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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2018.08.13 Mon 島津亜矢は荒野の子。悲しさ、しかし、明るい力強さ、そして、そのまっすぐな心

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 久しぶりにNHKの「うたコン」や「BS日本のうた」を観ていると、昨年からの若手の演歌歌手台頭の流れが加速していると感じます。とくに市川由紀乃、丘みどりの露出が目立ち、山内恵介にいたっては氷川きよしにつづく人気を獲得しているように思います。
 演歌・歌謡曲のジャンルにあったギルドが緩くなり、新人や若手の歌い手さんの活躍を番組の作り手もリスナーも後押しする感じで、下克上も相まって百花繚乱の様相にも見えます。
事実、市川由紀乃&横山剣(クレイジーケンバンド)の異色コラボによる「雨に濡れて二人」や竹島宏の「恋町カウンター」、水野良樹と亀田誠治という「いきものがかり」のヒットメーカーによる石川さゆりの「花が咲いている」など、演歌・歌謡曲のジャンルにおいても意欲的な冒険が試みられるようになりました。
 もちろん、音楽シーン全体からみれば小さなムーブメントにすぎませんが、大衆音楽がすでにメガヒットを求めなくなり、「流行歌」という言葉が過去のものになった今、いろいろなジャンルの住みわけが可能になり、営業・興行などのマネージができる範囲で既成イメージを壊す戦略は新たにファンを獲得できる試みなのでしょう。
 そんな状況の中、島津亜矢はまたしても孤独な旅を始めることになったとわたしは思います。昨年6月の「金スマ」出演をきっかけにTBSの「音楽の日」と「UTAGE!」などのJポップ本流の音楽シーンに登場し、演歌・歌謡曲のジャンルとはその数も音楽的嗜好もちがうファンに認知されるようになりました。ただの一ファンにすぎないわたしは事情筋の裏情報などを知る由もありませんが、これらの番組に出演を決めたのは島津亜矢本人の強い意志からと思っています。もちろん、島津亜矢チーム全体が彼女のプロデュースにかかわっているわけで、チーム全体としてその方向性を見定めたうえでのことでしょうが…。
 事実その方向性から、昨年の東京オペラハウスでのSINGERコンサートが実現し、今年も開催されるとのこと、チームとしての意志をはっきりしめしてくれたことをうれしく思います。願わくばせめて大阪や名古屋でも開いてくれたらと切実に思います。
 そして、CDセールスと通常のコンサートでは演歌歌手としての姿勢を変えずにいるのもまた、若手の台頭をはじめとする演歌界を見据えたプロデュースだとは思いますが、他の演歌歌手がJポップの旗手とタッグを組んだ楽曲やパフォーマンスに取り組んでいるのに比べてあまりにもオーソドックスで、なんとかならないものかと思います。
 彼女彼らの最近の動きは石川さゆりは別格として本人の意向というより、それぞれのチームがしのぎを削っているという様相で、失礼ながら島津亜矢のチームがその「たたかい」の場にまったく入らないプロデュースを漫然としていることが不思議でなりません。費用の問題があるのかも知れませんが、本来はここ一年ばかりのJポップの旗手たちとの交流や共演を果たした島津亜矢にこそ、演歌の枠組みの中にあっても思いがけないコラボが実現するはずとわたしは思います。
 また好評の「SINGER」シリーズでもカバーだけでなく、松本隆や水野良樹、桑田佳祐などJポップの旗手たちによるオリジナルのポップスを1、2曲制作し、それをシングルカットすることも可能なのではないでしょうか。
 たしかにJポップのジャンルに進出することで、既存の演歌枠にとどまることは難しくなると思われます。いまが一番どっちつかずの状態かも知れませんが、こんな時こそリスクを拾ってでもJポップの旗手たちのプロデュース&作詞作曲による新しい演歌やポップスを島津亜矢が歌う大胆なプロデュースを望みます。

