争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2017.06.22 Thu 単なるコラボではない、アートが音楽を奏で、音楽がアートを描く 鬼武みゆき&渡辺亮の音絵物語 桜の庄兵衛ギャラリー

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 6月18日、「桜の庄兵衛」で開かれたコンサートに行きました。
 何度か紹介していますが、大阪府豊中市にある「桜の庄兵衛」さんは江戸時代から続く由緒ある建物で、1995年の阪神淡路大震災で一部が崩壊し、その修復にあたって文化の発信拠点として開設されたギャラリーです。
 そこには、江戸時代から地域のコミュニティを支えてきた先祖代々の思いを現代によみがえらせ、古いものと新しいものが融合された空間で質の良い文化を届けたいという当主の願いとそれに賛同するボランティアの方々の熱い思いが感じられます。
 大きな門から庭に入ると、四季折々の花や木が差し込む光と影にゆれ、大広間は昔の風情ただよう大きな柱と梁と白い障子戸、高い天井から暖かいライトがやさしくわたしたちを迎えてくれます。
 何年もの間奏でられた無数の音たちが幾重にも重なるこの空間は、また新しい記憶をたたむために静かにその時を待っているようでした。
 今回は「青田を渡るはつ夏の風コンサート」と題して、ピアノの鬼武みゆきさんとパーカッションの渡辺亮さんによる「Station to Station~音絵物語~ Vol.4」という少し変わったコンサートでした。

 開演時刻となり2人が登場すると、さっそく演奏が始まりました。軽快なピアノとパーカッションの掛け合いから二人の音楽に対する貪欲な姿勢と、限りない明るさと楽しさが伝わってきました。
 曲が終わり、鬼武さんがこのコンサートについて説明してくれました。
 画家でもある渡辺さんの絵からインスピレーションを得て彼女が作曲したり、彼女の曲から渡辺さんが絵を描いたり、またそのテーマについても偶然も味方にしたひらめきから、半ば即興に近い感じでお互いを刺激しあいながら表現し、その創作過程までも稀有な物語としてお客さんと共有するといった、どちらかというとアートイベントに近い冒険の場に観客のわたしたちは立ち会うことになります。
 実際のところ、聴く前はイージーリスニングに近い感じがして少し物足りないかなと思っていたら、とてもディープで複雑な迷路を駆け巡る爽快感がありました。というのも、ジャズであれなんであれ、音楽は悲しい事や楽しい事、切ないことやうれしいことを時間というキャンバスに染めていく物語性(タブロー)から抜け出せないところを、二人が作り上げる表現は創作過程・メイキングとしてすでに物語はあらかじめ届けられていて、わたしたち観客は二人に案内されながらその創作プロセスを後追いする、時間差ライブといっていいような不思議な体験をすることになります。
 鬼武さんのピアノが二人の創作プロセスを渡辺さんの絵画といういわば図形楽譜をたどって演奏し始めると、それを聴きながらわたしたちは渡辺さんの小さなキャンバスに描かれたタブロー画の中に体と心が吸い込まれ、いつの間にか二人の創作空間に迷い込むのでした。
 音楽を聴くだけでもなく、絵画を観るだけでもなく、また数々のワークショップで繰り広げられ、もてはやされるアートと音楽のコラボでもなく…、この感覚って何?
 わたしは演劇体験によく似ていると思いました。もちろん、演劇にしてもシナリオもなく物語性もないアートに近い演劇から、物語性を極限にまで広げる唐十郎などの芝居まで多種多様で一概には言えないのですが、鬼武さんのピアノと渡辺さんの絵が化学反応する刺激的で危うい空間に迷い込んだわたしたちは、二人が語る物語をたよりに暗闇の向こうに光る出口を探し求めるのでした。
 それは、下世話な例えで言えばお化け屋敷のようで、ピアノとパーカッションに導かれ暗闇の迷路をさまよった果てに会場の椅子に座る自分に立ち戻った時、この稀有な体験はあたかもわたし自身がその創作プロセスにかかわっていたような充足感とともに、この時この場に立ち現れた不思議な物語が遠い昔に体験したはずの記憶のように刻まれていることに気づきます。
 たとえば鬼武さんがフランスの世界遺産・モン=サン=ミシェルを訪れた時、まだ観光客が押し寄せる前のひとときの時間を修道院へと歩き、神の贈り物としか思えない一瞬の風景を日本にいる渡辺さんに伝えると、渡辺さんもまたその時の風景をイメージした絵を描いていたというエピソードを紹介してくれました。
 そこから生み出された少し長めの楽曲を聴きながら、一度も行ったことがなく、またこれからも訪れることはないはずのフランス西海岸・サン・マロ湾上に浮かぶ島とその上にそびえる修道院の風景が、風の粒のような鬼武さんのピアノの音たちと、全体のフレームを一枚のキャンバスに釘打ちする渡辺さんのパーカッションとともに、わたしの心に焼き付けられました。
 また、木々や花々に舞い降りる雨粒がきらきら輝くのを見て振り返ると虹がかかっていて、その虹から雨粒のきらめきを感じてつくった「レイン」という曲を聴き、わたしはずっと以前のある体験を思い出していました。
 それは、26歳も年下の友だちが、あることで深く傷つき人間を信じられなくなっていた時の事でした。わたしは少しでも元気になってもらいたいと願い、京都に連れ出し哲学の道を2人で散歩していました。まだ冬の終わりといった季節で、桜はつぼみをかたくとじていましたが、その日は雨で桜のつぼみや先端の小さな枝に雨粒が無数にとまり、きらきら光っていました。それはほんとうに小さな宝石のようにきらきら輝いていて、わたしたちははじめて見た雨粒の奇跡に感動しました。
 生きることの喜びを少しだけ、友だちが感じてくれた出来事でした。
 それにしても、鬼武さんのピアノも渡辺亮さんのパーカッションも見事な演奏でした。わたしは不明にもお二人ともこのライブではじめて知ったのですが、お二人とも素晴らしいプレーヤーであることはもちろんのこと、その前にお二人とも芸術の狩人と言っていいでしょう。
 そしてこのコンサートは、音楽を通して二人の深い信頼関係とともに、桜の庄兵衛さんとの信頼関係がなくしては実現しなかった珠玉のライブだったことを報告します。

