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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2018.10.20 Sat 2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」イラスト作者・松井しのぶさんの手紙

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」5月6月のイラスト

「みんなどこかに痛みを持っている」              松井しのぶ

 どんなに幸せそうな人でも、大なり小なり差はあるにしても、どこかに悲しみや苦しみや痛み、ほんの少しの不幸の種を持って生きている、そんな事を思う日々。
 そんな不幸の種は決して悪いものでは無くて、だからこそ幸せになりたい、笑顔でいたい、そう思いながら毎日を精一杯生きる力に変えるものであるような気がします。
 そういったものを心に抱えているからこそ、他者の痛みに共鳴し、心を動かされ優しくありたいと思ったり、また同じく、それぞれが抱えた悲しみや苦しみや痛みの分だけ他者の優しさがわかるものだと思います。
 2018年は次から次へと自然災害が続き、災害と一言で言い切ってしまうにはあまりにも沢山の人の痛みが伴っていて、想像に余りあります。
 不幸の種の話と自然災害は少しニュアンスが違うかもしれませんが、「やさしいちきゅうものがたり」を私は毎年綴っていて、これも人の心の中と同じように現実には「やさしいちきゅうものがたり」は「やさしくないちきゅうものがたり」も内包しているんだなって、カレンダーを見ながらふと思うのです。それぞれのお家でカレンダーにつけられた様々なメモ書きには「やさしいちきゅうものがたり」に綴られる「やさしくないちきゅうものがたり」があるのかもしれない、あなたのカレンダーにどれほどのそういったものがたりが綴られているのでしょうか?
 あなたが綴ったカレンダーの中に「やさしくないちきゅうものがたり」があったとしても、その綴られた悲しい記憶、不幸の種から新しい優しさが生まれて来る、そんな風に思いたいです。「やさしくないちきゅうものがたり」を「やさしいちきゅうものがたり」に変えてゆくのはあなた自身だとも。
 2019年がどんな年になるのか、想像ができないですが、もしも来年の「やさしいちきゅうものがたり」に悲しい記憶が綴られてしまったとしても、良い事や悪い事にめぐり合うのも一つの縁であるなら、たとえそれが痛みを伴うものだったとしても、できればそこから幸せが生まれて来るような縁になりますように、未来へと繋がるそれぞれの優しいものがたりが綴られてゆく事を願ってやみません。
 それぞれが胸の中に抱えた不幸の種には優しい花を咲かせる力を持っている、それは美しい花でありますように、幸せな花でありますように…。

2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
illustration 松井しのぶ(C)SHINOBU MATUI 1100円

カレンダーのご購入は
豊能障害者労働センター
TEL072-724-0324 FAX072-724-2395
E-Mail info@tumiki.com
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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」7月8月のイラスト

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2018.10.19 Fri ピアニストを撃て 渋谷毅、金子マリ、小川美潮「両手に花」ライブ 10月14日・カフェ気遊

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 10月14日、能勢のカフェ気遊で、渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブがありました。「両手に花」というタイトルが付けられたこのライブは2006年からはじまり、不定期らしいのですが、わたしは2015年に同じくカフェ気遊で開かれたライブがはじめてでしたが、大阪の北端・里山能勢でジャズピアニストの渋谷毅と2人の女性ボーカリストによる、実に心地よい豊かな時間を過ごせるとても贅沢なライブでした。
 カフェ気遊は春一番コンサートとのかかわりも深いお店で、フォーク、ロック、ブルースなどなど音楽好きのひとなら関西一円から関東まで知れ渡るお店で、ロッジ風のお店はオーナーのIさんが能勢の自然環境を借景にして作りあげた文化の拠点空間という雰囲気のお店です。社会的な問題や政治的な問題に対しても音楽などの個人の表現を大切にするオーナーのまなざしがうれしいお店ですが、能勢でもわたしの住むところからはまだ山手にあり、バスも極端に少なく、車に乗れないわたしは電動自転車でなんとかたどりつきました。
 お店はすでに満席状態で、60人か70人近くのお客さんがいたように思います。交通の便の悪い中、かなり遠方の人も駆けつけているようで、気遊さんでなければこれだけのお客さんを能勢に呼ぶのはできないと、あらためて思いました。
 わたしは実は音楽のことをほとんど知らなくて、とくに洋楽になるとさっぱりなんですが、音楽や歌が心を動かす瞬間に出会いたくてライブスポットに足を運んだり、テレビなどで最近のはやり歌を聴いたりするのですが、その中でもわたしが信頼する人が勧めてくれる音楽と出会うと、勧めてくれるひとの感じ方や生き方にも触れることになります。
 そんなわけで、気遊のオーナーのIさんに教えてもらった渋谷毅、金子マリ、小川美潮のライブはそれまでに3人を全く知らなかったわけでもないのですが、あらためてじっくりと演奏や歌を聴き、この場所でしかわからなかった音楽の泉と出会うことができた幸運に感謝するばかりです。

