争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2018.04.11 Wed 予断を許しませんが今の対話への動きが広がることを願って、今年も「ピースマーケットのせ」を開催したいと思います。

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 「子や孫や次の世代のために誰も傷つくことのない平和な世界をつくりたい」と願う一人の高齢者住民の呼びかけから始まった「ピースマーケット・のせ」は2016年、2017年とたくさんの方々のご参加をいただきました。古来の市場(バザール)にならい、能勢の里山で平和を願うひとびとが集い、心と物と夢が行き交う市場(いちば)をつくりたいというわたしたちの想いを受け止めてくださった方々のおかげと感謝しています。
 今、世界では「より早くより遠く」と経済成長を夢見てひた走り続けた20世紀の町づくりから、「よりゆっくり、より近く」と成長なくしても「顔の見える心豊かな社会」へと、21世紀の町づくりのありようが模索されています。足元を見れば介護の手立ても移動手段もなくて外に出られないひと、心の疲れから家に閉じこもるひとも数多く、まずは暮らしの場でわたしたち住民が国や行政に頼るだけでなく、誰もが安心し、助け合って暮らせる町や村をつくりだすことが求められています。
 戦争のない平和な世界をつくりだし自然と共生する持続可能な社会をつくりだすことと、国籍や戸籍や障害や性的マイノリティなどで社会的少数者とされる人々の尊厳を守り、多様なひとびとが助け合って暮らせる地域をつくりだすこととは、深くつながっているのだと感じます。
 昨年からつづく朝鮮半島の緊迫した情勢の中、数多くの人々が心を固くし、不安と恐怖の夜を過ごしています。わたしたちもその例外ではありません。
 しかしながら、平昌オリンピックをきっかけに韓国と北朝鮮が話し合いのテーブルにつき、韓国特使団の平壌訪問をへて、南北首脳会談、米朝首脳会談が予定され、朝鮮半島の緊張緩和にむけての対話が実現しようとしています。さまざまな憶測が飛び交っていますが、わたしたちは北朝鮮もまた「朝鮮半島で誰も傷つかない、誰も傷つけない」という切実な願いを持っていることを信じたいと思うのです。
 一方で、世界で唯一の被爆を体験し、世界に先駆けて「二度と戦争をしない」と宣言し、東アジアの当事者としてなによりも話し合いで緊張を和らげようと呼びかけるべきわたしたちの国が、「圧力」一辺倒でアメリカの軍事戦略に積極的に参加し、北朝鮮の軍事力行使の標的となる道を選んでしまっていることに暗澹たる思いを持っているのは、私たちだけでしょうか。
 昨年、ややもすると「助け合いと話し合い」を願うこの催しをすることに心が折れそうになりましたが、予断を許しませんが今の対話への動きが広がることを願って、今年も「ピースマーケットのせ」を開催したいと思います。

PEACE MARKET・のせ2018
開催日:2018年5月20日(日)午前10時から午後3時30分
開催場所 能勢町淨るりシアター
内容:フリーマーケット、世界の民族料理、音楽、パフォーマンス国際NGO、環境NGOの活動紹介


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2018.04.03 Tue 能勢町の在宅医療が素晴らしい。

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 ひときわ寒かった冬の間、家族の一人も風邪にもインフルエンザにもかからずによかったと思っていた矢先に、91歳になる妻の母親が何度も吐き、高齢なので川西市立病院に搬送してもらいました。
 検査の結果、急性胃腸炎ということで入院しないでもよかったのですが、食べることも飲むことも受け付けず、ケアマネジャーさんの計らいで往診に熱心に取り組んでおられる能勢町東診療所のお医者さんに来てもらうことができました。
 これまではわたしたち夫婦が車の運転ができず、急病の場合は救急車に来ていただき、隣町の川西市立病院に搬送してもらい、何度も命を助けてもらいました。
 しかしながら、こちらとしてはそんなに気安く救急車に来てもらっているわけではありませんが、救急医療という形で病気の時の移動手段にもなっていたことは事実です。
 お医者さんからも周りの人たちからも、「老人施設に入ったら」というアドバイスを受けますが、認知症でもある母親をそのまま受け入れてくれる施設もそれほどあるわけではなく、お母さんの性格からも自宅で過ごす方がいいという判断で今まできました。
 何回もお世話になった川西市立病院の移転問題もある中、在宅医療の充実をめざして往診や訪問介護で持続的に自宅で過ごせることを担保できることは、何よりもありがたいと思っています。過疎地でもある能勢町で、車の運転もできないわたしたち家族が安心して暮らせる在宅医療の利用は願ってもないことです。
 東診療所のお医者さんはほんとうに素晴らしい人で、川西市立病院から取り寄せた母親の診療データをもとに丁寧に母親を診てくださり、これからの医療体制について相談してくれました。
 91歳という高齢では、風邪などから体調が急に悪くなるリスクが高く、定期的な訪問看護と往診で在宅での見守りがあり、その上で場合によっては入院と、スムーズな医療サービスが受けられるようになれば、不必要に救急車と救急病院のお世話になることもなく、お母さんもわたしたちも安心して暮らせます。