 今回のライブには箕面の友人2人とピースマーケット・のせの実行委員の友人と4人で行きました。一緒だった友人もとても喜んでくれて、うれしく思いました。
 毎回、ジャンルを越えていつもわたしの知らないアーティストばかりのライブなのですが、おどろきと感動をもらえる桜の庄兵衛さんのプロデュースには脱帽です。
 次回はまた、クラシックの演奏会が8月にあるそうで、また友人を誘っていきたいと思います。

雲列車(ウタウ葦笛ライブ)

渡辺亮 「河の色」 渡辺かづき(Piano)

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2017.06.20 Tue 奪い合うより助け合い、疑うよりは信じあえる社会

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 共謀罪法案(「共謀罪」の成立要件を改めたテロ等準備罪を創設する改正組織犯罪処罰法)が6月15日早朝成立し、7月中に施行されることになりました。
 これからの日本社会の行方を大きく決めてしまう重要な法案を、国会の最大の役目である徹底議論をさけ、目前の政局とスキャンダル封じのために数の論理で押し切ってしまった政府・与党の暴挙は、それを許してしまったわたしたち国民すべての過ちとして、次の時代を担う子供たちの未来に取り返しのつかない傷跡を残してしまいました。
 政府は「共謀罪」の創設が2000年11月に国連総会で採択された「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」に批准するための措置であり、また東京オリンピック・パラリンピックを前にしてテロや犯罪防止に必要としています。
 しかしながら、条約の批准に「共謀罪」が必ずしも必要でないことが明らかになりましたし、また共謀罪の法を持つイギリスやフランスで多発するテロを防げなかったことをみても、この法律でテロが防げると本当に政府と与党が信じているとは思えません。
  「共謀罪」とか、「組織的犯罪集団」と聞けば、ほとんどのひとがその対象に自分がなることはなく、反対に政府が説明しているように「わたしたち一般市民をテロや犯罪から守ってくれるありがたい法律だと思われるかも知れません。
 しかしながら、わたしたちの身の周りで起きる理不尽なことは、なにも暴力団やテロ集団だけが起こすとは限りません。むしろ原発事故で今もまだ避難生活を続けるひとびとへの偏見や差別、米軍基地や自衛隊の基地を配備し沖縄を「国を守る」ための前線基地にしてしまう国家、森友学園や加計学園問題の数々の疑惑に応えることも明らかにすることもせず、真実を伝えようとするひとびとを愚弄し人格攻撃をする政府…、
 昔流行った鶴田浩二の歌ではありませんが「何から何まで真っ暗闇だ」と叫びたくなる理不尽な出来事が日常茶飯事となってしまっている現実があります。
 もちろん、すべてのひとが平和で豊かで幸せに暮らせる社会を実現するには遠い道のりを必要とするのかも知れません。しかしながら、わたしたちそれぞれが抱える問題は個別であるとともに、形はちがえども他のひとびとが抱える問題と重なっていることもまた、わたしたちは知っています。人類史上最大の死者と最悪の被害を出した第二次世界大戦の教訓から、日本社会も国際社会も暴力ではなく話し合い、奪い合うよりも助け合いによって平和で豊かな社会をつくりだす努力を積み重ねてきたことも真実ではないでしょうか。
 その道は時には行く手をはばむ霧に覆われ、寸断されることもたびたびありましたが、それでも一筋の光を求めて這い上がり、手をつなぎながら生きる大切さをわたしたちは学びました。
 戦時中の治安維持法のもとで隣同士や家族まで「信じること」より「疑うこと」を押し付けられ、国が認める人間にならなければならなかった先人たちの切ないメッセージこそが、曲がりなりにも戦後の民主主義を支えてきたのだとわたしは思います。