 前置きが長くなってしまいました。今回の記事からしばらく、「UTAGE!」でのパフォーマンスについて書こうと思っています。
 この番組はTBS系列で2014年4月21日から2015年9月28日まで月曜『テッペン!』枠にレギュラー放送されて、2016年以降は不定期特別番組として放送されている音楽バラエティ番組です。他の音楽フェス番組とちがい、番組名どおり歌手たちの宴という設定でさまざまなヒット曲を何人かの歌手による異色のコラボで通常はありえない音楽的冒険にチャレンジするというのがこの番組のコンセプトです。
 何日かのリハーサルを経て、本番ではやり直しができない一回限りのパフォーマンスに全力で取り組むことで隠れた才能が発見されたり、歌手同士の交流が思わぬ表現を生んだりすることがあります。
 古くは「THE夜もヒッパレー」での安室奈美恵やSPEEDがブレイクしたように、「UTAGE!」から島津亜矢がブレイクする可能性がないとは言えません。
 今年の「音楽の日」は島津亜矢の出演がなく、またNHKの夏の「紅白」ともいわれる「思い出のメロディー」の出演がなかったことはとても残念ですが、「UTAGE!」は昨年の秋から今年の3月と6月の3回連続出演し、島津亜矢のポップスの可能性を見せつけました。
 昨年の秋はケミストリーの堂珍嘉邦とのコラボで「美女と野獣」、今年の3月には同じくケミストリーの川畑要とのコラボでコブクロの「桜」、松本明子、元SPEEDの島袋寛子、元モーニング娘の高橋愛とのコラボで槇原敬之の「遠く遠く」、リトルグリーンモンスターのあみん、BENI、高橋愛とのコラボで宇多田ヒカルの「First love」、6月の放送では松本明子、高橋愛、AKBの峰岸みなみ、NMBの山本彩とのコラボで中島みゆきの「ファイト!」、川畑要とのコラボで山下達郎の「RIDE ON TIME」、AKBの柏木由紀とのコラボでいきものがかりの「じょいふる」と、組み合わせも歌のバリエーションも島津亜矢のコアなファンでも想像できないコラボで、到達度の高い音楽を聴かせてくれました。
 NHKの「BS日本のうた」や「うたコン」とはまったくレベルのちがうコラボで、これこそ待ち望んでいた島津亜矢の質の高い音楽的冒険だと言えます。
 もちろん歌唱力で言えば演歌歌手のレベルは相当高いとは思うのですが、わたしの偏見かも知れませんがどうしても演歌界でのランクやギルドなどが邪魔をして、「共演」というより「競演」になりやすく、そのさまざまな気配りがせっかくの共演をありきたりで予定調和的な表現で終わらせてしまいがちなのです。
 それに比べて「UTAGE!」でのコラボにはそんな遠慮がなく、また島津亜矢が年齢やデビュー年からも先輩であることが多く、当たり前のパートナーとして受け入れられていることをとてもうれしく思います。コラボする島袋寛子やかれん、BENIなど、ポップス界では歌唱力が抜群に高いことで有名な歌手と対等どころか、メインボーカルをつとめる島津亜矢に、ポップスファンは度肝を抜かれたに違いありません。
 また、島津亜矢自身もとても柔らかい心と確かな歌唱力でそれぞれのコラボでの音楽的到達度を楽しんでいる様子で、ああ、彼女が若い時にこんな風に音楽を楽しめる仲間がいればよかったのにと、つくづく思います。
 ともあれ、こんな書き方はよくないかもしれませんが、島津亜矢が少し片足を離した演歌・歌謡曲のジャンルにはすでに若手の歌手たちがうごめいていて、もしかすると彼女は前のままの居場所には戻れないかもしれません。
 しかしながら、その何十倍もの期待が彼女に注がれるポップスのジャンルでは、「大型の新人」で、彼女の歌唱は宇多田ヒカルとともにポップスの在り方も変える大きな可能性を秘めていると思います。
 座長公演の演出家・六車俊治氏が言うように、「島津さんの歌声に感じる悲しさ、しかし、明るい力強さ、そして、そのまっすぐな心」こそが、演歌にしてもポップスにしてももっとも必要とされるものならば、「UTAGE!」での貴重な体験はいずれボーカリスト・島津亜矢を生みだすと信じています。
 次回は、「ファイト!」について書こうと思います。


島津亜矢with 松本明子 高橋愛 峰岸みなみ 山本彩・「ファイト!」( UTAGE!)

