあったものの初回7時間で50組のアーティストが集結したこの番組を皮切りに、他局でも次々と大型音楽番組が始まったのでした。
 80年の「ザ・ベストテン」、「トップテン」の歌謡曲時代をへて、90年代は「HEY!HEY!HEY!」、「うたばん」などが小室哲哉などのJポップの台頭をささえました。
 それ以後、2000年代は毎週放送の音楽番組はなくなっていき、テレビはニュースから天気予報までバラエティー化が進みました。
 若者を中心にテレビ離れが進み、音楽の届け方もCDではなくダウンロードから最近は配信サービスへと移っていく一方でライブがメインストリームとなり、その流れから夏を中心に音楽フェスが各地で開かれるようになります。老舗の「フジ・ロックフェスティバル」から「サマーソニック」などが観客動員数を競い、音楽フェスのテレビ中継が盛んになりました。
 TBSの「音楽の日」などの超大型の音楽番組は、テレビ放送がスマホと共存できるようになった時代に、テレビ制作側が10時間にも及ぶ長い時間を使って企画・演出する「音楽のまつり」であるとともに、テレビがもう一度音楽シーンをけん引しようと試みる場でもあります。
 他局のフェス番組とちがい、演歌歌手も出演しているこの番組ですが、長い間演歌の枠を超えたボーカリストとして一部の熱烈なファンを育ててきた島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間で、画期的なことだとわたしは思います。
 同局の「金スマ」からの流れでしょうが、10パーセントを超える視聴率を誇る番組の出場は、いままでの島津亜矢のテレビ出演番組とは比較にならないインパクトを与えました。「金スマ」は今や日本の芸能界に大きな影響力を持つ中居正広の番組で、しかも30分まるまる島津亜矢にスポットが当てられ、稀有のボーカリストとしての才能がいかんなく発揮された番組でした。その中でも「SINGER」シリーズのポップスの中から、リクエストされた曲のさわりをアカペラで歌ったのが大反響となり、その後今でもこのシリーズのCDがよく売れているようです。
 「音楽の日」の司会はくしくも中居正広で、「金スマ」の時の島津亜矢の歌唱に圧倒された印象そのままに、「聞いたことがない方もいらっしゃると思いますが、あの北島三郎さんが絶賛する歌声をじっくりと聴いてほしい」と話し、安住紳一郎が「純粋に歌声に驚いていただきたい」と、ホイットニー・ヒューストンの「 I Will Always Love You」の歌唱を紹介しました。
 彼女のファンや歌謡曲ファンなら何度も聴いていますが、音楽シーン全体からみれば「金スマ」で紹介され、「音楽の日」が初披露ということになるのかもしれません。わたしたちがはじめてこの歌を聴いてからかれこれ7年がたち、中居正広と安住紳一郎があの時のわたしたちと同じリアクションとリスペクトをこめてこの歌を紹介することになるとは思いもしませんでした。
  「I Will Always Love You」の歌唱は絶賛の声しか聞こえてきませんが、わたしはずっと以前にも書きましたが、彼女に限らずですが島津亜矢のカバー曲はバラードの名曲が多く、この歌も彼女にとってはホイットニーがオリジナルだと思います。しかしながらホイットニー自身がカバーであることを思えば、島津亜矢の歌を詠む才能から言って、もう一歩の歌いこみが必要なのではないでしょうか。
 実をいうと、わたしは島津亜矢のポップスは和洋問わずまだ途上だと思っています。もちろん、演歌歌手が歌うポップスと聞けば信じられない歌唱力と声量で、ポップス歌手も真っ青という実力ではあります。しかしながら、何といってもクラシックやブルース、ジャズ、ロック、ポップスとつながる広大な音楽の領域からは、古今東西数々のボーカリストがその足跡を歴史に残しています。
 島津亜矢が今、ポップスの領域で7年遅れの大絶賛を得ているとしても、それは演歌歌手が歌うポップスという評価から抜け出しているわけではないことを、いみじくもこの番組の二人の司会者のリスペクトが証明しているのでないでしょうか。
 それはかつて、20代か30代の島津亜矢の演歌がその声量と歌唱力で、恐れられるほどの評価を得ていたこととよく似ているのです。普通に才能のある歌い手さんであればそこで完成したといってもいい高みに到達しながら、彼女はそこから苦労に苦労を重ね、日々精進の果てに大きく進化し、今や演歌においては独自の領域に達するまでになりました。
 もちろん、わたしもはじめて彼女のポップスを聴いたときは、こんな歌手がいたのかと驚きの連続でした。彼女のポップスは今でもたくさんの人々を驚かし、感動させることでしょう。
 しかしながら、わたしは演歌・歌謡曲における彼女の突出した実績を財産に、ポップスの領域においても極めてほしいと願っています。
 すでに、島津亜矢の歌の軌跡は歌唱力とか声量とかを称賛するところよりはるか遠くを歩いているのですから…。
 (つづく)
島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)