 ミシェル・フーコーは、「監獄の誕生~監視と処罰~」の中で、近代に入ると罪人の身体への直接的な体罰から、「罪人を隔離し、教育しなおす」という監獄のシステムが誕生したと書いています。そして、監視と矯正、調教というシステムは近代教育に適用され、犯罪を犯さず、社会に有用な人間に調教することを学校教育に求めるようになりました。
 フーコーはまた「狂気の歴史」で、社会に適応しないひとびとをかつてのように「阿呆船」に乗せて追放するのではなく、社会の周辺に精神病院をつくり、病者だけでなく政治犯や社会に適応できないひとびとを監視、調教するようになったと書いています。
 最近、朝日新聞でも取り上げられましたが、フーコーは近代の管理システムの起源をパノプティコンに見い出しました。
パノプティコンとは、イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムが理想として設計した円形の刑務所施設で、フーコーはその仕組みを次のように説明しています。
 この刑務所の構造は中央に監視塔を設け,その周囲に円状の収容施設を配置します。囚人は他の囚人とたちきられ、常に監視者に姿をさらしているのですが、自分の方から監視する人間を確認できないようにされています。
 そこには監視する者を必要とせず、「いつも監視されている」と囚人が思うことで服従する究極の監視体制が実現できるのです。
 共謀法や通信傍受法、特定秘密保護法など、国を守るためとか、犯罪から一般市民を守るという名目で国家が個人を疑い監視する社会では、国家が監視することよりも、わたしたち国民自身が「助け合う」ことよりも「うたがう」ことによって分断され、疑心暗鬼の不安と恐怖にさいなまれる、社会全体のパノプティコン化と言えるでしょう。
 ほんとうに恐ろしいのは国家の暴力ではなく、その暴力のもとで身をかがめ、わたしたち自身が監視しあい、自分らしく生きることに絶望してしまい、いつのまにか「国家に守られるべき善良な国民」の側にしがみつくことにあくせくするようになることだと思います。
 ここまで突き進んだこの政権がやり残したことは、憲法を変えることだけでしょう。読者のいない小説、観客のいない一人芝居、相手のいないボクシング…、最後は強行採決で決めてしまえる圧倒的な力を持ってしまった孤独な政権は、助けてくれる友も相談できる友もないまま、1億2674万人の「自分らしく生きることを放棄した」わたしたちをどんな暗闇へと案内してくれるのでしょうか。
 政権末期に特有の数々のスキャンダルによって政権交代がなされてきた自浄作用が利かなくなってしまった今、国民の声が断末魔となり、かき消されてしまう前に立ち止まり、国家もわたしたちも殺戮と弾圧を繰り返してきた世界の歴史から学ばなければならないと思うのです。

「どんなに自由をうばわれても人間には最後にひとつだけ自由がのこる。それは自由になろうとする自由です。」(竹中労)

天童よしみ「風が吹く」(作詞・竹中労)

中島みゆき「異国」

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2017.06.14 Wed 島津亜矢「いのちのバトン」と「夜がわらっている」