大竹しのぶ「ファイト!」

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2018.08.01 Wed 映画「コスタリカの奇跡」上映会にご来場をお待ちしています。

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映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』上映会
2018年8月19日(日) 能勢町淨るりシアター小ホール
11:00上映(10:30開場) 13:30上映(13:30開場)
運営協力費 800円(大学生以下無料)
主催 「コスタリカの奇跡」上映実行委員会 能勢から未来を考える会

 わたしが子どもだったころ、戦争のきずあとが町のいたるところに残されていました。焼け崩れたまま廃墟となった建物、もつれてしまった鉄条網、目的をなくしてしまった焦げたやかんとぼろ切れになった服…。近所の小高い丘に放置された戦争の足跡は子どもの心にもなまなましく忌まわしく付きまとっていました。
 さすがに墨塗の教科書の世代ではないものの、学校では「自由」と「権利」、そして「平和」がどれだけ大切かを連日教えてもらったものの、地域の大人たちはといえば戦争の自慢話に花咲かせていました。子ども心に、自慢話がほんとうなら戦争に勝ってるはずやと思いました。それでも大人たちは戦争の話の最後にいつも「戦争はこりごりや」と本音をつぶやくのでした。
 戦後すぐから始まった冷戦のさ中、1950年の朝鮮戦争勃発により、アメリカはアジア地域の共産化をおそれ、日本に警察予備隊をつくらせました。後に1952年に保安隊、そして1954年に自衛隊に改組されます。
 この頃からでした。大人たちは「ソ連が攻めてきたらどうする。家族が殺されるぞ」と、いつの間にか国(自分たち)を守る軍隊を持つことに賛成していました。子どもだったわたしは、戦前戦中と日本軍が大陸を侵略することから悲劇がはじまったことなどまだ知りませんでしたが、学校で学ぶ民主主義や平和主義とは真逆の、アメリカの武力の傘に入り自らも武力を持つことでしか平和は保てないと教えられたのでした。
 「話し合いで紛争を解決するべき」とか、「憲法にも武力を持たないと書いてあるやんか」と口答えをすると、きまって「そんな甘い考えは学校だけにしとけ」とか、「お前ら戦争を知らんからそんな理想をいうんや」と、「殴られたら殴り返す。目には目を」とする武力を持つことが現実的で、憲法の平和主義と武力のダブルスタンダードが本音と建て前となっていきました。
 わたしは大人になり、ガンジーやキング牧師の非暴力主義にシンパシーを持ちました。一方、国はソ連の次は中国、北朝鮮と次々と「仮想敵国」を変えながら、ここ数年武力の増強が加速しています。だれのための、なんのための武力なのか、子どもの心に持った疑問は解決されないままです。
 そして長い年月をかけてわたしたちは「軍隊がないと国を守れない」という共同幻想を受け入れ、執拗で大きなマインドコントロールの網に掛けられてきたのだと思います。

 アメリカの裏庭といわれるコスタリカが軍隊を持たないで国を守ってきたと知った時、そんなことができるのかと、単純に疑問を持ちました。
コスタリカも日本もほぼ同じ時に国内外に「軍事力を持たない」ことを宣言しました。
それから今までわたしたちの国では「攻めて来られる」不安が現実のものになることはありませんでしたが、コスタリカでは現実に紛争が起きたり、何度か起きそうになっても国の常備軍としての軍隊を持たないで警察力と粘り強い話し合い外交によって解決してきたことを知り、わたしたちの国の防衛力はなんのためにあるのだろうと、強く思いました。
 そして、戦後73年もの間マインドコントロールされてきた「国を守るには武力が必要」という常識を疑ってみることが大切なのだと思いました。
 わたしたちが遠い理想としてきた「軍隊を持たない平和」を現実のものとしてきたコスタリカのたどった73年を、わたしたちがこんな選択もできたはずの「もうひとつの歴史」として検証することは、今まさに憲法を変える変えないという「国の未来」を見定める岐路に立つわたしたちにとってとても大切なことだと思います。
 そしてまた、コスタリカが軍隊を廃止した背景に内乱を防ぐ目的があったことも、映画は教えてくれます。革命によって樹立した時の政権は、まずは反対勢力が握っていた軍隊を解体し、それから革命軍自体も解体したのでした
 わたしたちの国の歴史においても、軍隊が国民を守るためよりも国体を守るためにあったことをさまざまな証言が教えてくれます。そのことは今も変わらず、沖縄に対する国の仕打ちなどが証明してくれます。近い将来、自衛隊と防衛省が武力をわたしたち国民に向けることがないといえるのでしょうか。
 その意味においてもコスタリカが軍隊を廃止し、そのコストを福祉と教育、社会資源の育成に向けることはとても理にかなったことでした。振り返って日本では、軍事力を高めることで何を生み出せるというのでしょう。
 映画「コスタリカの奇跡」は、コスタリカの73年がわたしたちと全く縁がないどころか、同じ世界史を歩んできた2つの国で同時代を生きてきたわたしたちとコスタリカのひとびとの、かけ離れているように見える現実と夢が交錯する一瞬を用意し、わたしたちが立ち止まる機会を作ってくれる映画だと思います。
 ぜひ、違う世界ののぞきからくりをみるような気軽さで、映画をごらんになりませんか?