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2017.07.17 Mon 「また見つかった、 何が、永遠が、 海と溶け合う太陽が」 あそびりクラブチャリティーコンサート

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 7月13日、箕面文化交流センターで開かれた「あそびりクラブ チャリティーコンサート」に行きました。
 「あそびりクラブ」は1992年に設立された高齢者サービス事業所で、デイサービスから始まり、現在は居宅介護支援事業、グループホーム、訪問介護ステーションの他、介護予防教室も運営されています。
 介護保険制度が始まるずっと前に、ホームヘルパーをしていた幾人かの人たちが、家族に頼らざるを得ない高齢者の社会的介護の充実をめざし、公的助成も乏しい中で市民によるデイサービス事業を始めたのでした。
 わたしは当時、豊能障害者労働センターに在職し、障害者の働く場や、障害者が市民として生活するために必要な介護サービスの充実をすすめる運動に参加していましたので、高齢者問題を市民の問題としてとらえ、実行しながら行政施策の充実を求める「あそびりクラブ」のひとたちにシンパシーを持っていました。
 設立後、さまざまな困難を乗り越え、国や箕面市行政とも連携しながらNPO法人になるなど少しずつ活動を広げてきた「あそびりクラブ」は、たくさんの高齢者の生き生きとした活動の場として箕面市民に愛されてきました。
 今年11回目となるこのコンサートは、「あそびりクラブ」のサービスを利用していた高齢者の娘さんがドイツで活躍するヴィオラ奏者であったことから、高齢当事者の尊厳を大切にする福祉サービスを実行する「あそびりクラブ」に共感し、利用者とその家族、スタッフや関係者に夏の夜の一夜、音楽に親しんでもらおうと提案されたことがきっかけで始まったと聞きます。
さらにこのコンサートの素晴らしさは、高齢者施設の中での催しではなく、広く市民に開放し、世界の音楽シーンで活躍する演奏者によるピアノ弦楽五重奏を楽しむ機会を提供してきたことにあります。
それは高齢者の問題が福祉という密室で語られるのではなく、社会の未来に届けられるかけがえのない宝物として市民社会の真っただ中で語り合いたいという切実な願いと、いつの時代にも時代の鏡でありながら、それぞれの時代の異形を映し出すことで時代を変えてきた人類の宝物である芸術表現との奇跡的な出会いでもありました。

 第一部はヴァイオリン・木村直子さん、チェロ・木村正雄さん、ピアノ・都田悦子さんによるベートーベンのピアノ三重奏で始まりました。
交響楽のイメージが強いベートーベンですが、今回演奏されたピアノ三重奏曲「大公」では優雅で気品のある楽曲をとても親しみやすく演奏されていて、心が軽くなるようでした。そのあとタンゴを演奏されると、客席の空気が一気にリラックスし、なごやかな雰囲気になりました。
第一部の後半は、音楽療法士で21年前から「あそびりクラブ」のボランティア活動をされている山田富美子さんによる、リハビリテーションを生かした観客参加型のワークショップで、みんなで歌を歌い、体を動かしました。