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 新歌舞伎座の感想の続きを書く前に、11日の「NHKのど自慢」と13日のBS-TBSの「名曲アルバム」に出演した島津亜矢について、少し書いてみようと思います。
 たしかに新歌舞伎座公演の頃から喉の調子があまりよくないと本人もブログに書いていることもあり、様々な感想が寄せられています。いつもより声量もなく、また少し緩慢な様子だったとか、周りに気を使って抑えめにしたとか、新曲「心」が発売されることで、キャンペーンとしてはこの歌と別れることへの感傷など…。
 わたしはここ最近まで音楽番組から遠ざかっていたことや、新歌舞伎座の時もすこぶる音響がよくなかった3階席でしたのであまりそのあたりの事情には疎く、反対にかなり素晴らしい歌唱だったと思っています。
 彼女の若い頃は聴く者が聴き入り、沈黙してしまうほどの圧倒的な声量と歌唱力が魅力でしたし、それを否定するつもりはありせんが、大人の女性となり数々のステージと座長公演を経験し16歳からの歌の道を経た今、島津亜矢の歌は大きく進化していることをあらためて実感します。
 それは、たとえばたくさんのひとに届く歌を歌いあげるのではなく、たくさんのなかのひとりひとりに届く歌を歌い残すことができるようになったことです。生身の人間ですから体調や声の調子が悪い時も必ずあり、そんなときでも最高のパフォーマンスをお客さんに届けようとする姿勢は若い頃も今も変わりませんが、ライブの時はもとより音楽番組に出演していても彼女は観客のひとりひとり、視聴者のひとりひとりに語りかけていると感じます。それは彼女の視線だけでなく、歌う言葉もしぐさも、まさにひとりひとりと握手し、ひとりひとりの顔を見ているように錯覚してしまいます。
 何度も書いてきましたが、座長公演の演劇体験によってもともと持っていた彼女の感性がよりとぎすまされたのだと思います。それまで高い評価を得てきた「名作歌謡劇場」がモノローグから相手が見えるダイアローグへと大きく豊かな表現に変わったように…。
 ともあれ様々な事情が本当であったとしても、それよりもわたしは今まで新曲として少し力が入るきらいがあった「いのちのバトン」がメリハリの利いた物語となり、親が子に託す願いがしみじみと伝わる歌唱だったと思います。
 今年は「いのちのバトン」に引き続き、「心」を発売することになりましたが、「いのちのバトン」がポップス調なので本来の演歌路線の新曲を出すことになったともいわれています。わたしは島津亜矢の露出が増えてきた中で、このチームがポジティブにもう一段の勝負をかけたのだと思っています。そもそも、「いのちのバトン」はわたしも当初ポップスと思っていましたが、よく聴きこむと演歌そのものなのではないでしょうか。
 来年のことはわかりませんが、できれば年の初めは本来の演歌・歌謡曲で、あと一枚を縁ができた中島みゆきや桑田佳祐、今活動休止中の水野良樹、あるいは以前に提供したもらった小椋佳に「山河」のような大きな曲か、「函館山から」のような珠玉の抒情歌を提供してもらい、発表してくれたらいいなと思います。