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2018.07.29 Sun 島津亜矢の新しい演歌は日本のクレオール文化から生まれる。NHK「うたコン」・「海の声」

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空の声が聞きたくて 風の声に耳すませ 
海の声が知りたくて 君の声を探してる

 先日のNHKの「うたコン」で島津亜矢が歌った「海の声」は、彼女がまたひとつ、大きな進化を遂げたことと、わたしの想像を越えてさらなる進化を予感させるとても刺激的な歌唱でした。
 島津亜矢のファンになってかれこれ10年、先輩のファンの方々のディープな想いにはおよばないものの、彼女の歌の軌跡に伴走出来る楽しさを一人でもたくさんの方々に知ってもらおうと記事を書いてきましたが、ここ数年加速度的に変幻・進化する彼女の歌の軌跡に追いつけなくなってしまいました。
 というのも、一人のファンとして島津亜矢にこんな歌手になってほしいとかこんな歌を歌ってほしいとか、ファンならではの無茶ぶりと思える妄想と願望が次々と実現するだけではなく、まさかと思える歌をまさかと思える歌唱で次々と歌ってしまう島津亜矢に、わたしはとんでもない歌手を好きになったものだと半分は自負し、半分はこれから彼女がどうなっていくのか期待と少しの恐怖すら持ってしまうのです。
 それもこれも、彼女の稀有の才能はもちろんのこと、若くしてデビューしたことで歌手としての円熟・成熟にはまだ10年は早く、持ち前の努力と好奇心で音楽的冒険をする時間がたっぷりあるからです。また、彼女のデビューから現在まで、出自である演歌の分野では不遇であったことがあらゆる分野の歌を歌う機会をつくったとも言え、最近のポップスの分野でのブレイクと呼んでいい状況が生まれたのだと思います。
 しかしながらそれゆえに、NHKの「うたコン」ですらJポップのカバーを求められることが多く、演歌は「BS新日本のうた」をはじめとするBS放送の演歌・歌謡曲番組に限られるようになりました。この現実を好ましく思わないひとも少なからずいて、島津亜矢本人にしても演歌の固定ファンを無視できず、特にCDを中心にプロデュースする新曲発表は今のところ演歌に限られ、それも演歌の王道と言える「ひとの道」を説くような歌になっています。
 正直のところ、根強いハードなファンを持っているとはいえ、いまや5パーセントにも満たないマーケットと言われる演歌の分野では、この小さな市場に島津亜矢がとどまる時代は終わってしまったのかも知れません。というより島津亜矢は現代演歌という、1970年以降に大衆音楽が大きく別れて行った後に残された偏狭なジャンルには収まらない立ち位置を、彼女自らが探しつづけなければならない宿命を背負っているのだと思います。
 それはまた、島津亜矢のファンになったわたしが彼女を通して現代演歌と出会い、明治政府の音楽教育によってゆがめられたところから生まれた「歌謡曲」の歴史の中に「日本の歌」のルーツを探す旅でもありました。
 最近気づいたことですが、過去へ過去へとさかのぼり、余分に思える要素を捨てたりはがしたりして原石を見つけるのではなく、日本固有の、そして日本国内それぞれの地域の、さらには海の向こうから押し寄せる世界の多様な音楽が混じりあい、融合してきた歴史をたどることから、島津亜矢が歌うべき日本の音楽を探し当てることができるのではないかと思うようになりました。
 海の向こうのブルースもジャズもレゲエもアフリカから奴隷として連れて来られた黒人たちが過酷な労働を強いられながら言葉や習慣を融合させ、支配階級の文化とアフリカのの文化とアメリカ大陸の文化を融合させて生まれたものでした。虐げられ貧困を押し付けられ人間としての誇りを奪われてきた奴隷たちの怒りや悲しみを内包しながら、西洋音楽と黒人音楽があらゆるところでまじりあい、世代が変わるたびに融合・混合・混血の文化、いわゆるクレオール文化が育ち、豊かな音楽が生まれたのです。