 開演時間になり、客席を通って渋谷毅がピアノの前に座ったと思うと、前回の時も驚いたのですが、すぐにピアノをひきはじめました。このひとにとってはそれが自然で当たり前のことなのでしょうが、ほんとうに何の前触れもなく弾き始めるのです。
 その唐突さがたまらなくて、聴く者は日常の地面からふわっと浮遊するような感覚で渋谷毅のピアノで変質したカフェの空間に迷い込むようなのです。この人は若い時からこのようにふらっと現れてピアノの前に座り、それぞれの街のそれぞれのライブスポットのピアノとおしゃべりしては、また別の町のピアノと出会うために旅をしてきたのだなと思います。
 渋谷毅は1939年生まれ、高校時代にジャズに興味を持ち、東京芸術大学在学中よりジョージ川口とビッグ4などでピアニストとして活動、1975年に自身の率いるトリオを結成、その後1986年に従来の典型的なビッグバンド・スタイルから解放された 渋谷毅オーケストラ を結成し、現在も活動の中心とされているようです。
 ジャズピアニストの重鎮とか大御所と言われて当然のキャリアを持ちながら、彼の演奏する音楽にはある種の権威のようなものがまったく感じられず、その時その場のピアノの音がすべてという瑞々しい演奏は聴く者の心のもっとも柔らかいところに届くのでした。
 彼が3曲ほど演奏した後に、小川美潮が登場しました。渋谷毅が一言もしゃべらない分、小川美潮が「両手に花」のライブに関すること、渋谷毅や二部で登場する金子マリのことなど、いろいろしゃべってくれました。
 それを黙って聞いている渋谷毅が見切り発車のようにピアノを弾き始めることもありました。小川美潮はロックバンドのボーカリストでしたが、ソロで聴くと彼女自身の作詞による曲もふくめてポップな楽曲と、天性の透き通ったナチュラルな声とアイドルを思わせる少し言葉たらずで少女のような歌声が聴く人を選ばず、何気ない日常から時空をさまよう絵本の世界へといざなってくれるのでした。
 二部で登場した金子マリとはきっとまるでちがう入り口から音楽へのアプローチをした人なのでしょうが、日常の交友関係はともかく、不思議にそのバックに渋谷毅のピアノがいわば音楽の地平線の役目をしていて、黒光りするピアノの上で二人のボーカリストが出会ったことは奇跡と言ってもいいのかも知れません。「花の子供」、「はじめて」などシュールなオリジナル曲をたくさん持っている彼女が渋谷毅のピアノにウキウキしながら歌う姿はとても魅力的でした。
 さて、二部の金子マリもまた、渋谷毅のピアノによって守られている無邪気な子どものようで、ビリー・ホリデイの「Crazy He Calls Me」などの名曲を癖になる独特のしゃがれ声で熱唱するのですが、ここでも渋谷毅の決して行き過ぎないピアノというか、まるで川のせせらぎのように浮かんでは沈む音の連なりが彼女の歌を静かに抱いているようでした。
 熟成したワインのような悪女の深情けと、小川美潮に通じる少女のような無垢で気恥ずかしい純な心が矛盾なく溶け合った稀有の歌声は渋谷毅のピアノと不思議な対話をしているようで、深い夜の緑につつまれたカフェ気遊の空間を特別なものにしてくれました。
 洋楽もさることながら、彼女のオリジナル曲の「青い空」、「恋はねずみ色」などの日本語の歌を聴くと、本人はそう呼ばれるのをいやかも知れないですが、70年代に日本のジャニスといわれたロックシンガー・金子マリの圧倒的な歌唱力と音楽への底なしの愛がたどってきた長い時間を思い、胸が熱くなりました。
 小川美潮も入って二人のボーカリストが競う合うのではなく、音楽でおしゃべりするようにゆったりと歌い、渋谷毅のピアノが二人をやさしく包み込みました。
 この時歌った「What a wonderful world」…、平和な世界を夢見てつくられたこの歌が海を渡り山を歩き野をかけ川を流れ、北大阪のそのまたてっぺんにある能勢の森に包まれたカフェ・気遊に舞い降りる瞬間に立ち会うことができました。
「だいじょうぶ、世界はこんなに素晴らしいのだから」と。