 13日のBS-TBSの「名曲アルバム」は時々見るのですが、BS日テレの「心の歌」のフォレスタとちがって、大学のサークルもふくめてアマチュアの合唱団がいろいろなジャンルの歌を歌います。そして、合唱団に交じってプロの歌手が何曲か歌うのですが、今回は星野哲郎特集で、島津亜矢と天童よしみがサプライズ出演し、島津亜矢は「感謝状~母へのメッセージ」と、「夜が笑ってる」を、天童よしみが「風雪ながれ旅」を歌いました。
 わたしの子どもが大学の時に合唱サークルに入っていて、定期演奏会に何度か行くことがあり、合唱の素晴らしさをはじめて知りました。
 この番組のように演歌を合唱するというのはめったにありませんが、不思議にどの曲も合唱曲として聴くことができました。とくに島津亜矢の「感謝状~母へのメッセージ」は、いつも聴き慣れているアレンジとちがい、合唱曲ならではのアレンジがかえって弦哲也の曲を引き立たせていましたし、何よりもポップスなどで培った島津亜矢のナチュラルな歌唱と稀有の声質が合唱とよくマッチしていて、いつもはべたに聴こえる星野哲郎の歌詞がより深く心に届きました。
 2曲目の「夜がわらっている」は「君の名は」、「黒百合の歌」が空前のヒット曲となった織井茂子の1958年の楽曲です。この時代の歌謡曲は歌唱力と有り余る声量で人気を博した歌手がたくさんいて、その中でも織井茂子の圧倒的な歌唱力は子どもながらによく覚えています。島津亜矢の「黒百合の歌」は貴重な映像が残っていて、その熱唱がたくさんの人々に驚きと感動を与えてきたことを物語っています。
  「夜がわらっている」には、わたしは少し違和感を持ちました。
 島津亜矢のカバー歌唱の特徴は、たとえばオリジナル歌手がペースメーカーとして並走するマラソンランナーのように、リスペクトをこめて最初はオリジナル歌手がその楽曲を受け取った時と同じところにたどり着きます。そこから先、オリジナル歌手がレースを離れた後にはじめて彼女独自の歌の解釈で、その楽曲が生まれた時代の風景とその時代の人々が抱きしめた夢までも解きほぐすように歌い、オリジナルを損なわないまま現代の歌としてよみがえるのです。
 もちろん、その歌い方だけがベストではなく、さまざまなアプローチでオリジナルをよみがえらせるカバーの達人と言われる歌い手さんがたくさんいます。
 その中でも、ちあきなおみのカバーは絶品で、彼女は最初からオリジナルとはかけ離れたところから独自の解釈と表現力で、オリジナルの歌が生まれたところに到達しています。
 今回の「夜がわらっている」は、どちらかといえばちあきなおみのアプローチに似ているなと思っていたところ、ちあきなおみの「夜がわらっている」を聞くと、かなりよく似た歌になっていました。
 島津亜矢にしてもひとつのアプローチに限ることもなく、「夜はわらっている」の歌唱はちあきなおみや浅川マキの表現力や歌の解釈を学ぶきっかけになるのかも知れません。
 それにしても「男はつらいよ」や「さようならは五つのひらがな」、「黄色いさくらんぼ」、「風雪ながれ旅」など星野哲郎の歌を合唱で聴くと、歌詞に込められた繊細な心情が見事によみがえりました。

島津亜矢「夜がわらっている

織井茂子「夜がわらっている」

ちあきなおみ「夜がわらってる」
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2017.06.12 Mon 青田を渡るはつ夏の風コンサート 桜の庄兵衛ギャラリー

 大きな門から広々とした土間を通り、庭につづくギャラリーの大広間に入ると昔の風情ただよう大きな柱と梁と白い障子戸、見上げると高い天井から暖かいライトがやさしく会場を包んでくれます。
 「桜の庄兵衛ギャラリー」に入るだけで心があらわれる気持ちになり、これから始まる演奏への期待を膨らませてくれます。
 桜の庄兵衛さんの会場も、企画されるひとたちも、演奏されるひとたちも、それを聴く人たちも、いままさに音楽が立ち昇る瞬間に立ち会い、一体となって音楽を楽しめる場、それが「桜の庄兵衛ギャラリー」だと思います。
 今回のコンサートにも、期待が膨らみます。

青田を渡るはつ夏の風コンサート
「Station to Station」~音絵物語~ Vol.4
鬼武 みゆき(作曲、ピアノ)
渡辺 亮(絵、パーカッション)
会場:桜の庄兵衛 (大阪府豊中市中桜塚2-30-35)
時間:<昼の部>開演13:00 <夜の部>開演16:30
料金:¥2,500
問い合わせ:06-6852-3270(桜の庄兵衛)

「Station to Station」第4弾!!
渡辺亮さんは、パーカッショニストですが、素晴らしい絵描きでもあります。
ただの絵と音楽のコラボではありません。
作品には、必ず時間の経過があります。そんな作品の裏側を、作品が生まれて来る経緯を様々な形で紹介したり、絵に香りや音が聞こえてくるように、音楽にも絵や、ストーリ−が見えてくる、それらをもっと具体化して皆さんの心に届けたい。子供たちだけでなく、大人の皆さんにも、日常が、もっと楽しくなるような、アートの世界からの贈り物、、、
曲は、全曲、書き下ろしです。乞うご期待!
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2017.06.08 Thu 流行り歌より聴きたい歌 新歌舞伎座・島津亜矢コンサート2017