 わたしは日本でもクレオール文化が育ってきたと思うのです。たとえば在日朝鮮人の中には日本の植民地時代に自分の意志ではなく日本に来た人たちや植民地となった祖国で暮らせなかった人々、そして戦後、朝鮮半島の内乱や朝鮮戦争によって祖国に帰れなかったひとたちが数多く日本で暮らしています。ネットでは「韓国や北朝鮮に帰れ」という記事が飛び交いますが、彼女彼らの一世ですらすでに故郷はなく、また日本で生まれ、日本で育った二世以降のひとびとにとって故郷はよくも悪くも日本なのだと思います。
 日本は植民地時代に極端な日本化(皇民化)政策で朝鮮文化を抑えつけたため、日本化された朝鮮文化が隠れています。そこから日本でもなく韓国・朝鮮でもない在日の新しい故郷をアイデンティテイとするクレオール文化が花開き、日本文化を豊かにするとわたしは思います。
 一方で沖縄もまた、朝鮮戦争をきっかけに米軍が朝鮮半島に出動するための米軍基地を要求し、本土の反対運動からほとんどの基地を沖縄に移し、今に至っています。沖縄は日本の一地域でありながらアメリカの植民地のように扱われ、米軍兵による理不尽な犯罪が後を絶たないというのに、今また国はアメリカの要求通りに普天間の代替として辺野古に基地をつくる工事を進めています。(それに異議申し立ての叫びをあげる沖縄の人々の苦しみ、悲しみをわたしたちは見て見ぬふりをしていないでしょうか。)
 その中で、沖縄の風土とアメリカと日本の文化が混じりあうクレオール文化が育ち、本土をしのぐ数々の名曲が生まれました。
 「海の声」は2015年のauのCMソングです。作詞はau三太郎シリーズのCMプランナーで電通の篠原誠、作曲はBEGINの島袋優で、ユーチューブの視聴回数が一億を越える大ヒット曲になりました。
 BEGINはデビュー当時から音楽的な要素、歌詞の構成、何よりもその土地の暮らしの中から滲み出たような歌のあり方から、ブルースと沖縄民謡の大きな共通点を見出していました。
 デビュー10周年の2000年、自らのルーツである「沖縄」を見つめ直し、島唄のアルバム『オモトタケオ』を制作。この時、森山良子に提供し、その後夏川りみ他、多くのアーティストにカバーされている「涙そうそう」も生まれており、「島人ぬ宝」や「かりゆしの夜」など、沖縄の風景や島の暮らしが描かれた故郷のぬくもりを感じさせるBEGINの代表曲となる楽曲が次々とつくられました。BEGINもまた沖縄の伝統音楽とJポップを融合させるクレオール音楽の旗手にまちがいありません。
 島津亜矢が歌う「海の声」には、この歌の作詞者・篠原誠も作曲者・島袋優、そして役者でありながら見事な歌唱力でこの歌を人々の心に届けた桐谷健太による、完成されたオリジナル歌唱と一味違う歌の心があります。
スマートホンなどの通信手段を手に入れたわたしたちは、会えない人に会いたいと願い続ける時間をスマートホンに奪われてしまったとも言えます。わたしたちはポケットやカバンにスマートホンという「孤独」を持ち歩くことでしか、会いたい誰かと出会えなくなってしまったのかも知れません。「海の声」がスマートホンのCMソングを越えて大ヒットしたのは、そのことを教えてくれたからなのかも知れません。
 島津亜矢の「海の声」は、その孤独な心をやさしく抱きしめる海の深さをわたしたちの心に届けてくれるラブソングだと思います。
 彼女が今、Jポップといわれるジャンルのカバー曲を歌うことは、海の底や星空に眠っている無数の歌たちをよみがえらせて、新しいクレオール・混血の音楽を生み出す壮大な実験なのだと思うのです。そして、島津亜矢の新しい演歌・歌謡曲が生まれる場所もまた、その壮大な実験の彼方にあると思うのです。