 それにしても、渋谷毅というひとは西部劇に出てくる酒場のピアニストのようです。
 フランソワ・トリュフォーによって映画にもなった「ピアニストを撃て」さながらに、酒場で貴重な人材のピアニストを喧嘩騒ぎから保護するために「ピアニストを撃たないでください」と貼り紙がしてあったという逸話は、このひとのためにあるのではないかと思いました。

「両手に花」 小川美潮、金子マリ、渋谷毅 「一会庵」 July 12, 2015

小川美潮&渋谷毅「はじめて」

金子マリ - Don't Cry My Baby [60th Birthday Live]

渋谷毅「ダニーボーイ」 at uramado



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2018.10.15 Mon 2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」1月2月イラスト

このほしがすき
このほしをいきるひとびとの
かなしみさえもきぼうにかえる
このほしがすき
ともにいきるゆうきをおしえてくれる
このほしがすき
そしてどこかのそらのしたで
あすをいきるあなたがすき

2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
illustration 松井しのぶ(C)SHINOBU MATUI 1100円

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」3月4月イラスト
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2018.10.14 Sun 劇団「でこじるしー」は管理からは生まれない友情と信頼が非日常をも超える超現実集団

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 10月27日、箕面市立メイプルホール小ホールで、「劇団でこじるしー」と楽団「まぜこぜん」の合同公演があります。
 「劇団でこじるしー」は箕面市障害者生活と労働推進協議会が運営する放課後等デイサービス&地域交流センター「さんかくひろば」から生まれた劇団です。
 「さんかくひろば」の卒業パーテイで寸劇上演をしたことがきっかけで、利用者とスタッフの有志、地域の人が参加し、「障害のある人もない人も集まってひとつの演劇作品をつくろう」というコンセプトをかかげたこの劇団は、2013年に旗揚げ公演をして以来、とくに障害のある子どもたちの飽きることのない芝居への情熱によって年を追ってパワーアップしてきました。
 障害者の芝居というと、その内容が愛と感動に満ち溢れたいわゆる「感動ポルノ」になりやすいところですが、この劇団にはそんな予定調和的な台本も演出もなく、障害を持つ役者のそれぞれの役割が実に絶妙で、日常性と非日常性が行ったり来たりしながら、日常も非日常をも超える超現実が垣間見えるわくわく感が芝居全体にあふれています。
 それはおそらく、学校の文化祭や福祉施設の発表会などとちがい、出演者が学校や福祉施設に管理されず、あくまでもその芝居を物語り、構成する登場人物を演じる役者としてわたしたち観客に圧倒的なパワーでせまってくるからです。
 身体表現と演技力もさることながら、役者全員が日常においても、また非日常の芝居においてもお互いを全面的に信頼していることが伝わり、この劇団がいい意味で徒党集団であることを証明しています。
 今回の芝居も、おそらく悪の集団と対決する「正義と友情」の物語が予想されますが、バトルありアクションありダンスありのドタバタ劇が繰り広げられることでしょう。