 そんな状況なので母親が大好きな桜も今年は楽しめないと思っていたのですが、妻の弟が介護車両のレンタカーを借りてやってきて、というのも母親の体調が悪くなる前に、花見に連れて行ってもらう約束をしていたためでしたが、せっかくだから猪名川町の日生中央近辺の桜を見にいくことになりました。
 母親はまだアイスクリームを食べるのがやっとの状態でしたが、なんとか現地にたどり着き、満開の桜を堪能しました、と言いたいところですが、母親にとっては迷惑そのものだったかもしれません。周りの自己満足としか思えない光景でしたが、それでもいままで何日もたってから「桜キレイやった」と言ったこともたびたびあったので、それはそれでよかったのかもしれません。
 私はと言えば10日ほど前から首が痛くてほとんど家で安静にしていましたので、久しぶりに外出したことと、あきらめていた花見もできて幸運でした。

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2018.03.31 Sat 島津亜矢の未曽有ともいえる音楽の鉱脈を発掘しようとする番組制作者たちの強い意志を感じた「UTAGE!」

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 ほんとうは島津亜矢のBS民放放送の美空ひばり特集からNHK「うたコン」の松本隆特集と、感動、興奮する音楽番組が続く中、何も書き残せないまま来ていますし、島津亜矢関連以外でも森友学園から財務省の決裁文書改ざんという、まさかまさかのとんでもない犯罪行為によってわたしたちの社会の未来を絶望させる事件のことや、猛スピードで進む朝鮮半島における対話路線について、またそれらとかかわる形で毎年開いている「ピースマーケット・のせ」のお知らせなどなど、筆力が弱っていることもあってなかなか追いつけずあせってしまう毎日です。
  それでも、たとえば3月29日のTBS「UTAGE!」での島津亜矢の圧倒的なパフォーマンスをまのあたりにすると心が騒ぎ、ほかのニュースソースを後まわしにしてこの音楽的大事件について書いておかなくてはと思うのです。
 前情報でケミストリーの川端要とのコラボと、宇多田ヒカルをアカペラで何人かで歌うと聴き、とても楽しみにしていました。
 「UTAGE!」が他の音楽フェスとちがうところはタイトルどおり、いろいろなミュージシャンが「宴会芸」という仲間内の芸を披露する場と設定することで、ジャンルの違いなどで普段ではあり得ない組み合わせが実現したり、普通のステージよりリスクのある音楽的冒険が可能になり、またそんな挑戦ができる人しか出場できないというところにあります。
 島津亜矢の場合、去年の秋の初出場を経て、今回は彼女のボーカリストとしての魅力を最大限に引き出そうとしている意図がわかります。そこには「金スマ」以後、芸能界に絶大な影響力を持つ中居正広の密やかな推薦があるのかもしれません。