島津亜矢「海の声」

「海の声」 フルver. / 浦島太郎(桐谷健太)


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2018.07.24 Tue 映画 『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』上映会

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映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』上映会
2018年8月19日(日) 能勢町淨るりシアター小ホール
11:00上映(10:30開場) 13:30上映(13:30開場)
運営協力費 800円(大学生以下無料)
主催 「コスタリカの奇跡」上映実行委員会 能勢から未来を考える会

 8月19日、能勢町淨るりシアター小ホールで映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』上映会を開きます。
 「コスタリカの奇跡」といえば、2014年のサッカーワールドカップでベスト8になったことの方が有名かもしれません。
 しかしながら、ここでいう「奇跡」とは、軍隊を持たずに国の平和を保ち、豊かで自由な社会を築いてきたことをさしています。
 世界には軍隊を持たずに国の平和を保ってきた国々があります。そんな数少ない国の一つがコスタリカで、1948年に常備軍を解体しました。コスタリカは軍事予算をゼロにしたことで、無料の教育、無料の医療を実現し、環境のために国家予算を振り分けてきました。
 その結果、地球の健全性や人々の幸福度、そして健康を図る指標「地球幸福度指数(HPI)」2016の世界ランキングにおいて140ヶ国中で世界一に輝いています。またラテンアメリカで最も安全とされている国でもあります。
 『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』は、1948年から1949年にかけて行われた軍隊廃止の流れを追いながら、コスタリカが教育、医療、環境にどのように投資して行ったのかを詳しく説明します。この映画は軍隊廃止を宣言したホセ・フィゲーレス・フェレールや、ノーベル平和賞を受賞したオスカル・アリアス・サンチェスなどの元大統領や、ジャーナリストや学者などが登場し、世界がモデルにすべき中米コスタリカの軍事力ではなく平和外交で国を守ってきた歴史と、壮大で意欲的な国家建設プロジェクトが語られるドキュメンタリー映画です。
 けれども、こんな疑問がすぐに浮かぶことでしょう。「軍隊がなくて、どこかの国が攻めてきたときどうするの?」。実はコスタリカでは国家の非常事態の際には国会議員の3分の2の賛成投票により、徴兵制実施及び軍隊の編成権限が大統領に与えられています。また、警察の武力を軍事力とみなし、コスタリカは非武装国家ではないという意見もあります。
 しかしながら、いざという時に軍事力を持つことを憲法に定めながら実際には軍事力を持たず、国際法に基づく外交努力によって紛争を解決するというのがコスタリカの国家戦略なのです。それは憲法で軍事力を持たないことを明記しながら、実際には自衛のための軍事力を強化し、いまや集団的自衛権のもとで「戦争ができる国」となった日本と対照的です。
 同じ時代にそれぞれの理由で軍隊のない国をかかげ、70年の時を歩んできたコスタリカが日本と真逆の歴史をつくりえたのはなぜなのでしょう。この映画はそのことを丁寧に描いたドキュメンタリーで、軍隊を持たないと国を守れないとアメリカの傘に入り、中国や北朝鮮と軍事的に対峙する東アジアの軍拡競争の端っこで、軍事予算を増やしてはアメリカの武器を買い求めるわたしたちの社会を見直すきっかけを用意してくれる貴重な映画だと思います。
 わたしたちの国では軍隊を持たないで国を守るなんて言うのは現実を見ようとしない甘い夢想とされてしまうのですが、コスタリカではまさしくそれが現実で、隣国ニカラグワとの国境紛争をはじめ何度か再軍備を検討されたりしながらも非武装を選び、国際法と外交によって紛争を収めてきたのでした。
 地政学的にも国の大きさも違うコスタリカの選択を日本と比較しても始まらないとする(いうより視野にも入らない)日本の歴代政権とそれを支持する人々が圧倒的に多いというのもまた現実でしょう。
 しかしながら、日本が長い間ソ連や中国や北朝鮮を仮想敵国としてこれらの国が「攻めてくる」ことを前提に軍事力を高めることが現実的とされてきたのに対して、何度も武力紛争の危機に瀕しながら非武装を貫き国際社会に訴え外交・話し合いの努力を続けてきたコスタリカの歴史は、非武装が理想や甘い幻想や願いではなく、わたしたちが歩まなかったもう一つの道であったことは間違いないのではないでしょうか。
 常備軍を置かない代わりに国民の健康、教育を充実し、国際法と外交で国を守るコスタリカの国家的戦略は結果として豊かな社会を実現してきましたが、それは日本でよく言われたアメリカの軍事力をたよりに経済発展してきたのではなく、自分たちの国を武力に頼らずに自分たちで守るという過酷な選択をしてきた結果で、特に教育によって平和で自由な社会を望み、それを実現し守っていく文化がコスタリカの人々に深く根付いているのだと思います。
 この映画はそのことを教えてくれるだけでなく、コスタリカが遠い国でもユートピアでもなく、新自由主義とグローバリゼーションによる貧富の格差や環境問題などといった危機はわたしたちが抱えている危機とまったく同じで、それらの問題とどう立ち向かうのか思いまどうわたしたちにとって、この映画の終わった後にも延々と続くであろう「コスタリカの奇跡」に学ぶことがいっぱいあると思います。
 憲法を変えようとするひとも憲法を守ろうとするひとも一度立ち止まり、この映画を通じてはるかな空の下の小さな国・コスタリカの奇跡をごらんなっていただければと切に願っています。