 今回の公演は楽団「まぜこぜん」との合同公演になっています。
 楽団まぜこぜんも「さんかくひろば」の利用者の「みんなで音楽をやりたい」という声をきっかけに活動をはじめた音楽サークルで、クラリネット、ハーモニカ、サックス、ピアノなど、それぞれの得意な楽器でさまざまなジャンルの曲を演奏します。楽団の名のとおり、いろいろな個性、いろいろな音色をまぜこぜにした楽しい楽団で、こちらもお楽しみいただけます。
 近隣の方で、お時間のあるかたはぜひご来場くださいね。

第8回公演劇団デコジルシーVS楽団まぜこぜん
2018年10月27日(土)14:30開場 15:00開演
参加協力金300円 小学生以下・介助者無料
箕面市立メイプルホール小ホール
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2018.10.12 Fri 恋人二人の別れ話に時代の大きな物語を忍ばせた阿久悠の応援歌「また逢う日まで」を歌う島津亜矢

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 10月9日、島津亜矢がNHK総合「うたコン」に出演しました。「この歌詞がすごい!心に残る名曲集」と銘打って、歌謡曲・演歌の名曲を紡いだ作詞家やシンガーソングライターに光を当て、その誕生秘話をまじえながら出演歌手が歌唱するという企画でした。
 島津亜矢は阿久悠作詞の「また逢う日まで」とその元歌「ひとりの悲しみ」を歌いました。「また逢う日まで」が、実は阿久悠が「白い珊瑚礁」で知られるグループサウンズのズー・ニー・ヴーに提供した「ひとりの悲しみ」が元歌で、尾崎紀世彦のために阿久悠が歌詞をがらりと変えて大ヒットになったという有名なエピソードが紹介されました。島津亜矢は高校生の合唱団に囲まれての熱唱でした。
 前宣伝で「島津亜矢が阿久悠代表作メドレー」とあり、島津亜矢が阿久悠の歌を何曲か歌うと思いこんでいたのですが、阿久悠の代表作「また逢う日まで」に元歌があったということに焦点を当て、同じメロディーの2つの歌を歌い分けるというのが番組の意図だったようです。
 演歌・歌謡曲が中心だった「NHK歌謡コンサート」を前身に持つこの番組はJ-POPも取り入れ、90年代以降ばらばらになった感があるさまざまなジャンルの歌手が共演し、新しい音楽シーンの中心となることをめざしています。しかしながら今でも演歌・歌謡曲を望む視聴者には若いひとが中心のJポップにはなじみがなく、この番組の制作チームが望む形になるのにはまだ試行錯誤が続きそうです。
 わたしはと言えば普段音楽を聴くことがなくなり、ジャニーズやAKB48をはじめとするアイドルにも関心がないのですが、年末の紅白歌合戦と同じように若いひとのJポップも聴けるこの番組はそれなりにありがたいと思っています。
 もっとも4月に妻の母親が亡くなってからは、今回のように島津亜矢や「SEKAINO OWARI」、「エレファントカシマシ」など、好きな歌手が出演することがない限りはほとんど見なくなってしまいました。
 この番組についてはいろいろな意見がありますが、島津亜矢のファンとしては今のコンセプトで試行錯誤しながらもねばり強く番組をつづけてほしいと思っています。というのも、島津亜矢にとってはとてもありがたい番組で、彼女の人柄もあるのでしょうが以前なら先輩の演歌歌手に必要以上に気を使わなければならないこともあったと思うのですが、この番組が始まって約2年半が過ぎ、演歌にとらわれない番組の空気が彼女をのびのびさせているように感じるのです。
 どんな歌にも興味を持つ彼女がさまざまな歌を歌い、聴くことでわたしたちが知る由もない音楽的な発見や冒険を経験するとともに、量も質も圧倒的にちがうJポップのつくり手との思わぬ組み合わせによる新しい歌が生まれる可能性を持っているからです。