休憩をはさんで第2部は、ヴァイオリン・田島綾乃さん、ヴィオラ・吉田馨さん、チェロ・坪井大典さん、コントラバス・飛田勇治さん、ピアノ・中井由貴子さんによるピアノ五重奏でした。楽曲は「ヘルマン・ゲッツ ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16」でした。
 たびたび書いていますように、とりわけクラシック音楽をまったく知らないわたしが感想を書くなどおこがましいのですが、演奏が始まったとたん、5人の演奏者たちが奏でる音楽に一気に呑み込まれました。
 わたしの偏見で、クラシックはもっと静的な音楽と勝手に思っていたのですが、舞台の狭さがそう感じさせたのかもしれませんが、5人の奏者がお互いの演奏にまぎれこんだり、反対に自分の演奏に受け入れたりしながら、大きな物語(わたしはその物語はとても悲劇的に聞こえました)を共に語り、ともにつくりあげる、そんな臨場感に圧倒されたのでした。その時、わたしは若い時に心ときめかせてみた映画を思い出していました。
その映画はジャン・ルック・ゴダールの「気狂いピエロ」(差別語はご容赦ください)です。
 退屈な生活から逃げ出したい衝動から主人公の男は、ふと出会った昔愛人だった女と一夜を過ごすのですが、翌朝見知らぬ男の死体を見つけ、彼女と共に逃避行を始めます。そのうちにギャングに追われるのに嫌気がさした女は、ギャングと通じて男を裏切ります。女を銃殺した男は顔にペンキを塗り、さらにはダイナマイトまで顔に巻きつけ、火を点ける。我に返った男は火を消そうとしますが間に合わずに爆死。カメラは地中海を映し、アルチュール・ランボーの詩「永遠」が朗読されます。
「また見つかった、 何が、永遠が、 海と溶け合う太陽が」
 人生に一度限りの青春はいつも非日常と暴力性と理不尽さで彩られますが、大人になることは青春の危険な誘惑から逃れ、退屈な日常を受け入れることでもあります。支離滅裂でわけのわからないこの映画は、社会と順応することを拒むこどもたちの危いおとぎ話ですが、それがゆえに大人になることで捨ててしまう少年少女の無垢な心がかくされています。
 早逝の音楽家・ヘルマン・ゲッツがこの楽曲を作ったのは亡くなる2年前の1874年で、映画「気狂いピエロ」ほどではないと思いますが、長年患っていた結核に悩まされ、死を目前にした天才作曲家の果たせなかった青春の夢もまた後世の幾多の才能によって引き継がれ、演奏され、いくつもの時代の無数のひとびとに届けられてきたことでしょう。
 今日、箕面文化交流センターで200人の人々とともに、わたしの心に届けられたように。
 毎年、多忙な演奏活動の合間を縫うように日程をつくり、この時期に箕面と石巻で演奏するこのユニットの演奏家の深い思いと心意気で奇跡的に実現していて、わたしたちに音楽を届けてくれるまでにたくさんの問題を解決してきたことでしょう。
 その奇跡を実現しているのは、すべての音楽がいつの時代も自然災害や戦火やテロによって失われてきた無数のたましいが漂う大地や森や海や空と、愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届けられることを信じる演奏家たちの過激なやさしさと、芸術家としての情熱であることに感謝したいと思います。
 そして、クラシックの長い歴史を育て、培ってきた数えきれない作曲家や演奏家の才能と努力によって大切に保存され、残された楽譜たちもまた遠くて深い記憶を持っていることにも…。

ヘルマン・ゲッツ ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16 第一楽章
この演奏はこのユニットの演奏ではありません。ホールの違いで反響の違いもありますが、このユニットの演奏はもっとセンシティブで、それでいて激情も感じられ、ドラマチックでした。
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2017.07.14 Fri 憲法9条は世界の平和の道標 君島東彦・「六面体としての憲法九条-脱神話化と再構築」

戦後風景

 7月9日、豊中市福祉会館で君島東彦さんの講演会がありました。
 君島東彦さんは立命館大学教授で、2009年に論文「多面体としての憲法九条-脱神話化と再構築」(その後「六面体としての憲法九条-脱神話化と再構築」と改題)を発表し、施行70年を迎える憲法九条を日本社会の中での護憲改憲論議でなく、グローバルかつ人類史の中に位置づけ、再構築する試みをされてきました。
 5月3日、安倍首相は自民党改憲案を引っ込め、「9条1項2項を維持しつつ3項に自衛隊を明記する」という、公明党、民進党との合意をとりつけやすい現実的な戦術に切り替え、衆参両院の与党をふくむ改憲勢力が衆参両院で3分の2の議席数がある間に何が何でも改憲を実現しようとしています。
 一部リベラル派も自衛隊を憲法上に明記することで自衛隊の違憲論議に終止符を打ち、より厳しいシビリアンコントロールによって自衛隊を規制する方がよいとしてのみ込まれる状況になっていくことでしょう。
 それでもなお9条を改正しない方がよいとすれば、それはなぜか?
 君島さんは、9条を変えないで現状維持が良いと主張する護憲派に説明責任が移ったと言います。
 護憲神話が通用せず時間が残されていない中で、憲法を変えない主張の根拠は何か? 
 その問いに直接こたえてくれるものではありませんでしたが、日本国憲法の成り立ちから70年の施行の歴史を人類史の中に位置づける「六面体としての憲法9条」論は、憲法9条をその成り立ちと70年の施行の果実をおおむね6つのアクターから見つめなおす試みで、とても刺激的で示唆に富むお話でした。