映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』オフィシャルHP


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2018.07.19 Thu 戦後のバラックとともにわたしたちは大切なものを捨ててしまったのかもしれません。わたしの焼肉ドラゴン

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 映画「焼肉ドラゴン」を観に行きました。昔はよく映画を観たものですが最近は「この映画だけは」と思う映画を観に行くのがやっとで、「焼き肉ドラコン」はまさしくそういう映画でした。
 監督の鄭義信は劇団「新宿梁山泊」の旗揚げに参加し、旗揚げ当初は黒テント出身の鄭義信が台本を書き、状況劇場出身の金守珍が演出するという、とても刺激的な劇団の誕生に心を躍らせたものでした。その後新宿梁山泊を離れた鄭義信は独自の演劇活動を続けるとともに、「月はどっちに出ている」、「愛を乞うひと」、「血と骨」などの映画の脚本家として活躍しています。
 この映画は2008年に日本と韓国で上演され、絶賛された演劇「焼肉ドラゴン」(2011年、16年再演)を映画化した鄭義信の初監督作品で、万国博覧会が催された1970年をはさんだ69年から71年までの3年間の在日韓国朝鮮人の家族の物語です。
 高度経済成長に浮かれる時代の片隅。 関西の地方都市の一角で、ちいさな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む亭主・龍吉(キム・サンホ)と妻・英順(イ・ジョンウン)は、静花(真木よう子)、梨花(井上真央)、美花(桜庭ななみ)の三姉妹と一人息子・時生の6人暮らし。 失くした故郷、戦争で奪われた左腕…。つらい過去は決して消えないけれど、毎日懸命に働き、家族はいつも明るく、ささいなことで泣いたり笑ったり。店の中は、静花の幼馴染・哲男(大泉洋)など騒がしい常連客たちでいつも大賑わい。
 「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる―」。それが龍吉のいつもの口癖です。そんな何が起きても強い絆で結ばれた「焼肉ドラゴン」にも、次第に時代の波が押し寄せてくるのでした。

 この物語のモデルとなったのは伊丹市中村地区で、1935年、大阪第二飛行場の建設に従事した朝鮮半島出身者の飯場がつくられ、戦後も多くの在日韓国・朝鮮人が当地に留まり、集落を形成していたそうです。ところが大阪国際空港としての拡張工事をすすめる国は「不法占拠である」として立ち退きを要求し、住民は反対運動で応じましたが、2001年より伊丹市および兵庫県、国土交通省が住民と協議を行い、近接する桑津4丁目の市営住宅へ全員が転居することで合意が成立し、2009年(平成21年)に全世帯の移転が完了しました。