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 6月6日、「島津亜矢コンサート2017」を観に、大阪新歌舞伎座に行きました。
 昨年秋のフェスティバルホール以来のライブで、なぜかとても懐かしく感じました。今までも年に2回程度しか行ってなかったので、懐かしく感じたのは月日のせいではなく、この半年余りの間地域のイベントと友部正人コンサートの準備で音楽番組も見逃してしまうほど、島津亜矢に限らず友部正人以外の音楽から少し離れていたことを告白しなければなりません。
 実際のところ、演歌(今の演歌)があまり好きではないわたしが島津亜矢のファンになったのは、2009年、仕事の関係でベトナムでの暮らしが長かったわたしの親友・Kさんが肺がんとわかり、治療に専念するために大阪の病院に入院したのがきっかけでした。
 病室で聴くCDを届けようと、Jポップか若い頃に熱中したビートルズかクイーンにしようかと本人にたずねると、「島津亜矢」を持ってきてくれと言いました。
 妻の母親と同居するようになって、今までミュージックステーションしか観なかった私は演歌・歌謡曲番組の「歌謡コンサート」や「BS日本のうた」を観るようになり、島津亜矢もこれらの番組で知りました。当初は声量があり元気のいい歌手というイメージだけで、ほとんど彼女の歌が心に届くことはありませんでした。
 Kさんに「島津亜矢」と言われた時、病に侵され病室で死への恐怖に耐えながらベッドに横たわる彼の姿と、遠く離れたベトナムに届くNHKの衛星放送で島津亜矢を聴く彼の姿が重なり、わたしは涙を隠しました。
 「死ぬのが悲しいのは、自分の愛する家族や友人と別れなければならないからや」と、専門病棟の談話室でぽつりと言った彼の言葉が、わたしとの最後の言葉でした。