君島さんは憲法9条を人類史的に俯瞰し、次の六つの視点を提示しました。
1. ワシントンからの9条を見る
2. 大日本帝国から9条を見る
3. 日本の民衆から9条を見る
4. 沖縄から9条を見る
5. 東アジアから9条を見る
6. 世界の民衆から9条を見る

 わたしは今まで、憲法は戦後民主主義の基本的な教科書で、もう二度と戦争をしてはいけない、ひとがひとを傷つけてはいけないという人類の願いがこめられたものという、ある種悲壮感を持った一面的な理解にとどまっていました。
 しかしながら君島さんは、その成り立ちから現在までの70年間、おおむね6つの角度からの力学が絶えず働き、影響しあい、長い年月とたくさんのひとびとのたたかいの結果として「変わらない憲法」があったこと、そのバランスがくずれ憲法が変えられる瀬戸際にある今、「憲法を変えない力」の歴史と今のありようを検証し、憲法9条の未来とその可能性を「憲法9条の哲学」として提示されたのでした。
 講演の内容も論文もなかなか難しく、少ない紙面でお伝えできないことがもどかしいですが、お話の中で特に目からうろこになったところや改めて考えたことなどを書いてみます。
 
 戦後、憲法9条は敗戦国日本の武装解除とともに天皇制の存続と昭和天皇の戦争責任を問わないことと連動していたことや、サンフランシスコ講和条約により沖縄が切り離され、日米安保条約のもとで沖縄の米軍基地が確保されたこと、その後現在まで、憲法9条を変えないまま再軍備が行われてきたことなど、あらためて戦後70年を振り返ると、韓国、台湾、そして沖縄が軍事的な最前線の役割を果たしたゆえに守られてきました。
 しかしながらその一方、わたしたちは自ら勝ち取ったものではなく、あてがわれた憲法9条を戦後の世界の平和の拠り所としてきました。当初はパワーバランスがつくった空っぽの箱だった9条に、70年かけて平和の真の意味を問い、非戦の誓いという中身をつめてきたといえます。
 改憲によって自衛隊を憲法に位置づけようとする勢力にとって、武力行使を禁ずる憲法9条はテロが頻発する世界の現実を顧みない無責任な空想で、国民の生命や財産を守るための自衛の戦力を充実・発展させることは国家の責任で、その主張はかなりのひとに受け入れられてきたのだと思います。
 しかしながら、もし憲法9条が存在しなかったら日本は戦争責任に思いもはせず、北朝鮮ほどではないにしても何の疑問もなく戦後70年の経済成長の果実を軍事力に費やしたことでしょう。そして、性懲りもなく核兵器すら原発の応用で持っていたかもしれません。
 憲法9条があるために、歴代の政府は自衛隊の行動が武力の行使でないことを弁明しなければなりませんでした。戦後日本が非武装を宣言し、憲法9条を堅持してきたことによって日本の帝国主義によって多大な犠牲を強いられた東アジアの国々も一定の理解を示し、国際社会の一員として世界に認められるようになったこともまちがいないと思います。
 その国際的信用は、わたしたち以上に世界の人々の間ではとても有効で、アフガニスタンで活動するペシャワール会の中村医師も証言しています。
 憲法9条の国際的信用が、戦後の日本の民衆が積み重ねてきた平和への願い、「二度と武器を持って他者を撃ってはならない。二度と戦争をしてはならない」という非戦の誓いによって得られたものならば、わたしたちは悪貨が良貨を駆逐するように仕方がないと思ってしまう現実に9条を近づけるのではなく、9条に現実を近づける努力をするべきではないかと思います。
 その努力はわたしたちが暮らすこの国・日本だけではなく、戦火とテロと人権侵害で命までも奪われる危険と隣り合わせに生きる世界のひとびとにとっても、安心して平和に暮らせる未来に近づくことを約束することでもあります。