 島津亜矢の異色のコラボの1曲目は槇原敬之の「遠く遠く」で、松本明子のピアノと島津亜矢のタンバリン、島袋寛子のパーカッション、高橋愛のカスタネットと、日ごろは演奏したことがない楽器を弾きながらの歌唱でした。わたしの興味はあの元SPEEDのメンバーで、そのたぐいまれな歌唱力で日本を代表するボーカリストとして活躍する島袋寛子とのコラボでした。SPEEDが音楽シーンをけん引していた時代、一体だれが島津亜矢と島袋寛子のコラボを想像できたでしょう。あたかも今、音楽のメインストリームに突如現れた(合流した)島津亜矢によって、時代は大きく激しく塗り替えられようとしているのだと思います。
  「遠く遠く」は槇原敬之の1992年発売のアルバム「君は僕の宝物」に抄録された楽曲です。1992年と言えばバブル崩壊直後で、まだわたしたちはその後の「失われた20年」の始まりとは思わなかった頃ですが、就職できなかった多くの若者がフリーターやニートとなり、就職氷河期世代と呼ばれ、彼らの生活・雇用の不安定さ、社会保障の負担が充分にできずにセーフティーネットから外れ、困窮する状態に陥るなど、大きな社会問題となっていました。
 この歌は地方から東京に出てきた若者の不安を隠した切ない心情と、かすかな希望と夢を繊細につづった名曲で、かつては「ああ上野駅」のように歌謡曲が人々の心情を代弁したものですが、今の時代は演歌・歌謡曲ではなく、槇原敬之に代表されるJポップが得意とする分野で、それだけをとっても今の演歌がいかに若い人たちの等身大の共感を得られていないかを証明しています。
 島津亜矢は出自の演歌・歌謡曲のジャンルでは実現しない音楽的冒険を共に担う共演者とのコラボを楽しみながら、この歌のもっとも切ない物語を語るように歌いました。
 2曲目はケミストリーの川畑要とのデュオで、コブクロの「桜」を熱唱しました。昨年の秋にケミストリーの堂珍嘉邦と「美女と野獣」を歌い、びっくりさせた島津亜矢ですが、この番組は相棒の川畑要とコラボするとどんな化学反応を起こすのかを実験してみたかったのでしょうか。はてまたわたしの我田引水的推理によれば、川畑要もまた堂珍嘉邦とのコラボを聴き、彼の音楽への限りない好奇心と冒険心を駆り立てられ、島津亜矢との競演を楽しみにしていたのではないかと思います。
ケミストリーの中でも川畑要は特にその音楽性向もそれをささえる思想的にもR&Bに傾倒していて、わたしはこのコラボが島津亜矢が心の底にあるR&Bに目覚める大きなチャンスと見ていました。
 実際のコラボは見事なもので、川畑要が素晴らしかった。ややもすれば遠慮がちになる島津亜矢にリードボーカルを任せきったハーモニーが絶妙でした。コブクロの「桜」が黒っぽいR&Bのサウンドになりました。川畑要が「島津亜矢と競演してみたい」と思ったという私の妄想もそれほど外れていなかったのではないでしょうか。
 島津亜矢のファンとしては、これで役者がそろい、ケミストリーの産みの親でもあり、島津亜矢を高く評価する松尾潔氏のプロデュースでシングルでもアルバムでも作っていただけないかと切に思います。現に松尾潔氏は少し前なら坂本冬美に、最近は山内惠介にも楽曲を提供していますが、島津亜矢とケミストリーのためならかなり刺激的な音楽が生まれるはずです。