 彼の病室に届ける島津亜矢の何枚かのベストアルバムを聴いているうちに、彼がなぜ島津亜矢を好きになったのか、わかったような気がしました。
わたしは歌には「聞こえてくる歌」と「聴きたい歌」のふたつの種類があると思います。
 海外勤務で、またそんなにネットにくわしくはない彼にとって、「歌謡コンサート」は日本の流行歌の数少ない情報源だったのでしょう。日本国内では流行り歌を紹介したり人気歌手が出演する代表的な番組とは言い難く、どちらかと言えば時代錯誤ともいえるこの番組をささやかな楽しみにしているひとは、彼のみならず海外で暮らす日本人の中に少なからずいるのでしょう。
 日本の歌謡曲番組を通して、懐かしい故郷の風景や日本の四季や日本に住む人々とつながろうとする気持ちは、阿久悠の歌にあるように「流行り歌などなくていい」のです。
 海を隔てた彼の遠い心にまで届く歌は、かつての日本の路地裏に流れる流行り歌のような「聞こえる歌」ではなく、その歌の心とつながり、歌を必要とする心に届く「聴きたい歌」だったのではないでしょうか。そして、島津亜矢の歌はそんな彼の心の辺境に届いたのだと思います。
 島津亜矢の歌と出会った事情から、わたしは彼女をどうしても演歌歌手という枠の中でのみとらえることができませんでした。また、わたしの欲求にこたえてくれるように、彼女は演歌という極北の地からワールドミュージックの海へと、たくさんの冒険をしてきました。Jポップをはじめ、ジャズやブルースやシャンソンなど、バラードに偏りすぎる傾向はありますが、演歌歌手の常識を超えた歌唱が年を追うごとに各方面から絶賛されるようなりました。今回のコンサートでもホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を圧巻の歌唱力で歌い上げ、会場を魅了しました。
 しかしながらわたしは、島津亜矢の本当のすごさはジャンルにかかわらず、また歌唱力や豊かな声質と声量にのみあるのではなく、歌をほんとうに必要とする心に届く「聴きたい歌」を歌うところにあると思っています。ですから、どんな歌も彼女にとっては、大げさな言い方ですが人類の長い歴史の中でひとが抑圧され、時には歌うことを押し付けられ、時には歌うことを禁じられながら、それでも歌いたい、届けたい、伝えたいと願う大切なたからものなのだと思います。彼女の歌手人生を振り返ればそのたからものをいとおしみ、自分の心と身体をありったけ震わせながら歌いつづけた31年だったと思うのです。
 ここ最近、時代が彼女に追いつくようにあきらかに認知度も上がっていると思うのですが、どちらかといえばポップス歌手を凌駕する圧倒的な歌唱力が評価されるようになったと感じます。
 既成の演歌枠でも少しは動きがありますが全体としては相変わらずで、ほとんど音楽的な冒険とは程遠い鬱屈したプロデュースと手垢のついた構成演出で、少ない演歌ファンを取り逃がさないことに汲汲としていると言えば反論が来るでしょうか。
島津亜矢がのびのびとその稀有の才能を生かし、同時代を生きるたくさんの人々のディーバになることを夢見ると、どうしても演歌以外に活路を見出したいと思ってしまいます。
 なぜなら、島津亜矢の存在を知らなかった人が彼女のポップスを聴けば、圧倒的に人口の多いポップスファンを魅了することは間違いなく、事実そのようにしてポップスファンでありながら彼女のファンになる人が増えてきていると実感できるからです。
 しかしながら、その一方でかつては一世を風靡した演歌・歌謡曲がこのまま滅びてしまっていいのかと思う気持ちもまた、膨らんでくるのです。
 わたしは島津亜矢を知ってから美空ひばりをきちんと聴くようになりましたが、美空ひばりは歌手ではありましたが例外を除いて歌作りはしませんでした。しかしながら、彼女の歌手としての途方もない才能が同時代の歌作りの達人を刺激し、彼女が歌うことで完成する冒険を続けました。その結果、亡くなってもなお美空ひばりという巨大なプロジェクトが現役の歌手たちによって進化しているといっていいでしょう。
 わたしは島津亜矢が、とても不幸な形でそれを受け継ぐ数少ない歌手の一人だと思うのです。美空ひばりの場合はレコードのヒットによってスターであり続けましたが、島津亜矢の場合はほとんど絶滅種といわれる演歌・歌謡曲のジャンルでいわゆるメガヒットが出る可能性は少なく、といってこじんまりとその世界で安住するには才能が大きすぎて、いまはまだ歌のつくり手がどんな曲を提供したらいいのかわからないといったところだと思います。その生みの苦しみは、まだ当分つづくことでしょう。
 ですから、島津亜矢はまだ姿かたちが見えない「新しい演歌」、「島津演歌」をけん引するディーバとしての行方を定める方が本当なのかも知れないと思う気持ちもあるのです。
 そんなことを想いながら今回のコンサートに臨んだのですが、なんと島津亜矢は「初志」というタイトルをひっさげ、かたくななまでに16歳の少女から46歳の女性になるまでの間、恩師・星野哲郎の薫陶よろしく彼女が何度も振り返り修正して来た道にまた、戻ってきたのでした。これだけ幅広いレンジを持ち、歌唱力を越えた豊かな表現力を身に着け進化し続けながら、「演歌桜」から「なみだ船」、そしてかつて演歌少女として歌った「出世坂」を、まったく違った解釈と表現による「新しい演歌」としてよみがえらせたのでした。
 この時点で胸に突き上がるものがありましたが、今回のコンサートはとても地味なステージでしたが、31年目の島津亜矢がこれからの歩く道を決めた静かな覚悟と潔さにあふれたコンサートで、わたしにとって2011年2月にはじめて行ったコンサートとともに忘れられない思い出になることでしょう。
 あと少し、このコンサートについて書こうと思います。(つづく)

島津亜矢「出世坂」(16才)
演歌の天才少女といわれた16歳の島津亜矢はすでに演歌・歌謡曲が時代の袋小路へと追いやられていた頃に、その荒波に抗うようにひたむきに「演歌」を歌いつづけました。しかしながら、無理もありませんがそれは演歌のエチュードでしかなかったのかも知れません。

島津亜矢「出世坂」(2014年)
2014年、成熟した女性となった彼女が歌う「出世坂」はまったくちがう歌になっていました。もちろん、16歳の歌がよいと思う気持ちもありますが、彼女の場合、ナツメロになるのではなく、まったく新しい歌として今の彼女が獲得している全ての表現力でこの歌を歌っています。そのため、その頃でも時代錯誤と言われたであろう「出世」という言葉が、いまの方がまったく違和感がないとわたしは思います。星野哲郎がこの歌を「流行り歌」として提供したのではなく、島津亜矢に伝えたかった「歌のバトン」をこの歌に込めたのだと思うのです。

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