 最近の若い人の中で改憲に賛成する人が多いとも聞きますが、若者に限らずサイレントマジョリティと言われる人々が「国に守られる側」にいると思い込まされていることが理由の一つではないでしょうか。その意味で安倍政権をはじめとする改憲派のプレゼンが成功しているのだと思います。
 憲法9条を相対化するのが改憲派で絶対視するのが護憲派という図式からいけば、国民投票でも改憲の方向に行く危険が高いと思います。
 君島さんのお話を聞き、戦後民主主義が憲法から始まったのではなく、憲法が戦後民主主義のひとつのツールであったことをあらためて確認できました。
 そして護憲派と色分けされるわたしたちにこそ、憲法を人類史的に俯瞰する6つの視点から憲法を再発見し、相対化した上で行動することが求められていると感じた講演でした。

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2017.07.07 Fri 島津亜矢は「柔」に閉じ込められた美空ひばりを解き放つ宿命を持つ稀有の歌手

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 6月27日、島津亜矢がNHK「うたコン」に出演し、美空ひばりの「柔」と、新曲「心」を歌いました。
  「柔」はこの番組の前身だった「歌謡コンサート」で何度歌ったことでしょう。この歌を歌ってくれる歌い手さんが少なくなり、「柔」は島津亜矢に歌ってもらうと決めている頑固な(?)番組スタッフがまだ健在でほほえましくもあります。
 古賀政男から船村徹、遠藤実を経て弦哲也、岡千秋、徳久広司などに代表されるような70年代以降の現代演歌が量産される今、アナログ音源と白黒フィルムのような古賀政男の歌は人々の心に届きにくくなっているのかも知れません。
 わたしの暴論ですが、美空ひばりの最大のヒット曲が「柔」であったことは美空ひばりにとっても日本の大衆音楽にとっても最大の不幸と思っています。
  「柔」は1964年、東京オリンピックから一か月後に発表され、190万枚という美空ひばりの最大のヒット曲となりました。
 東京オリンピックは戦後の奇跡といわれた復興の成果と、政治的にも経済的にも国際社会の担い手として、日本の存在を世界に認めさせる一大イベントでした。
 その目玉のひとつとして柔道が国際競技となり、金メダルをとってあたりまえという風潮のもと無差別級でオランダのヘーシンクが優勝し、会場の日本武道館の空気が凍り付き、静けさに包まれました。
 「勝つと思うな、思えば負けよ」と歌った「柔」は、講道館創始者の嘉納治五郎の柔道精神を歌う一方で、東京オリンピックの柔道無差別級の敗北を越えて、日本社会への応援歌としての一面も持っていたように思います。
 うがった見方をすれば、そもそも明治になって講道館がけん引した柔道は警視庁と学校教育に採用されることで国家体制の精神性の一翼を担ってきた歴史があり、「柔」は「柔道の敗北」による大衆の動揺を背景とした国家の意思、もしくは今流行りの言葉でいえばそれを歌謡界が忖度してつくられた、いわば国家高揚プロジェクトに近いものがあったのかもしれません。
 その一大プロジェクトにぴったりの歌手といえば、戦後の復興を担い、苦難の日々をくぐりぬけたひとびとの精神的な支えだった歌謡界の女王・美空ひばりしかいませんでした。
 また、戦前は自殺未遂まで経験してつくった「影を慕いて」で、迫りくる軍靴のもと壊れやすい青年の純な心を歌い、戦中は戦意高揚の歌を作らざるを得なかった古賀政男もまた、国策と世情に翻弄された戦前戦中の悲しい心情と決別し、日本社会の復権に第二の青春をかける、そんな骨太の歌をつくろうとしたのでしょう。
 かくして、古賀政男は聴く人の琴線にふれるせつなく儚い詩情を離れ、美空ひばりはブルージーで土着的な音楽を捨て、「日本人の心の音楽」としての現代演歌という新しいジャンルを作ったのでした。このプロジェクトは想像以上の成果をあげ、「柔」は美空ひばり最大のヒット曲となり、これ以後高度経済成長の急な坂道を昇るひとびとの応援歌となりました。
 わたしは最近の島津亜矢の「柔」を聴くと、若い頃の単純な歌唱とちがい、当時の時代背景と美空ひばりが感じたかもしれない違和感や時代の閉そく感にまで想像をめぐらしてしまうのです。まさに、歌は歌自体が時代の記憶をかくしていて、たとえその時代をリアルに体験していなくても歌の女神は島津亜矢を歌の誕生の地にいざなうのでした。
 つい先日、TBS―BS「名曲アルバム」で美空ひばり特集が放送されました。この番組はジャンルにとらわれず2、3組の合唱団による合唱がほとんどで、それにゲストとして今回の放送では天童よしみとともに島津亜矢が出演しました。わたしは時々この番組を見ていますが、クラシックに近い歌唱法で演歌・歌謡曲を合唱するとミスマッチぎりぎりのところで不思議になじんでいることがうれしくなります。
 とくに島津亜矢が歌った「柔」は、「うたコン」などでの歌唱とはちがい、ピアノの伴奏と合唱だけのアレンジも相まって、とても新鮮に聴くことができました。この歌に限らず、天性の透明でやや硬質の声を持つ島津亜矢はアカペラに近い形で歌うと素晴らしいものがあります。また合唱のゲストボーカルとして歌う場合、彼女がバックの合唱に注意深く耳を傾けながら歌っていて、本来メロディアスとは言えないこの歌のメロディを奥底から引き出した歌になっていました。
 二曲目の「りんご追分」は、「柔」以前の美空ひばりの最大の魅力だった日本の土着ブルースの代表曲ですが、合唱によってを解体され、再構築された歌を、島津亜矢は戦後のラジオからこの歌が流れた時代の記憶の破片を拾い集めるように、一段と丁寧に歌いました。
 この歌を聴き、日本のビリー・ホリデイとも言われたブルースシンガーでありながら、これぞ日本の歌としかいいようがない美空ひばりの広大な音楽の荒野に島津亜矢は導かれているのだと思いました。
 孤独を恐れぬ心が足を踏み込むその荒野には、心臓の鼓動から生まれた愛の歌と、戦火の後の悲鳴が降り注ぐ独特のこぶしと節回しが満ち溢れていることでしょう。
 そして、世界の音楽の系譜にまだ記述されていない美空ひばりの悲劇を受け取り、西洋音楽に支配されてもなお底流に流れる日本の音楽、「柔」に閉じ込められてしまった美空ひばりの音楽、現代演歌の彼方に隠れている1950年代の歌謡曲を解き放ち、「新しい日本の歌」(それを島津演歌と呼んでもかまわないのですが)を生み出す歌姫として、島津亜矢はその荒野の入り口に立っているのでしょう。