 そして、3曲目は宇多田ヒカルの「First Love」を、実力派の女性ボーカルグループ・Little Glee Monsterのかれんと、高い歌唱力を評価されているBENIという贅沢なコーラスに、高橋愛のベース、AKB48の峰岸のボイスパーカッションという異色の組み合わせによるアカペラ演奏のリードボーカルを披露しました。
 昨年の秋はまだ少しぎこちなさが残っていましたが、今回2度目の出演となる島津亜矢は完全に心が解放されているように感じました。この番組ではすでに彼女が演歌歌手であることよりも実力派の女性ボーカリストとして受け入れていられて、実力派の女性ボーカリストに囲まれた島津亜矢が、彼女たちとの競演によってさらなる音楽の高みにたどり着く瞬間に立ち会えた幸運に恵まれたことに感謝以外ありません。
 3曲目ではっきりとわかったのですが、島津亜矢はJポップのゆりかごのような「UTAGE!」という番組の中で、音楽が生まれ育つ場をけん引する「覚悟を決めた」のだと思いました。演歌・歌謡曲のジャンルの番組では以前はどこか遠慮がちで表情硬くしていて、閉鎖的なフィールドで思う存分声を出すことすら憚れる時代があったように思います。それに引き換え、「UTAGE!」では、彼女の才能を無条件に受け入れ、他の才能のあるボーカリストとの競演から、彼女の未曽有ともいえる音楽の鉱脈を発掘しようとする番組制作者たちの強い意志を感じるのです。それにこたえようとする彼女の才能と好奇心とまじめさは、この番組と周りの出演者と視聴者に期待以上の豊穣な音楽を届けてくれたのでした。
 しかも、わたしがかねてから願い続けた宇多田ヒカルのカバーであったことに、涙が出るほどうれしく思いました。というのも、わたしは以前より宇多田ヒカルは島津亜矢のかなり近いところにいるアーティストで、彼女のつくる音楽は日本の演歌の最も無垢で純粋なところでつながっていると思っていて、R&Bを根底に持つ島津亜矢なら、宇多田ヒカルの数あるカバーがほぼポップス調であるのに対して、ソウルやブルースのにおいのするカバーにしてくれると思っていました。今回のコラボでは思ったとおり、かれんとBENIの最高のコーラスにも助けられ、素晴らしい歌を披露してくれました。
 ここでもファンの一人として、ここまで演歌とR&Bを近づけられる稀有の歌手・島津亜矢に宇多田ヒカルが歌をつくってくれないものかと思います。
 島津亜矢は若い頃に演歌のジャンルで思い扉を開いたものの、演歌界の閉鎖性のもとでなかなかブレイクできず、星野哲郎や北島三郎に助けられて少しずつ彼女の才能が受け入れられてきました。
 それにひきかえJポップのミュージシャンたちとのコラボが驚きと称賛を得たり、また先日のNHKの「うたコン」での松本隆特集で「DREAMING GIRL」を熱唱し、松本隆をして「島津亜矢最強ですね!ハッキリ言ってノックアウトされました!」と言わしめたりと、やはり断然すそ野の広いJポップでは反響も大きく認知のスピードも桁違いです。
 3万枚売ればヒットと言われる演歌にくらべて、案外メガヒットがこの分野でのオリジナルで実現するかもしれません。もっともわたしはポップスというわけではなく、反対にこれらの匠や天才と言われるアーテイストが島津亜矢の魅力を引き出すためにどんな歌をつくり出すのかを楽しみにしています。その意味において、もう少し彼女の音楽的冒険を誘い出す思い切ったプロデュースが望まれます。