 1970年はわたしが高校卒業後、悶々とした青春をさまよった末に、豊中市の空港近くの小さな町工場に就職した年でした。何度か書いてきましたが60年代後半、70年安保闘争と大学紛争で騒然とした街で、社会性や政治性に乏しいわたしは、同時代の若者にシンパシーを感じながらもどうしても運動になじめず、鬱屈した心を持て余しながらヒッピーまがいの暮らしをしていました。
 70年に入ると町は足早に政治の季節をたたみ、何事もなかったように高度経済成長へと舵を切りました。わたしもまた学生運動をしていた同世代の若者とはまた違う形で荒ぶる青い時をくぐりぬけ、やるせない心をかかえながら工場で働き始めたのでした。
 わたしは「焼肉ドラゴン」を観るまで、伊丹市の中村地区の在日韓国・朝鮮人のことを全く知りませんでした。しかしながら次々と住宅が壊され国有地になり、後に森友学園問題で日本中に知られることになった豊中の空港周辺の町工場と「焼肉ドラゴン」の舞台となった中村地区が同じ時代に共存していたことに不思議なつながりを感じました。
 それ以上にわたしは映画が映し出すバラック長屋と黒い土の路地になつかしさとせつなさが入り交じり、涙があふれてしまいました。
 というのも、子どもの頃、朝早くから深夜まで母が切り盛りしていた食堂に集うおじさんおばさん、子どもたち、そして大盛りのごはんと生卵入りのどんぶり鉢いっぱいの味噌汁だけの朝食と、夕食を当てにした寮生活の工員たち…、1947年生まれのわたしの原風景ともいえる母と兄とわたしが暮らしていたバラックの家とあまりにも似ていたからでした。わたしの家もまた、女手ひとつでわたしたちを育てなければならなかった母の窮状を見かねた田畑の地主が道沿いの小さな土地を貸してくれて、そこにバラックづくりで建てたものでした。今から思えば不法建築なので、きちんとした家を建てることはできなかったのでしょう。(もっともそんなお金が母にあったわけではありませんが…。)
 戦後闇市の名残りもすでになくなり、在日韓国・朝鮮人の集落のバラックもまた、立ち退きを迫られ姿を消していったように、わたしたちの家もまた立ち退きを迫られ、お店をたたむことになりました。
 わたしは戦前からの在日・韓国人の苦難の歴史もその個人個人の痛みや怒りや悲しみや絶望を解るわけはなく、またそんなに簡単に日本人であるわたしが解ってしまうと思うのはおごりで、とても失礼なことと思っています。わたしができることといえば信頼できる在日の友人たちと共に生き、民族の過去の歴史も個人の痛みもかなわぬまでも共有しようと努力することだけです。
 反対にいつの時代もどの社会でも、出自や民族や心身の特徴や性的選択や性的志向などによって差別されたり抑圧されたり偏見を持たれたり自由を制限されたりするひとびとがその社会や時代をもっともよくわかるように、在日韓国・朝鮮人のひとたちもまた日本人であるわたしたち以上に日本社会をよく知る人たちなのではないかと思います。 そして、よくも悪くもこの日本社会で格闘し、生きてきた在日韓国・朝鮮人ひとりひとりもまた戦後の日本社会を支えてくれたひとたちなのだと思います。
 この映画はまさしくその普遍性を持っていて、この社会のマイノリティの小さな家族の小さな物語が日本社会の大きな歴史と時代そのものを描いていて、その普遍性から「わたしの焼肉ドラゴン」というべき物語をわたしに思い出させてくれたのでした。
 そう考えると、それぞれ違う事情で姿を消した戦後のバラックは、欲望と絶望と裏切りと正義がもつれ合いながらも、戦後民主主義の中でもっともキラキラした思想といえる「助け合い」と「まじりあい」の思想が、高度経済成長によってかき消されていった象徴のようにも思えるのです。
 わたし自身も子ども時代を暗く縁取るバラック建ての家族からニューファミリーへと、高度経済成長の渦の中に呑み込まれていった1970年、「明日は今日よりきっと良くなる」と信じて60年代後半の鬱屈した心を捨てた時、実はもっとも大切なものをも捨ててきたのかも知れません。
 映画「焼肉ドラゴン」のエンドロールが終わり、スクリーンから光が消えたその暗闇の中で、龍吉が引っぱり、荷台に英順が乗るリヤカーがバラックの路地を遠ざかるのをいつまでも感じながら、「わたしの焼肉ドラゴン」もまたその大切な何かを暗示しながら終わったのでした。

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映画「焼肉ドラゴン」公式サイト



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