 たしかに、島津亜矢はいまかつてない大きな波の上にいることはまちがいありません。2年連続の紅白出場と中島みゆきトリビュートコンサート出演、NHK「SONGS」出演、そしてマキタスポーツの後押しからTBSの「金スマ」に出演したことなど、話題に事欠かずまた矢継ぎ早の露出は、島津亜矢を大きく認知させるのに十分でした。
 そうした番組出演により、天海祐希、古舘伊知郎、中居正弘、大竹しのぶなど、芸能界をけん引する多様な人たちと出会えたことはこれからの活動に大きな果実をもたらすことでしょう。とくにTBSの人気番組「金スマ」の波及効果は大きく、アカペラでポップスのさわりを歌っただけでポップスのアルバム「SINGER」シリーズが爆発的に売れ始めたほか、新曲の「心」もヒットチャートをにぎわしています。
 ここ数年の地道な努力がやっと報われ、一ファンとしてこんなにうれしいことはありません。もちろん、そのぶんだけ今までとちがうプロデュースが問われるようになり、売れたら売れたで悩ましいのがこの世界です。とくに、島津亜矢のようにレンジの広い歌手ほどほんとうに難しいと思います。
 ともあれ、ひとつの安全策としていままでの路線に沿った新曲「心」を発表し、大賞を獲得した「独楽」のように日本作詩大賞へのノミネートに期待が高まります。
 あとひとつ、星野哲郎の教え通り迷ったときは原点に戻るということで、身も心も引き締めて、いわゆる「演歌の王道」へとハンドルを戻したとも言えるでしょう。
 新歌舞伎座のコンサートでも原点回帰の姿勢が鮮明でしたし、それはそれで意味のあることでしょう。
 わたし個人の思いから言えば、島津亜矢にふさわしいもっと大きくて深い歌が生まれないものかと思っています。そのためにはいままでと違う、また新しい出会いが用意されなければならないのでしょう。

島津亜矢「リンゴ追分」 

島津亜矢「心」 

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