かれん&BENI&島津亜矢&高橋愛&峯岸みなみ「First Love」

島津亜矢&川畑要「桜」

松本明子×島津亜矢×島袋寛子×高橋愛 「遠く遠く」

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2018.03.20 Tue 差別される立場にある障害者もまた、自分よりも小さな命を傷つけてしまう不条理を歌う 島津亜矢「命の別名」

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 大阪フェスティバルホールでの島津亜矢コンサートの続きです。
 マネージャーともう一人のチームスタツフの献身的なサポートで会場まわりを終えた後、どの曲をどの順番に歌ったのかおぼろげですが、記憶違いはお許し願い、気になった楽曲について書いていきます。
 熊本地震の被災者への祈りの後、熊本関連として「思い出宝箱」と「帰らんちゃよか」を歌い、星野哲郎関連で「海鳴りの詩」、「感謝状―母へのメッセージ」、そして、最近のオリジナルで「独楽」、「心」など…。
 先の記事でも書きましたが、最近のポップスでの音楽的冒険と座長公演が演歌・歌謡曲の歌唱に計り知れない影響を与えたのでしょう。とても丁寧に、大げさではないこぶしが微妙に入り、ぞくっとする低音、声量のある高音と、これはむずかしいと思うのですが声量を抑えた高音がひとり合唱というか、ひとりオーケストラのようにこだまします。それはまさしく「木霊(こだま)」や「言霊(ことだま)」で、会場全体が大きな船の中で、島津亜矢の歌は人魚の幻のようにわたしたちを「ここではないところ」、「日常ではない非日常」の至福の岸辺へといざなうのでした。
 「歌にならないものは何もない。たとえば一篇の小説、一本の映画、一回の演説、一周の遊園地、これと同じボリュームを四分間に盛ることも可能ではないか。」と阿久悠は言いましたが、大きな舞台でたったひとり、たった4分間のフィクションでいろいろな人生を語り、競馬の一レース分の時間で「生き急ぐ時代」を疾走する島津亜矢は、優れた作詞家や作曲家の壮大な夢を自分の肉体のすべてを使って表現するアクターで、対極にあるようなヒップホップダンサーに匹敵する身体表現を実現していると、わたしは思います。
 ともあれ演歌・歌謡曲の歌唱については、ポップス、ジャズ、シャンソン、リズム&ブルースなどいろいろな「他流試合」をへて何度目かの黄金期にある島津亜矢は、2020年の東京オリンピック以後の時代に必要とされる「新しい演歌」の第一人者になることでしょう。
 わたしはスポーツ観戦を嫌いではないし、とくにサッカーファンですが、スポーツ選手やスポーツファンが望んでいるようには東京オリンピックをすきではありません。とくに、それを「復興オリンピック」と名付けて推進する動きにはとても乗ることはできないだけでなく、あたかもオリンピック招致のプレゼンで「放射能はアンダーコントロール」と言い放ち、原発の再稼働をすすめるこの国が原発事故の被災者を置き去りにすることで、日本社会を分断し、格差を固定化する怖さを感じます。
 東日本大震災における福島原発事故による放射の汚染被害はチェルノブイリの例を見てもこれからが日本社会の解決不能の大きな問題になっていくと思っています。
 そして、世界も日本も今グローバルな好景気と浮かれていますが、確実に経済が悪くなっていると証言する人たちも多く、長いスタンスで見て1990年代からのJポップの潮流から少年少女のアイドルの使い捨てを経て、新しい困難な時代の写し鏡としての歌謡曲、そして時代を変え時代をつくり、わたしたちに新しい生き方を指し示す歌謡曲が生まれる予感がします。その時、その誕生を最先端で受け止める歌手・島津亜矢もまた、新しく生まれ変わるとわたしは思います。