 高校生の合唱団をバックに島津亜矢が横揺れに縦揺れが混じる感じでノリノリに身体を動かすと、この歌がソウルミュージックのようで、昨年の紅白歌合戦の「ROSE」の時のバックコーラスとのコラボを思い出しました。
 もともとはCMソングの候補曲として作られたものを、1970年に阿久悠が安保闘争や大学紛争で挫折した若者たちの心情を作詞したのが「ひとりの悲しみ」でした。それはちょうど、わたしの1970年でもありました。当時のわたしは高校の建築科を卒業したもののビルの清掃のフリーターとなり、御堂筋や梅田新道の路上で同世代の若者がデモをしている間も掃除の仕事をしながら、心だけは彼女彼らのそばにいたいと思っていました。
 1970年になり、世の中は政治的には今までの騒動が嘘のように静けさを取り戻しました。あれほど一生懸命路上でアジ演説をしていた若者たちはどこにいってしまったのだろう、あれほどジグザグデモを繰り返していた若者たちにどんな帰る家があったのだろう…。
 わたしもまた、何も意思表示できなかった不甲斐なさをかみしめ、掃除道具のモップでビルの床をふき、まだ国鉄だった吹田駅のすぐそばの古いアパートに帰っていきました。隣の部屋からは藤圭子が歌う「圭子の夢は夜ひらく」やいしだあゆみの「あなたならどうする」が聴こえてきました。

あしたが見える今日の終わり
背伸びをしてみても何も見えない
なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
こうしてはじまる
ひとりの悲しみ(「ひとりの悲しみ」)

 わたしはズー・ニー・ヴーの「ひとりの悲しみ」をきちんと聴いていなかったのですが、今回、島津亜矢の歌を聴き、思わず涙が出ました。この歌詞は阿久悠にしては少し観念的な歌詞ですが、1968年から1970年を通り過ぎたひとのだれもがそれぞれちがった思いで同じ道を走りぬけ、またちがった道を歩き始めた時、「ひとりの悲しみ」の意味がどっと迫ってきます。
 「また逢う日まで」については、阿久悠は一度書いた歌を作り変えることにかなり抵抗したそうですが、たっての願いを受けてソロとしては新人の尾崎紀世彦の2枚目のシングル曲としてこの歌を作詞したそうです。
 時代を読み、時代を歌うだけにとどまらず、3分たらずの歌で時代を変えようと野心を持ち続けた阿久悠らしく、別れゆくふたりが戦後の政治と経済と個人の夢と希望がゆるやかに並走していた蜜月の部屋のドアを開けると、外はニューファミリーとマイホームと幸福幻想の風が吹き荒れています。政治の季節から経済の季節へ、みんなの時代からひとりの時代へと、日本全体が高度経済成長へ疾走を始めた時代の空気感が今でもわたしの心を熱く切なくします。
 「また逢う日まで」は、尾崎紀世彦という並外れた歌唱力と声量、そして音楽的な野心に満ち溢れた不世出の歌手を得た阿久悠が、どこにでも誰にでもあるような恋人二人の別れ話に時代の大きな物語を忍ばせた歌だったのだと思います。
 島津亜矢の歌を聴き、あらためてこの二つの歌詞は時代の鏡の表と裏で、厳しい社会を生きる若者たちに贈る阿久悠の応援歌だったのだとはじめて知りました。
 それにしても、島津亜矢は(この番組のテーマである)阿久悠が放ったすごい歌詞を見事に歌い分け、同時にソウルミュージックにまで近づけた才能は恐るべしとしか言いようがありません。バックに高校生のコーラスを共演させたこの番組の制作チームも素晴らしいと思いました。
 わたしはかねてより、島津亜矢の歌にはどんな明るい歌にも時代のかなしみと、その時代を生きたひとびとのかなしみが隠れていると思ってきましたが、彼女の「ひとりの悲しみ」には、あれからとても長い年月が過ぎ、年老いたわたしにも確かにあったせつない青い時をよみがえらせるのでした。

島津亜矢の「また逢う日まで」の映像・音源がありませんので、オリジナルを紹介します。
島津亜矢のブログを読むと、西田敏行の紹介で高橋優とつながりができたらしいのですが、書きそびれましたが高橋優は好きな歌手で、お互いの歌を聴き合えた今回の番組に感謝していたのですが、それよりも前に知り合っていたというのはとてうれしいことです。

尾崎紀世彦「また逢う日まで」

ズー・ニー・ヴー「ひとりの悲しみ」
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