 2部の最初にドレス姿で歌った「命の別名」、「落陽」、「ローズ」は、まだまだ伸びしろのあるポップスの中ではほぼ完成した歌唱でした。「落陽」は吉田拓郎の名曲で、島津亜矢はさだまさしのカバーと同じ歌唱法というか、少し力を抜いてくだをまくような歌い方と言ったらいいのでしょうか、フォーク調の歌にはよく合っていると思います。
 「ローズ」は昨年の紅白歌合戦の歌唱曲です。ジャニス・ジョプリンをモデルにした同名の映画の主題歌で、主演のベット・ミドラーが歌い、日本でも数多くの歌手がカバーしています。その中で島津亜矢はもっとも自然に歌っていて、いわゆる名曲調の歌唱ではない淡々とした歌唱がベット・ミドラーを通したジャニス・ジョプリンの悲劇、歌うことと実人生で幸せになることが必ずしも一致しないことを感じさせました。もちろん、島津亜矢が幸せでないという意味では全くないのですが、時代もジャンルも違いますが、どこかジャニス・ジョプリンを思わせる島津亜矢自身の歌人生を思わせる歌唱でした。
 「命の別名」は1998年に発売された中島みゆきの35枚目のシングルで、同年に放映されたドラマ「聖者の行進」の主題歌として有名です。 「聖者の行進」は、1995年に知的障害者達が働く工場で国の雇用助成金をだましとったばかりか、日常に行われる彼女彼らへの暴力、性的虐待などが発覚した水戸事件をベースにした問題作でした。水戸事件の裁判は、警察・検察も知的障害者の証言が正確でないという理由で立件に消極的で、一部の詐欺・傷害罪のみの起訴にとどまり、その他の暴行・強姦については不起訴となったことから大きな社会問題となりました。
 障害者にかかわるドラマやドキュメンタリーが意味のない感動を仕組むことが、いわゆる「感動ポルノ」として障害当事者から厳しく批判されることがしはしばですが、このドラマでは実際の障害者差別・虐待事件を正確に描いたことで、一定の評価が得られたようです。
 中島みゆきはドラマの主題歌を作るとき、ドラマのテーマに沿いながらあと一歩踏み込み、ドラマが終わった後の社会や時代の風景を見させてくれる天才で、「地上の星」では高度経済成長を支えた人々の苦難の後の栄光をほめたたえながら、それでもなお脚光をあびることのないひとびとの寂寥感を歌いました。
 「聖者の行進」の主題歌「命の別名」は、「できない」障害者の悲哀を歌っているようにとらえることが多いように感じますが、わたしはまったくちがう印象を持ちます。この歌は健全者の目線でそういう立場に置かれている「障害者」からその健全者社会の理不尽さを射抜き、「石よ樹よ水よ 僕よりも 誰も傷つけぬ者たちよ 繰り返すあやまちを照らす灯をかざせ」と、すべての命と共生して生きる勇気を歌っているように思うのです。
 とくに差別される立場にある障害者もまた、自分よりも小さな命を傷つけてしまう不条理を歌うこの歌は、障害のある友だちとの少ない経験を持つわたしに、かわいそうでも優しくもない、当たり前の障害者がそれぞれの個性と言葉をもっていることをあらためて教えてくれるのでした。
 島津亜矢はその豊穣でせつないこの歌の物語を世間の障害者観に振り回されずに忠実に再現していて、中島みゆきもさぞかし喜んでいるのではないでしょうか。
 中島みゆきリスペクトコンサート「歌縁」で評判になったこの歌の歌唱もまた、島津亜矢のオリジナルカバー(わたしの造語です)の大切な一曲になったことに、あらためて感動しました。
 あと一曲、「一本刀土俵入り」はかつての歌謡名作シリーズよりもあっさりした演出でしたが、着流しの島津亜矢の潔い立ち姿は、今後もう少し芝居などで活かしてもらいたいと思いました。特別な思い入れのあるこの曲については以前に書いた記事をご案内するにとどめ、コンサートの感想はこれで終わりとします。
 録画してある音楽番組の歌唱について書くのが追いつけないまま、3月29日のTBSの音楽フェス「UTAGE」ではケミストリーの川畑要とコブクロの「桜」を歌うと聴き、昨年のケミストリーの相方である堂珍嘉邦とのコラボの高評価から今度は川畑要とのコラボと、少しずつこの番組の常連になりつつあることがとてもうれしく、放送が楽しみです。

島津亜矢「一本刀土俵入り」と長谷川伸(2011年5月23日の記事)

島津亜矢「命の別名」(中島みゆき・歌縁2017東京)

島津亜矢「一本刀土俵入り」(2013年)



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2018.03.15 Thu コンサートはお客さんに「お帰り」と「ただいま」を言える故郷 島津亜矢コンサート・大阪フェスティバルホール

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 3月13日、島津亜矢のコンサートが大阪フェスティバルホールで開かれ、行ってきました。昨年の6月に大阪の新歌舞伎座のコンサート以来のステージでした。
 フェスティバルホールは2015年、彼女の30周年記念リサイタルを開いた会場で、大掛かりな建て替えが終わった2012年からいろいろな歌手がコンサートを開いてきました。わたしはすでに井上陽水と小椋佳のコンサートツアーをこの会場で聴きましたが、  当時、島津亜矢は5000人規模の東京国際フォーラム、3000人規模の名古屋センチュリーホールにつづき、2700人規模のフェスティバルホールで30周年記念コンサートを開き、話題になっていました。
 というのも、そのころまでは彼女はまだ3000人規模の会場でのコンサートは珍しく、2000人クラスの会場を満席にするといった感じだったと思います。
 ところがこの5年の間、年を追うごとに観客動員数が増え、フェスティバルホールは特別な会場ではなくなり、今回も昼も夜も満席だったようです。
 開演時間になり、オープニング曲「亜矢の祭り」で幕が上がり、舞台中央で歌う島津亜矢がいました。なぜでしょうか、わたしは昨年とおなじようにとてもなつかしさを感じました。ひとつは以前のようにコンサートに行けなくなってしまい、一年ぶりに彼女の生歌を聴きながら、わたしの目まぐるしい一年がよみがえることがあります。
 もうひとつは、島津亜矢の最近の一年一年がとても充実していて、テレビの音楽番組への出演が増えただけでなく、彼女を取り巻く空気が変わり、一目置かれる存在になっていることと、特にポップスの歌唱力への評価が一気に高まっていることがあります。
 激しい時の流れの渦中にあって、島津亜矢はなんと自然体でわたしたちを待っていてくれたことでしょう。その懐かしさは今日のコンサートが彼女の出自である演歌を丁寧に歌うことになるという予感をともなっていたのでした。
 ほんとうに不思議なんですが、どちらかというと音楽的な冒険を求めたポップス系の歌の方が好きなわたしが、そして、ほかの演歌歌手のコンサートに行ったこともないわたしが、島津亜矢のコンサートでは演歌・歌謡曲に癒されてしまうのでした。
 そのあとのMCの後に、「なみだ船」を歌いました。(記憶力が悪くなり、曲順が違っていたらごめんなさい。)
 ここでわたしは、先ほど思った今日のコンサートのコンセプトがまちがっていないことを確信しました。というか、もう少し丁寧に言えば、島津亜矢は今、時速300キロのスピードで進化・大化けの頂点に向かう途上にあり、時代を追い越してしまった歌姫の未来像が彼女本人にもわたしたちにも見え始めてきたのではないかと思います。
 だからこそ彼女がもっとも大切にしてきたコンサートでは、その原点・出自である演歌・歌謡曲を大切にし、時代の写し鏡として同時代のわたしたちの心情を歌ってくれたのだと思うのです。
 一方で今の時代を覆う殺伐とした空気、一見これほど豊かなのに7人に一人の子どもが相対的貧困におかれ、身分保障が安定しない非正規雇用が4割をしめ、子どもたちが未来に希望を持てないと答える鬱屈した社会の中で、夜の暗闇に身をゆだね、明日を夢見る切ない心に聴こえてくる歌、「希望は人間がかかる最後の病気」と解っていても、根拠のない希望を育てる歌、島津亜矢が「ほんとうの演歌歌手」として歌わなければならない、歌うことを宿命づけられた歌…、時代が変わるきっかけをつくるあの歌が生まれる場所が、コンサートの会場であることを教えてくれるのもまた、確かなことなのだと思います。
 ポップスもふくむ音楽番組の出演回数が増えるほど、また演歌・歌謡曲のジャンルの番組においては若い歌手たちをけん引する役割をにない、ポップスの番組では昨年のTBSのUTAGEでのケミストリーの堂珍嘉邦とのコラボで「美女と野獣」を見事に歌い、中島みゆきリスペクト・歌縁に出演し、コンサートでも歌っている「命の別名」が評判となり、人気アニメガンダムのテーマソングを歌うなど、多彩な活躍が続く島津亜矢ですが、彼女にとってもコンサートは立ち戻るべき原点なのだとあらためて感じました。
 彼女のチームが積極的に動いているように思えないので少し残念ですが、少なくとも多方面からの声がかかるようになり、「他流試合」の趣がある冒険をすればするほど、コンサートでは「お帰りなさい」とお客さんを待ち、「ただいま」とお客さんに音楽的な挑戦や冒険を受け入れてもらうというサイクルがあるのだと思います。
 そのせいかどうか、彼女の立ち姿が無垢な少女のようで、いとおしく思いました。
 「なみだ船」とそのあとに歌った「漁場」は北島三郎の歌ですが、彼女の北島三郎に対する尊敬の気持ちは、二人の恩師・星野哲郎亡き今、並々ならぬものがあり、北島ファミリーの邪魔をしない気遣いをしながらも、北島三郎の歌を歌いつぐという強い意志が感じられました。わたしはいずれ、「なみだ船」と「風雪ながれ旅」を北島三郎が島津亜矢に託す時が来ると思っているのですが、それを予感するような「なみだ船」でした。
 そのあと、とても速い段階で客席周りであり、今回はすべてオリジナルの一番だけを歌いながら握手周りでしたが、その中でわたしの好きな「道南夫婦船」を聴けてうれしく思いました。
 何を歌い、その曲順も忘れてしまいましたが、「海鳴りの詩」、紅白で歌った「ローズ」、「心」、「落陽」、そして、最後の「一本刀土俵入り」が強く心に残りました。
 それらについては引き続き書くことにします。

島津亜矢「命の別名」詞・曲:中島みゆき/歌縁2017・東京公演

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